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怖れない朝を待つ。 西原珉評 岡本真実個展「ゲルマラジオ体操第一」

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで、2月28日(水)まで開催した岡本真実(秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻3年)による個展「ゲルマラジオ体操第一」。作品を通じて “他者との干渉の方法を探る実験”を行う岡本の自作ラジオを用いた体験型インスタレーション作品などを展示した本展について、キュレーターで心理療法士の西原珉氏がレビューします。

外出することに怖さを感じ、自宅の、そのうちには自室の外に出ることを拒むようになり孤立した状態を、英語圏ではsocial withdrawal という。withdrawal には引き下がる(撤退)、離れる(離脱)などの意味があって、日本語で言う引きこもりにかなり近いのだが、ニュアンスの違いを感じ取らざるを得ないのは、そこにあるsocial(社会的)をどう定義しているかの相違に起因する。例えば、アメリカで引きこもっている人に話を聞くと、彼らの引きこもりのきっかけでありかつ回避対象でもあるsocialとは、プレゼンテーション、パーティー、ミーティングの場など、ある程度の規模感を持った公的・社交的な場面であることが多い。それに対し、日本文化での引きこもり者が相対しているsocialは、外見や言動の一端から個人の内面までも決めつけてくる「人の目」として言い表されることが多いように感じられる。

一人の他者の目がそのまま社会全体でもあるような社会が、日本で引きこもりが生まれる背景である。もちろんパーティーなどの場面がトリガーになることもある一方、ただ一人の人間から非難されただけでも引きこもりが起こりえる。日本の引きこもりを調査したアメリカの心理学者からは、ひきこもりはsocial withdrawalのなかでも重度のものであるといい、その大半は日本の文化に紐付いた障害だと見なしてHikikomoriとして区別すべきではないかという意見も出されている。1

岡本真実が展示でつくり出した部屋は、そんな日本の社会のそこここにある引きこもりHikikomoriの部屋のある断片を正確に伝えている。

部屋は実在しているのだが存在感はない。室内は薄暗く、温度はなく、活気に乏しい。生活の痕跡は、ローラーで真っ平らに押しつぶされたようなゴミのコピー画像で文字通り薄っぺらく示されるのみ。アルミサッシの窓の外は足早で明るくなり、暗くなる。また夜になり、また朝になる。時間や年月日という社会的単位もこの部屋では無関係だ。待ち合わせとかしないし、授業もない。ただ、天体の運行にともなう明滅が窓の外を過ぎていく――この幻のような感覚。外界とのつながりを失い、この世にいるのかいないのか、自分の存在すらも不確かになる覚束なさ。

岡本の展示では部屋の手前に少し不思議な空間が設けてあって、来場者はひとときその空間(つまり部屋の外)から、部屋の窓を見ることができる。来場者がそこで知るのは、外部から私たちに分かるのは「そこに誰かがいる」ということだけ、だということだ。

T(21歳)は自室にこもってネットとゲームをする生活を約3年続けている。夜中起きていて、外が明るくなってきたら寝る。自室を出るのはキッチンに食事を取りに行くときと(それも家族に会わないように)、週に何度かの深夜、誰にも見られないように最寄りのコンビニエンスストアにタバコを買いに行くときのみ。TはYouTube を見て自分が喫煙できる年齢になったことに気づいた。思い切ってコンビニまで出かけタバコを買い、自室の窓を数年ぶりに開けて吸ってみた。裏の林に向かって煙を吐き出したとき、なんだか気持ちが楽になったので、続けているという。

ある日、「朝と夜、どっちが好き?」と聞いたとき、Tは「夜」と答えた。

「朝は明るくて人がいるから怖い。でも、怖くなくなれば、朝が良い。本当は夜の方が怖いから」2

岡本真実が行おうとしているのは、しかし、部屋そのものを示すことではない。そこにスタックしている人をどのように外につなげていくか、という活動である。

展示タイトルの《ゲルマラジオ体操第一》にあるように、そのつながりのための手段は、部屋の窓際に置かれた鉱石ラジオ(ゲルマラジオ)だ。鉱石ラジオはアルミサッシにつないだアンテナを介して空中の電波をとらえ、部屋の中に伝える。岡本の部屋でラジオを実際に聞いた来場者は、人の声によって語られる今日のできごとやおしゃべりが、外界と部屋の中とをリアルタイムで緩やかにつなげているのを体験したことだろう。しかし、それだけではない。鉱石ラジオは岡本によれば「外に出るためのきっかけや口実」、部屋にこもってしまった人を勇気づけるためのシンボリックな道具なのだ。

三分割された展示空間の最後の部分、自然光が柔らかく差し込む長細い空間は、部屋の外へと続いている。この空間には、作者の、部屋にこもっているすべての人への思いやりとポジティブな意志が表されていて心に響き、自己と他者を包み込むように共に前進させるその歩みに思わず加わりたくなる。いつか、怖れない朝が来るときまで。

  1. 1:例えば、以下のDSM−5への提案など。日本の文化に紐付いた精神疾患としては対人恐怖症がある。
    Teo AR, Gaw AC. Hikikomori, a Japanese culture-bound syndrome of social withdrawal?: A proposal for DSM-5. J Nerv Ment Dis. 2010 Jun;198(6):444-9. doi: 10.1097/NMD.0b013e3181e086b1. PMID: 20531124; PMCID: PMC4912003. ↩︎
  2. 2:筆者自身の記録から。記録は本人の了承を得た上、細部を変えている。 ↩︎

作品撮影:草彅裕

Profile プロフィール

キュレーター、心理療法士

西原 珉 Nishihara Min

キュレーター、心理療法士。90年代の現代美術シーンで活動後、渡米。ロサンゼルスでソーシャルワーカー兼臨床心理療法士として働く。家族療法、芸術療法、認知行動療法を中心に多くのアプローチを実施。個人・グループに心理療法を行うほか、シニア施設、DVシェルターなどでコミュニティを基盤とするアートプロジェクトを行った。リトルトーキョーでは、コミュニティのための文化スペースのプログラムと運営に関わった。2018年からは日本を拠点にアーティストや作り手のための相談と心理カウンセリングのほか、アートプロジェクトを通じたコミュニティのケアに力を注いでいる。2024年4月より秋田市文化創造館の館長を務める。 アートセラピーを活用したワークショップ、ケアする人のためのケア「クッション」で活動している。

Profile 作家プロフィール

岡本真実 Okamoto Manami

2001年京都府生まれ。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻在籍。発声・音声言語の不自由さ、コミュニケーションの齟齬に関心を持ち、パフォーマンスや作品を通じて “他者との干渉の方法”を探る。ラジオの受信音声に混じるノイズと、声の揺れ/詰まりの類似性に着目し、2021年よりラジオの自作をしている。
<主な展覧会>
2023「re: wave ビジュアルアーツ専攻課題展」(秋田)
2023「塹壕ラジオ @ オルタナス」「耳を傾ける / 耳を貸す」(秋田)
2021 個展「ある種の抵抗」(秋田)
2020 個展 「目を合わせる〜相互着用実験〜」(秋田)
インスタグラムアカウント:@manami_okamoto.work https://www.instagram.com/manami_okamoto.work?igsh=aTM0b3JreDA5azlm&utm_source=qr

Information

岡本真実 個展「ゲルマラジオ体操第一」

岡本真実 個展「ゲルマラジオ体操第一」DM(PDF)
■会期:2024年2月10日(土)〜2024年2月28日(水)
    入場無料、会期中無休
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
※最終日は15:30まで
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた

■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2023年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

Writer この記事を書いた人

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