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2つの「高砂」をつなぐ“うた”が、場所や時間を超えていく

■企画趣旨
磯崎未菜は、出向いた土地の人々とかれらの生活・かれらの居る風景を研究しながら、その土地の現在に沿った新しい“うた”を作っています。その“うた”は土地の伝統を守り育てるためのものでもなく、誰に届くのか・その時には意味があるかどうかもよく分からない、一見すると非生産的な活動に見えるかもしれません。
正攻法では立ち向かえないような、やりきれない状況に置かれた時、そこから抜け出すにはどのような方法があるのでしょうか。磯崎は、労働歌や子守唄など、厳しい現実から逃れていくための“うた”の研究を出発点としながら制作を続けています。ここで“うた”は、日常生活とは別のルールにのっとることで少しの間だけ逃げ場やゆとりをつくりだす「遊び」の一つとして機能するでしょう。特定の「あなた」のためにも、まだ顔も名前も知らない「誰か」のためにもなりうる“うた”が、場所も時間も越えて届く可能性を、本展覧会で探ります。

■作家ステートメント
昨年私は、宮城県の仙台駅から東方約10キロに位置する、海岸沿いの土地の”うた”を作りました。
その土地の名前は「高砂」といいます。高砂地区のなかでも沿岸部に位置する蒲生北部地域は、東日本大震災で大きな被害を受け、なお津波の危険性が高いと想定されることから、仙台市によって災害危険区域に指定されました。ここに人が住居を構えることはできなくなりました。土地の名前も失くなってしまうかもしれないそうです。
現在も区画整備工事が進んでいる七北田川左岸の、真っ白な防潮堤と新しい道路の狭間には、2体のお地蔵さんが建っています。その風景を初めて見たとき、私の身体はちょっと圧倒されてしまいました。なにかがどうしても不思議な風景なのです。
「高砂」という名前の由来は、兵庫県にある地名「高砂」にあるそうです。地形や、川の流れが似ていて、土地の名前が転写されたようです。東北の「高砂」が失われそうになっているいま、私は、ふたつの「高砂」の行き来を可能にする橋を架けるような表現はできないだろうかと思いました。こちら側からあちら側へ呼びかけ、その声に応答するような”うた”はできないだろうか。
そんな興味を抱きながら、今度は兵庫県の「高砂」にやって来ました。
なんとも立派な神社があります。ここには能舞台もあります。世阿弥が作ったと名高い謡曲《高砂》の土地として、ご存知の方も多いかもしれません。
二つの場所をつなぐために、この《高砂》というお話にヒントをもらいながら、誰か、もしくは私、を呼ぶ小さな声について、考えてみたいと思います。(磯崎未菜)

(2019.6.3プレスリリース)

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