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「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」の報告1

秋田市八橋南の秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)では現在、展覧会「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」の後期「秋田|Akita」が開催中。秋田公立美術大学大学院2年に在籍する藤本悠里子の企画であり、修了研究報告展でもあります。2月24日(日)まで。

SUMMER STATEMENT 2018

「2018年9月4日から16日まで、関西から4名のアーティストが秋田に滞在した。その滞在は少し変わっていて、作品制作を目的としなくてもよいという名目のもとであり、同じ家で共同生活をしながら、それぞれがその滞在の時間に見合った使い方をした。」

アーティストのそんな語りから始まる「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」。作品制作を目的としない滞在ではあったものの、その後、はからずも展覧会という形式で発表することに。そこで滞在期間中の出来事を軸に編集し直し、時間を経て“動詞化”した記録を秋田への「応答」として発表したのが本展です。

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)では現在、後期「秋田|Akita」が開催中。秋田公立美術大学大学院2年に在籍する藤本悠里子の企画。これは、藤本の修了研究の報告展でもあります。

BIYONG POINTで開催中の展覧会「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」

「展覧会の外」には、アーティストの思考や言葉が溢れている

「これまで若手アーティストの支援や展覧会の企画に携わってきましたが、『展覧会では見えていないところ』、つまり『展覧会の外』にもアーティストたちの活動は存在しています。作品としてのかたちを得たものの周りには、作品には現れていないたくさんの思考や出来事、言葉が溢れているんです。これらの要素に目を向けて、企画を立てられないかと考えました」という藤本。

前期「Out of Exhibition」では、作品制作を目的としない秋田での滞在「SUMMER STATEMENT 2018」の記録をもとに、アーティスト4名(寺岡海、神馬啓佑、船川翔司、来田広大)が滞在中に関わった人たちにどのような影響をもたらしたかを考察。展示替えした後期の展覧会「秋田|Akita」では、藤本による報告会が開かれました。1月24日(木)の報告会の様子をレポートします。

BIYONG POINTで行われた報告会

「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」の報告

藤本 「SUMMER STATEMENT 2018」ではたくさんの方々にお世話になりました。まずはCNA秋田ケーブルテレビ、NPO法人アーツセンターあきた、そして秋田公立美術大学の教員や学生の皆さんにお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。この報告会は、「新しい表現が生まれる現場をどう創造するか、またその現場にどう関わることができるか」をタイトルとしています。このことについて、皆さんには頭の片隅に置いていただきながら話を進めたいと思います。

藤本悠里子(秋田公立美術大学大学院2年)

藤本 「展覧会の外にあるアーティストの創作活動との交差。アーティスト秋田滞在企画『SUMMER STATEMENT 2018』の実践から」が私の修了研究のテーマです。

秋田公立美術大学大学院に進むまでは、京都で若手アーティストの支援や作品と鑑賞者とをつなぐマネージメントについて学んでいました。授業の一環としてアーティストと協働しながら展覧会をつくり、開催していくことを学部の4年間で行ってきました。
その中で、最終的な成果とされる展覧会や、作品をつくっていく過程やその周辺にはアーティストの言葉や思考、意思といった発表することを前提としない行為が溢れていると思いました。

日常に現れるアーティストという特異点

藤本 鑑賞者が展覧会や作品に会いに行く時は、「そこには特別な意図があるだろう」「特別な造形が鑑賞できるだろう」と、何か特別な鑑賞体験を与えてくれると期待して見にいくと思います。一方で、日常の中に現れたアーティストという特異点に偶然、第三者が触れるという体験は、展覧会とは違った角度から驚きを獲得する可能性があるのではないかと考えました。そのように芸術活動について、美術館ではなく別の出会いを提供したいと思ったのがこの企画の始まりです。

展覧会という形式に落とし込んだもの以外にも、アーティストがもたらす効果が何かあるのではないか。秋田という土地を考えたとき、形式が決まっている作品よりも状況が常に変化する企画にした方がいいのではないかとも思いました。

