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菅江真澄の記録をもとに時空を超えた追跡へ 「幻の泥塑天子を探して」

【ARTS & ROUTES展インタビュー③秋田人形道祖神プロジェクト】
江戸時代の紀行家・菅江真澄の足跡を起点に「旅と表現」を主題として開催中の展覧会「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(秋田県立近代美術館)。秋田人形道祖神プロジェクトが見せたルポルタージュとは、取材のプロセスとはーー。

江戸時代後期の紀行家・菅江真澄の旅と記録を起点に、近世・近代、そして現代の美術のあわいをたどる展覧会「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(3月7日まで秋田ふるさと村内、秋田県立近代美術館で開催中)。真澄の描いた図絵や文章を手がかりに、様々な領域のあわいから生まれる「旅と表現」の現在を探究する多層的なプロジェクトです。

本展では、現代のアーティストたちの作品に加え、『菅江真澄遊覧記』の写本をはじめとした博物館や美術館が収蔵する近世・近代の作品・資料などを現代の表現と対峙するように展開。過去から現在へと至る多様な表現の混交によって、出来事や時間などかたちをもたないものを展覧会として描き出す試みです。

秋田人形道祖神プロジェクトが、
菅江真澄の記録をもとに時空を超える!

出展プロジェクトのひとつである秋田人形道祖神プロジェクト(https://dosojin.jp/)の郷土史家・小松和彦とアートクリエイター・宮原葉月は、秋田県内各地に数多く祀られている人形道祖神を取材し、紹介する活動を続けています。小松は菅江真澄の軌跡をたどることから始まった本展に、リサーチアソシエイトとしても参加。起点ともなった2019年の第1回「菅江真澄をたどる勉強会」では、江戸時代に真澄が記録した人形道祖神や、真澄の観察眼についてレクチャーしました。

▼菅江真澄をたどる勉強会「菅江真澄をたどるプロジェクト 最も古い形態の人形道祖神を記録した観察眼」

通常は小松が文、宮原が絵を担当して書籍や新聞紙面という平面で発表しますが、本展では、その舞台は美術館の空間となりました。集落を訪ね歩き、地元の人から話を聞くことでかたちにしていくルポルタージュを美術館で、現代アートの展覧会においてどう見せるのか。200年前に図絵と文章で記録した真澄の足跡をたどり、追跡していく過程をどのように表し、空間をつくっていくのか。美術館で見せることは、二人にとって挑戦でもありました。

菅江真澄をオマージュした追跡で
2つのストーリーが交差する

疫病などの災いから人々を守る民間信仰の神様と地域コミュニティーの交わりを追う秋田人形道祖神プロジェクトの作品は「幻の泥塑天子を探して」

秋田人形道祖神プロジェクトによる出展作品は、「幻の泥塑天子(どうそてんし)を探して 人形道祖神の空白地帯『阿仁』のショウキサマ巡り」。『菅江真澄遊覧記』をオマージュした言葉と絵が壁面いっぱいに展開されていきます。

「菅江真澄が記録した人形道祖神のなかでも最も古い資料というのが、1802年、現在の森吉ダムの場所に存在していた桐内村で出会った神様です。真澄は『泥塑天子』という名前で記録して、雪の中で、恐ろしい形相の人形が立っているのを見てとても驚いたことを書いています。桐内村はダムに沈んでもう存在しませんが、祀られていた石碑などはダム湖を見下ろす神社に移設されています。真澄が記録した『泥塑天子』は今でも存在するのか、そこに調査に向かったのが始まりでした」

泥塑天子を追跡する阿仁・森吉山麓のルートマップ(絵:宮原葉月)

小松と宮原は、真澄が訪れた1802年から約200年後の12月21日、雪をかき分けて神社に入りました。そこで出会ったのが、木の板に顔が彫られた2柱の人形の頭部です。
「その時、2柱の頭部が二ツ井にある『小掛のショウキサマ』とよく似ていることに気づきました」と小松。小掛と桐内は約40km離れ、桐内村があった阿仁・森吉地区は現在、人形道祖神は祀られてない空白地帯とされています。
「もしかしたら、2つの地点を結ぶ何かがあったのではないか。現在は空白地帯とされている阿仁・森吉地区にも似たようなショウキサマが点在していたのではないか。その謎を解いてみたいと思い、お面を取材したのがこのルポルタージュのスタートとなりました」

