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22 15 23 41 04 24 21 0401 41 32 41 42  奥脇嵩大評 深谷春香個展「痕跡器官」

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTにて開催した深谷春香個展「痕跡器官」。日常生活で集めたレシートを通し、些細な記憶や過去の自分の欲望といった記録と向き合い、持ち主である自分自身の輪郭をたどった本展を、青森県立美術館学芸員・奥脇嵩大がレビューします。
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 (記憶だけが私たち)

 記憶だけが私たち-。BIYONG POINTでの深谷春香個展「痕跡器官」を訪れての第一印象がそれだ。冒頭から何を言っているんだろう。だが、この印象をもとに何が言えるか記録していきたい。会場に入ってまず目につくのは天井から幾筋も垂れ下がったロール紙の束。近づいて見ればレシートに使われる感熱紙で、表面には数字の羅列が無数に印字されている。この数字は深谷曰く、自身の生活の中で出たレシートの情報を独自ルールに基づき数字に変換したものであるという。とっさに池田亮司的な何かをよぎらせつつ、会場入口で配られていたステートメントを拝見。ここでのロール紙束は「私の生活感を一定のフォーマットに整え直すことで、レシートがもつ『移動』や『記憶』といったライフログとしてのレシートの特性を整理していくもの」という。池田亮司は関係なかった。データの奔流でもってデータの意味内容を無化し、そうして拡散する中に無限の水平性を志向する池田の、ある意味「冷たい」数字の扱いに対して、深谷の数字の扱いは「熱い」。数字を介して個人の生活という、本来的に共有し得ないものを他者と共有するための血の通った実践が記録されているからだ。数字に置き換え紙上に印字されることで深谷の生活は私たちのそれと同種に扱うことができる。個的な記憶と公的な記録との間に極薄のレイヤーがあったとして、そのレイヤーたる数字を介して入れ子状に組みあがっていく人間存在の形式、深谷がいうところの「輪郭」が、そこにはある。輪郭は記憶と記録を編むことの中で私が私であることを越え、私たちと合流する地点(BIYONG POINT)を絶えず打刻し、現実の一部とする。

 そんな深谷による実践の面白さがBIYONG POINTで十分に展開されていたかというと正直疑問がないではない。現実空間においてはロール紙束の展開は導入くらいにしておいて、直接的な移動を扱う映像作品《移動:秋田(2分48秒)》《移動:東京(2分48秒)》の展開のさせ方にもっとカロリーが割かれてもよかったかなと思う。しかし作り込まれた空間はむしろ展示鑑賞の妨げになるだろう、とも思うところだ。会場内を見回してみればそこにある事物-感熱紙のロール束、そこに印字された数字、レシート束、時折数字を映すだけの真っ黒のモニターは、その禁欲的な外観でもって展覧会がスペクタクルに供されることを拒否しているように見える。そこで見られるべきは事物ではなく、事物の背後に浮かび上がる私たちの「輪郭」だからだ。そうして展示会場は記録に供されること以上に、訪れた私たちが深谷の記憶を分有し、自らのものとして思い出す場所であることが期待されているかのようだ。記録されることの中には忘れてしまうことが含まれ、記憶することの中には思い出すことが既にして含まれている。かつての私が思い出すこれからの私たち。時に失敗しながら容易に結ばれない像の中に私たちの輪郭を見つけていくための私的なトライアルが具体的な質量を伴わずに空間を占拠している、といった意味での充実した虚無。記憶だけが私たち(深谷流で数字化すれば「22 15 23 41 04 24 21 04 01 41 32 41 42」)。いまの筆者が深谷の「痕跡器官」の中で感覚し得たのは大体以上のようなことである。

撮影:越中谷 優一

▲映像作品《移動:秋田(2分48秒)》

Profile 執筆者プロフィール

奥脇嵩大 Okuwaki Takahiro

1986年生まれ、埼玉県出身。青森県立美術館学芸員。京都芸術センター・アートコーディネーターや大原美術館学芸員を経て2014年から現職。ミュージアムの諸活動やキュレーションの実践を手がかりに、形と命の相互扶助の場をつくることに関心をもつ。主な企画に「光の洞窟」(2014-15, KYOTO ART Hostel kumagusuku)、「青森EARTH2016 根と路」、「アグロス・アートプロジェクト2017-18:明日の収穫」「青森EARTH2019:いのち耕す場所-農業がひらくアートの未来」(すべて青森県立美術館)等。日々の対話にPUMPQUAKESとの「56億7千万年後のミュージアム」(https://www.liekoshiga.com/program/1052/)。現在、青森県立美術館にてプロジェクト「美術館堆肥化計画」を進行中。

Information

深谷春香 個展「痕跡器官」

展覧会は終了しました。

深谷春香 個展「痕跡器官」DM(PDF)
■会期:2022年11月26日(土)〜2023年1月9日(月・祝)
    入場無料、休館日:2022年12月29日(木)〜2023年1月3日(火)
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた

■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2022年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

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