アーティストの効果を確認する実験的な試み

藤本 秋田公立美術大学ができたことで、秋田のアートシーンは変化している時期でもあります。外から来たアーティストや専門家と直接的な批評のやりとりや情報の交換をすることで、状況が変化するような企画にしたいと思いました。秋田ではいま、専門性を持ったゲストを迎え入れ、アーティストと受け取る側とをつなぐ役割が必要であり、人材の育成やプラットフォームの創出が望まれています。その中で、何が次の秋田への糧になるのかといったことや、アーティストがもたらす効果を確認する機会にもなるのではないか。そのひとつの実験的な試みになればと思っています。

前期「Out of Exhibition」

SUMMER STATEMENTとは?

藤本 今回の企画に参加してくれた4名のアーティストのうち、寺岡海、神馬啓佑、船川翔司の3名は2014年から17年まで、彼らを中心に集まったアーティストたちと広島の尾道で自主的な合宿を行ってきました。滞在には作品をつくる目的があると思われがちですが、作品制作以外にもリサーチや観光、地元の人との交流などアーティスト一人ひとりの興味に応じて活動を展開しています。

アーティスト・イン・レジデンスでは作品をつくることで滞在が成立することが多いと思います。でも彼らは自主的に、勝手に活動を行なっていました。その過ごし方は一人ひとりが違っていて、海やプールに行くこともあれば、バーベキューをしたり、はたから見れば遊んでいるようにも見える時間の使い方がありました。これを尾道で4年間継続しているのですが、同じことを繰り返していたわけではなく、新しいアーティストを入れたり、活動を切り替えらえるような枠組みを持って継続していました。

彼らは、「創作活動をすることがアーティストの行為の中で上位に位置付けられるものであるなら、それ以外の日常生活で起こる出来事も制作活動にとって重要かどうかの基準が設けられる」という言い方をします。そして「SUMMER STATEMENT」は、「制作の外部にあるものを肯定的に受け入れるために設けられた時間と場所だった」と言っています。彼らは制作についてではなく制作の外部にある時間や空間に対して声明文を発表して、それをなぞるように滞在をしていました。そこで、それまで使われてきたタイトルを踏襲して、「SUMMER STATEMENT 2018」として秋田でやってもらおうと思いました。

前期「Out of Exhibition」の展示室内。4人の滞在記録のインスタレーション

前期「Out of Exhibition」にて

「SUMMER STATEMENT 2018」の12日間

藤本 私がいいなと思ったのは、彼らの滞在が切実な欲求から始まったこと、成果を求めずに活動を継続していること、同じ世代を共有する複数のアーティストの活動であること、日常生活と制作活動の間のような場所が創出されていることです。展覧会のために招聘され成果を分かりやすく提示させようとする企画との差異であるように感じました。この滞在に立ち会うことで、展覧会の外にも意識を向けて行われる創作活動のあり方や作家の態度、選択などを観察できるのではないかと思い、話を持ち掛けることにしました。

「SUMMER STATEMENT 2018」では9月4日から16日までの12日間、4名のアーティストを秋田に招いて滞在してもらいました。3名は尾道での滞在を経験していますが、来田広大さんは初めての参加です。これまでメキシコ、北アルプス、福島などの土地に滞在して制作する活動をしています。今回のような目的を持たない滞在は今までのアーティスト活動の主旨と違うのでどんな反応を示すのか。また、他のメンバーにどんな影響をもたらすのかを観察したかったというのがありました。

秋田の人と関わってほしい

藤本 私から依頼するに当たり、彼らに対して3つのことを提示しました。一つ目が、「秋田の人と関わってほしい」ということです。秋田にはよく県外からゲストが訪問するのですが、数日滞在して帰ってしまうことが多いんです。今回は約2週間の滞在なので、フィールドワークに同行したり、飲み会をしたりといった機会をセッティングすることにしました。美大の学生や教職員、アーツセンターあきたのスタッフなど秋田のアートシーンを取り巻く人と、関西で活躍するアーティストが交流してお互いに刺激を与えられればという期待を抱いていました。