展示は菅江真澄へのオマージュとして、『菅江真澄遊覧記』を真似ながら日記調に進んでいきます。リサーチを重ね、追跡していく小松の日記を主軸として、宮原の色彩渦巻く人形道祖神画が躍動感を、地元の人々の言葉の数々がルポルタージュにしみじみとした味わいを与えていきます。

小松の日記調の文章を軸として、宮原の人形道祖神画と地域の人々の言葉が壁面を埋めつくす
以前ショウキサマを作っていたというおじいさんから話を聞いて描いたショウキサマ(絵:宮原葉月)
現在も作り替えが行われている「小掛のショウキサマ」(絵:宮原葉月)

現在も作り替えが続けられ、祀られている「小掛のショウキサマ」と、失われてしまってはいるものの神社にお面だけ、あるいは地元の人たちの記憶の中に生きるショウキサマの2つのストーリーは、やがて時空を超えて交差します。

地元の人々の営みと紡ぎ出される言葉を追うことで繋がり、見えてきた回答とは、どんなものだったのでしょうか。謎かけをすることで見えてきた過去と現在、未来を繋ぐストーリーが、「小掛のショウキサマ」(1974年、秋田県立博物館所蔵)の姿と共に浮かび上がってきます。

地域の人たちによる作り替えの行事を線画で(絵:宮原葉月)

小松と宮原が2017年に秋田人形道祖神プロジェクトを結成して3年。二人の取材は、これまでどのようなプロセスで行われてきたのでしょうか。その手法やアプローチ方法、人形道祖神の魅力について聞きました。

郷土史家・小松和彦とアートクリエイター・宮原葉月による秋田人形道祖神プロジェクト。開幕前日の内覧会にて( 撮影:草彅 裕)

これほど面白い存在はほかにない!

道祖神とは疫病などの災いや悪霊から村を守る民間信仰の神様ですが、なかでも藁や木で作られ、村境や神社に祀られているものを民俗学者・神野善治氏が命名したのが人形道祖神です。特に秋田に数多く存在する人形道祖神に小松が興味を抱いたのは、作り替えの行事を取材したことがきっかけでした。

「秋田県内には130カ所ほどに人形道祖神があって、最近になって見つけたものも、取り落としているであろうものもまだあります。興味を抱いたのは人形道祖神そのものよりも、それを作り替える行事を取材したことがきっかけでした。何気なく道端に祀られている神様の作り替えを、こんなにも村の人たちが総出でするものなのかと驚いたんです。それ以来、見方がガラッと変わって、各地にある人形道祖神が目に付くようになりました。高さが4メートルを超える立派なものもあれば、数十センチのものもあります。それぞれに違うストーリーがあって、作り方も村によって違っていて、それがとても面白くて」

小松から人形道祖神の話を聞いた宮原もまた、「これほど面白い存在はほかにあるだろうか!」とその魅力のとりこになったといいます。二人は2017年から各地の人形道祖神にまつわる話を取材し、書籍『村を守る不思議な神様』を発行するなど文章と絵を発表するようになりました。

小松と宮原が2017年に結成した秋田人形道祖神ウェブサイト(ウェブサイトより)
小松と宮原はこれまで、書籍『村を守る不思議な神様』1・2を発行(ウェブサイトより)

「午前に作り替えの行事を取材に行くと、午後はそのエリアをひたすら見て廻ります。お面だけではあるけれども定期的に行事をやっているのが見えてきたりすると、地元の人に話を聞きます。もちろん文献を調べ、Googleマップを見て目星を付けてから行くことが多いのですが、実際に行ってみると文献の内容が違っていたり、昔とは変わっていたりすることが多いんです」

下調べに時間をかけ、地元のリーダーに挨拶をして作り替えの手法や歴史に詳しい人を紹介してもらい、実際に会って話を聞いていきます。小松と宮原それぞれが気になっていることを押さえ、キーパーソンに取材を重ねていくと、彼らの言葉と事実の先に徐々にストーリーが浮かび上がってくるといいます。

「道祖神を通して、村の人の姿が見えてくる。村の姿が見えてくる。それがとても新鮮です。小さな集落で集団で続けてきた行事のなかに、その人の考え方や生き方が見えてきたりします」と小松。秋田で暮らし始めて3年、方言にも慣れてきたという宮原は、「こんな藁人形の何が面白いのか?と地元の人に言われることもありますが、面白いし、とても楽しい。心に引っ掛かった言葉を集めていくと、その人はこんな人で、こういう考え方で、そして人生も見えてくる」と語ります。それぞれに見つめるのは、道祖神を通して明らかになっていく村の人々の営みでした。