言語化すること。記録を公開すること

藤本 次に提示したのが、「秋田でトークイベントに参加してほしい」ということです。アーティストがどんなことを考えて活動しているかを秋田の人に知ってもらいたかったということ。それに彼らは自分たちの合宿についてこれまであまり言葉にしてこなかったので、第三者に向けて話す機会を設けることで考えを深め、言語化する意識を持ってほしいと思ったからです。トークイベントには当事者以外の専門家にも参加してもらい、多面的にこの合宿の意義について考え、複数の人と意見を交換する場を設けたいと思いました。

3つ目が「記録を残して公開する」ことです。この企画で起きた出来事を私一人が観察するのではなく、できるだけ多くの視点で記録し、観察したい。彼らの記録を随時公開することで、直接関わることのない第三者に向けて影響があればいいと思いました。例えば今、鳥海山に登っている、サッカーをしているなど、同じ時間軸でこんなことをして、こんなことを考えていたんだと思ってほしかったというのがあります。そのため、記録を残していくウェブサイトを作りました。

滞在期間中、鳥海山にて

藤本 滞在の前半には、上小阿仁村で行われていた「かみこあにプロジェクト」や男鹿半島、鳥海山、青森県立美術館、国際芸術センター青森、秋田県立博物館に行ったりトークイベントをしたりと全員で活動することが多く、後半は一人ひとりの時間の使い方をしていました。来田さんは以前から東北でリサーチをしたいという希望があったので、男鹿半島や鳥海山でフィールドワークをしたり、江戸時代に東北を旅した紀行家・菅江真澄のリサーチを行ったりしていました。


船川さんは、ルーツである船川地区のある男鹿にリサーチに通って寒風山の風穴にたどり着いたり、秋田犬についての調査していました。神馬さんは、滞在中は基本的には大学のスタジオにこもって制作。寺岡さんは、「俺は、制作はしない」と言って、他の3人に同行したり観察したり、テキストをウェブに投稿したりといった滞在をしていました。

企画者が意図した出来事、意図しない出来事

藤本 一方、私は何をしていたかというと、彼らに提示した3つの依頼が実現できるように、フィールドワークやリサーチに同行したり、焚き火や飲み会などの時に人に声をかけたり、トークイベントの企画や記録を公開するためのウェブサイトを運営していました。後半には、滞在に関わった人に向けてアーティストから受けた影響や変化についてインタビューをしていました。

企画者が意図して実践した活動は以上ですが、意図せず発生した出来事も多くあって。京都から秋田までの800kmを自転車に乗って来てくれた人は、日々の記録をツイッターに残していてくれて、私たちはツイートを確認しながら彼が到着するのを待つということがありました。予定はしていなかったのですが、新屋浜で焚き火をして迎えました。中盤には展覧会開催の依頼を受けたり、大学院からは京都でのイベントの依頼があり、予定の変更や方向転換を今回の企画では肯定的に受け入れるべきだなと作家たちと話し合い、依頼を受けることになりました。

アーティストの滞在がもたらしたもの

藤本 終盤に行ったインタビューでは、いろいろな意見を聞くことができました。アーティストからは今回の夏の滞在の構造について、「アーティスト・イン・レジデンスでの成果発表やそれに付随するキャリアがない状態で滞在するという状態は特殊だった」「目的を留保して体験し、事後的に何かを拾い上げる行為の面白さに気づいた」という意見。また、「ものを作るから自分はアーティストだと思っていたが、アーティストなのに普通に観光に来たビジターとの違いがない今回の滞在ではどういう振る舞いをすればいいか分からなかった。逆に自分の振る舞いに意識的になった」という話。

面白かったのは、スタジオで絵画を描いていた神馬さんは、「京都と秋田では作品をつくることに対する倫理観が違う」と言っていたことでした。「ホワイトキューブの中で黙々と制作するということは、アーティストの振る舞いの中では常識的なことだったが、秋田では外に出れば雄大な自然があり、豊かな資源がある。外に出て何か根拠を見つけてきてそれを作品にすることは当たり前で、ホワイトキューブにこもって作品を制作することは、何もしていないことになるのではないか。自分のしていること自体が機能しなくなる状況があることに気づいた」と言っていたのが印象的でした。

すべての価値を無くした状態から出来事を取り出していく

藤本 寺岡さんは夏の滞在について、「偶然起こった出来事や結論につながらない登場人物も回収されていく構造だった」と言っています。「それを自分自身が面白いと思うのは、滞在自体が自分の作品制作に近い状態になっていて、全部の価値を無くした状態から何か出来事を取り出すような、自分が理想としていた状況にこの滞在がどんどん近づいていっている」と。神馬さんと寺岡さんは、本滞在を機に「自分の制作について新しい側面や構造を獲得した」というような話もしていました。

滞在に関わった人たちからは、「アーティストが滞在していた2週間は鑑賞体験のような時間だった」「この2週間は制作と生活の距離が近かった。今までは生活することと制作することはそれぞれ別のことのように考えていたが、解体して重なり合ったグレーゾーンにいた」。また、「アーティストを気にするのが嫌で、アーティストがいる大学院棟にいるのが嫌だったが、問いをぶつけたり回答を得たりすることでアーティストがいる状況に対して肯定的になれた」という意見もありました。「絵画がハードウェアとしてどういう媒体であるかが重要なのではなく、ソフトウェアとしてその行為にどういう意図が込められているかを重要視するようになった」という学生の感想もありました。NPO法人アーツセンターあきたのスタッフからは、「コーディネーターとしての自分たちの職能、求められる技術、考え方について意識を向けないといけない。プロフェッショナリズムが求められるね」という言葉があったのが印象的でした。

「SUMMER STATEMENT 2018」の広がり

藤本 「SUMMER STATEMENT 2018」では4名のアーティストを秋田に招き、作品制作を目的としない滞在をしてもらったわけですが、その先にはいろいろな広がりがありました。秋田でのトークイベントでは、滞在する彼らと、彼らが滞在する土地で活動するアーティストの両側からアーティスト・イン・レジデンスの意義について考えました。

秋田公立美術大学大学院の複合芸術会議2018京都セッションは、「移動すること、作ること、暮らすこと」がテーマでした。第1部では、夏の滞在がもたらした効果やどんなことを考えたかを報告。第2部ではキュレーターの服部浩之さんと、哲学・文化人類学の研究者である唐澤太輔さんにご登壇いただいて違う視点からも話し合うことができました。ここでは滞在に関わる直接的なことではなく、住む場所を移すこと、拠点を移すこと、仕事を別の場所ですることなどもうちょっと俯瞰的に見て、移動することと止まることの往復から生まれる表現の可能性について話しました。

ウェブサイトは現在も更新中で、今後、トークイベントの映像なども入れ込む予定です。アーティストの滞在中にどういうことをアーティストたちがしているのかを第三者に分かってもらいたかったということ。そして、この企画が滞在だけでなくトークイベントや展覧会などいろいろな発表の仕方になっているので、記録となって見られるような形に残したくて作っています。誰か一人の企画者による整理ではなく、いろんな人のコメントが載っているべきものだとも思います。

最終的には、展覧会が終わったらアーカイブするものが何もなくなるので、アーティストがどういうこと考え、滞在していた時に周りの人はどう考えて、企画者はどういう考察を得たのかを10年後、20年後にこのサイトを見れば分かるという状態を作りたいと思い、現在も更新しているところです。

(「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」の報告2へ続く)

Information

展覧会「『応答』~SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後~」 後期「秋田|Akita」

■会 期:2019年1月14日(月)〜2月24日(日) 9:00-18:00
■会 場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(秋田市八橋南一丁目1-3)
■企 画:藤本悠里子(秋田公立美術大学大学院2年)
■アーティスト:寺岡海、神馬啓佑、船川翔司、来田広大
■主 催:秋田公立美術大学、NPO法人アーツセンターあきた、向三軒両隣
■協 力:CNA秋田ケーブルテレビ
■助 成:秋田市地域づくり交付金事業

Facebook:BIYONG POINT
特設ウェブサイト:
SUMMER STATEMENT 2018

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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