「私たちのいいところは、男女でやっているところでしょうか。私だけが取材に行っても男性同士の付き合い方や内容に終始してしまいますが、宮原さんが行くと地元のおじいちゃんたちもちょっと違った応対をしてくれて。私には話さなくとも、宮原さんには話すこともあります。おじいちゃんの人となりが見えてきたり。それをお互いが共有することでひとつのストーリーが見えてきたりということがあるんです」

展示の軸となる2つのストーリーを解説する宮原(撮影:草彅 裕)

人形道祖神と、それを守り続ける人々は、
もっとかっこいい見せ方があるはず

「それぞれの地域に取材に行くと、ひとつのテーマが見えてくるというのが一番の面白さだと思います。何か一本の道が見えてきて。例えば学者の方はきっとやらない手法だと思うのですが、この行事の特徴はこういう言葉で言い表せるんじゃないかというのが見えてきて、そこに焦点を当てていくんです。人形の作り替えを観察すれば人形の特徴だけになってしまいますが、村のストーリーや作っている人の人間性にも光を当てていく。私たちは人形を見て紹介するのではなく、人を見て、どんな思いで作り、どう生きているかを知ってもらいたいんです」

文章は小松、絵は宮原と作業を分担している二人ですが、お互いの家族を含めて意見を交わし、説明して納得し合うことでいいバランスが取れてきたといいます。チームとして活動を進めていけるのは「目指すものが同じだから」と宮原。
「私たちのやり方が正しいのかどうかやってみないと分からないし、これから変わっていくのかもしれないけれど、人形道祖神をナマハゲのような誰もが知っている存在にしたいという気持ちでやっています。地域の歴史や民俗学のなかだけではなく、人形道祖神は、もっとかっこいい見せ方があるんじゃないかと思うんです」

小松は、人形道祖神が民俗学など学問のなかで語られてきた存在であることについて、こう語ります。
「これまでアカデミズムのなかで語られてきたものをそこから取り出して、広く、ひとつの表現としての可能性にかけたいなと思っています。サブカルチャーやアートなど、これまでとは違うジャンルでのアウトプットをしていきたい。そういうジャンルではないのではと思われるかもしれませんが、新たな表現をつくるというのは、ジャンルのないところからジャンルをつくるということ。見過ごされがちだったローカルな民間信仰を、ひとつのアートやサブカルチャーとして、私たちの表現をきっかけに新しい時代に向けて押し上げたいなと思います。それが彫刻なのか絵なのかというときに、そうではなく、私たちなりのジャンルをつくっていきたいというのがあります」

(撮影:草彅 裕)

菅江真澄の時代から、
200年変わらずに続くもの

「これはまったく意図しなかったことなのですが、私たちの活動が注目されることによって、地域の人たちが自分たちの行事を続けていくことを嬉しいと思ってくれることがあります。高齢化が進んで今後5年10年続くか分からなかったもの、もしかしたら数年で終わりを迎えていたであろう行事が、今後何十年かでも続く可能性が出てきたかもしれない。そうであるならば、本当に嬉しい。地域の人たちが人形道祖神の行事に誇りを持って続けてくれるなら、これほど嬉しいことはありません。取材を始めたとき、これは今やらなければ終わってしまうだろうと思いました。取材中にもう途絶えてしまった行事もありました。今、60、70、80代の人がメインでやっていますから、この3世代が続けていけるところまでは、ぜひやっていきたいですね」

そのもの自体がすでに消え、あるいは今まさに消え去ろうとしている人形道祖神とその行事。しかし二人の存在が、地域の意識を変えてきているのではないでしょうか。

「いま新型コロナウイルスの影響で、悪疫退散を祈る人形道祖神の存在をリアルに感じることができる時代になったかもしれません。外から入ってくる恐ろしいものを、誰もが感じ取るようになりました。一方で、一気に時代が変わったここ数十年の時間の流れを考えると、秋田という土地は時間がゆっくりと進んでいて、昔のものがまだまだ残っているような気がします。菅江真澄が約200年前に驚きをもって記録した人形道祖神が、200年経ってもあまり変わらずにこの地に残っている。非科学的、前時代的、あるいは迷信という言葉で片付けてしまってもいいような、すでに真澄の時代でさえ過去であったものが今も毎年作り替えられ、続いている。それが秋田の面白いところだと思います」

(撮影:草彅 裕)

一か八かの冒険

展覧会「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」は、リサーチやフィールドワークなどかたちをもたないものをどう表現するかがテーマのひとつでもあります。秋田人形道祖神プロジェクトの「幻の泥塑天子を探して」は謎かけから始まり、人形道祖神の空白地帯とされる阿仁地区を巡ってショウキサマ探しをする「一か八かの取材であり、冒険だった」と二人は振り返ります。

「失われたショウキサマを追うルポルタージュは、できるだけ説明は省いて言葉そのものをメインにしました。取材中に印象的だった地域の人たちの言葉を拾い出して追っていく、存在を確かめていくルポルタージュです。取材を終えたばかり、シナリオを書いて描いたばかりのドキドキ感も見どころ」と宮原。色彩と形が渦を巻き、原初的な感覚や神話的な色彩を感じさせる宮原の人形道祖神画について小松は、「骨組みから追って、ゼロから作り上げているのを見ていなければ描けない絵。経験を積み重ねていくなかで、より深まっている」と評します。

現在も作り替え行事が行われている「小掛のショウキサマ」と、失われたショウキサマを探す2つのストーリーは壁面を流れ、やがて2つのラインは1つに。

「人形そのものよりも、人形の背後にあるものがリアルに伝わるようにと願っています。村の歴史や現在直面している問題、作っている人たちの思いなど。それらを伝えるのが私たちの表現なのだと思います」と小松。展示空間に流れる2つのラインから、過去と現在、未来を繋ぐ人々の息づかいが聞こえてきます。

(撮影:草彅 裕)

Information

会期中イベント

関連企画として石倉敏明、唐澤太輔、藤浩志、原万希子を迎え、トークイベント「記録に宿る創造性」を開催します(要事前申込)。迎英里子によるパフォーマンスも同時開催。https://www.artscenter-akita.jp/archives/18254

トークイベント「記録に宿る創造性」
■日 時:2021年1月24日(日)14:00~15:30(受付開始:13:40~)
■会 場:秋田県立近代美術館6階研修室(秋田県横手市赤坂字富ケ沢62-46)
■参加料:無料
■定 員:30名 ※事前申込制
■登壇者:石倉敏明(人類学者)、唐澤太輔(哲学者・文化人類学者)、藤浩志(アーティスト)、原万希子(キュレーター、その他諸々)
■お申込み https://forms.gle/VcgtkDn1SpsYhPBAA

迎英里子パフォーマンス
■日 時:2021年1月24日(日)①11:15~11:30 ②13:15~13:30
■参加料:無料 ※別途展覧会観覧料が必要です。
■定 員:各回10名 ※事前申込制
■お申込み https://forms.gle/1J993iEnfyAdW2gR6

Information

展覧会「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」

https://www.artscenter-akita.jp/artsroutes/

■会期:2020年11月28日(土)〜2021年3月7日(日) 9:30~17:00
(年末休館=12月29日〜31日、メンテナンス休館=1月13日〜22日)
■会場:秋田県立近代美術館(秋田県横手市赤坂字富ケ沢62-46 秋田ふるさと村内)
※近代美術館へのアクセス情報は、こちら
■TEL:0182-33-8855
■観覧料:一般1,000円(800円)/高校生・大学生500円(400円)
※中学生以下無料
※( )内は20名以上の団体および前売の料金
※学生料金は学生証提示
※障害者手帳提示の方は半額(介添1名半額)

・主催|ARTS & ROUTES 展実行委員会(秋田県立近代美術館・AAB秋田朝日放送)・秋田公立美術大学
・出展作家・プロジェクト|岩井成昭・迎英里子・長坂有希・藤浩志・菅江真澄プロジェクト(石倉敏明・唐澤太輔)・秋田人形道祖神プロジェクト(小松和彦・宮原葉月)・旅する地域考
・企画監修|服部浩之
・企画運営|NPO法人アーツセンターあきた(岩根裕子・石山律・藤本悠里子・高橋ともみ)
・グラフィックデザイン|?田勝信・梅木駿佑
・ウェブコーディング|北村洸
・設営統括|船山哲郎
・後援|横手市・横手市教育委員会・秋田魁新報社・河北新報社・朝日新聞秋田総局・毎日新聞秋田支局・読売新聞秋田支局・産経新聞秋田支局・日本経済新聞社秋田支局・横手経済新聞・CNA秋田ケーブルテレビ・エフエム秋田・横手かまくらFM・エフエムゆーとぴあ・FMはなび・秋田県朝日会・東日本旅客鉄道株式会社秋田支社

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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