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今つづく夢 今野嵩琉個展「虎日記」トークイベントレポート

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで1月22日まで開催した秋田公立美術大学 アーツ&ルーツ専攻の今野嵩琉による個展「虎日記」。会期中盤の2025年12月27日には、同大学の石倉敏明教授をゲストに招いてトークイベントを開催しました。

現実と夢の記録が混在した緻密な夢日記の記述を基に、作品を制作する秋田公立美術大学美術 アーツ&ルーツ専攻 今野嵩琉による個展「虎日記」。内田 百閒ひゃっけん の短編小説『虎』に着想を得て、人々の心に棲む「心象としての虎」に着目し、絵画やオブジェ、写真、映像など複数のメディアを用いて展示空間を構成しました。

2025年12月27日(土)には同大学の石倉敏明教授(大学院複合芸術研究科、アーツ&ルーツ専攻)と今野によって、本展に着想を与えた様々なトピックについて掘り下げるトークイベントを行いました。

トークの冒頭、今野は自身が研究する三つの要素について紹介しました。トークイベントの前半はこの三つの要素から、作家の背景と制作スタイルについてトークが交わされました。


  1. 夢を生命のルーツと捉えている
  2. 現実と夢の内容を交互に記録した自身の日記を基に、意識と無意識の関係性を分析しながら制作を行っている
  3. 一つの夢やモチーフに時間をかけて対峙し、その後の現実や夢に見られる影響について考察することを試みている

石倉敏明教授
今野嵩琉

夢は生命のルーツ

今野: 一つ目に大事な要素は、「夢をはじめとした無意識領域を生命のルーツとして捉えている」ということ。
この考えに至った背景には、三木成夫という人物の影響があります。私が胎児——お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんも夢を見ているのかということを考えていたとき、先生が『胎児の世界』という本をご紹介してくださいました。

『胎児の世界』の中で三木成夫が「胎児は、受胎の日から指折り数えて30日を過ぎてから僅か1週間で、あの1億年を費やした脊椎動物の上陸誌を夢のごとくに再現する」と述べています。三木成夫によると、私たちはお母さんの体内の中で、祖先が経験してきた進化過程とか生存競争の変化を、十月十日で再現するといいます。

石倉: 僕は毎年必ず文化人類学特論という授業で、『胎児の世界』をやるようにしています。
一つの理由には、夢野久作さんの『ドグラ・マグラ』という小説が、三木成夫さんの研究に引用されている、とても重要なテキストになっているんです。文学と生物学がつながっている面白いポイントがある。
それから、三木成夫さんは発生段階順にホルマリン漬けにされた胎児の顔が、どの時代の、どの生き物の進化過程を反映しているのかを、克明に描いた人です。点描で描いている、三木さんの絵もすごくいいなと思うんです。

胎児の世界 人類の生命記憶
著者 三木成夫
出版社 中公新書(1983)

今野: 三木成夫は私たち人間が大きな海の中で魚として暮らしていた時代から、両生類として陸に上がって、爬虫類、哺乳類へと変わっていく過程が、胎児の形態の変化に見られるというんです。

石倉: そうですね。個体発生は系統発生を繰り返すってよくいわれますけど。一人の命が生まれることは、それまでの生命全体の歴史をおなかの中で反復して、それで人間になって生まれてくるっていう説です。
仮説ですけれども、非常にパワフルな、面白い説。ある意味では、これはまだ結論が出てないというところも面白いと思うんですよね。

今野: 『胎児の世界』で僕がすごく印象的だったのが、胎児は自分の肺を一度、どっぷりと母親の胎内の羊水で満たしてから、魚類の進化過程に入っていくといった記述。胎児にとっては母親の羊水が、僕たちの祖先にとっての大きな海に通じているのかなと思って。

石倉: 原生生物から始まって、だんだん魚みたいになっていって。陸上に上がるときに、つわりが起こるといったことを書くわけですよね。 それだけではなくて、海の中に産み捨てられる魚の卵は、殻ではなくて膜になっていて、外の海水と常に行き来できるような構造になってるんだけど。陸上に上がるときの硬い殻が必要とする。それからもう一度、有袋類が卵をおなかの中にセットするようになり、さらに哺乳類になると、体の中に卵がセットされるようになる。つまり持ち運びができる海として、子宮というのができたという、そうした理論をつくってるところがすごく面白いですね。

今野: 先ほど出てきた夢野久作の『ドグラ・マグラ』という本も、日本三大奇書として名前だけは知っていたんですが、胎児の夢についての小説というのは、石倉先生に教えていただくまで知らなくて。科学的な根拠はないかもしれないですけど、夢野久作が、三木成夫よりも先に、胎児は夢を見ているというようなことを考えており、それを読者に納得させるような語り口調で書いている。すごくびっくりしました。

石倉: 三木さんの言い方だと生命記憶っていう言い方になるんだけど、その発想のすごく重要な部分が『ドグラ・マグラ』からきている。細胞記憶、心理遺伝と、まだ科学も黎明期にあって、心理学とつながっていた時代のいろんなものを読みあさって、夢野久作は『ドグラ・マグラ』という小説を書いたわけです。
「胎児よ 胎児よ 何故躍る」という、冒頭のフレーズが出てくる。それがすごく詩的でもあると同時に、喚起的に、夢見るというイメージの問題と生きるということが、何かつながっているんだっていうこと。さっき、生命のルーツって言ったのがそこにあると思うんですけどね。

ドリーミング

今野: みなさんはレム睡眠とノンレム睡眠についてご存知でしょうか。レム睡眠は、脳内は活動しているけれど、体は眠っている状態。夢を見やすくて、その内容も記憶に残りやすい。一方、ノンレム睡眠は脳も体も完全に休んでいる状態。ノンレム睡眠でも夢は見るんですが、レム睡眠と比べて記憶に残りづらい。睡眠中はどちらか片方だけじゃなくて、両者を交互に繰り返します。
赤ちゃんのときはレム睡眠が睡眠全体の50パーセントを占めている。成長するに従って、夢を見やすいレム睡眠の割合が減少していくんです。そして睡眠時間そのものが、成長するにつれてどんどん下がっていく。
自分たちはもともと胎児のときにも夢を見ていたかもしれないですけど、赤ちゃんになってからも、無意識と近い状態で生きていた、夢と手を結びながら生きていたのではないのか。夢とか無意識が生命のルーツになっているんじゃないかと考え始めました。

石倉: 面白いですよね。見るとはどんな体験なのか。カンブリア紀に目の発生したのは、何かを食べるために視神経が発達したため。食べることと見ることが同時に海の中で発生してくるんですが、それが実は、目じゃなくても見るという体験になっていく。
特に、哺乳類になると、深い眠りが生ずる。眠るということが、無意識の中で見る、考える、脳を整理するというプロセスにもなる。情報だけではない何かに触れ、それが身体化されたり、自分をつくっていくというフィードバックが起こるということですよね。

《虎を研究する医者の夢》2025

今野: 少し角度は異なるのですが、アボリジニのドリーミングという概念も、石倉先生に紹介いただいたものです。これは、天地創造の神話、「ドリームタイム」が、過去のものではなくて、今、現在も続いているという世界観です。

石倉: 欧米の人類学者はタイム、ドリームタイムと概念を名づけているんですけど、現地ではジュクルパとかっていう概念がある。それを英語にしたときには、ドリーミング、夢を見るっていう言い方をするわけです。だから、タイムというものがあったというふうに考えることもできるし、それが今も続いていて、生きるということもドリーミングの一部なんだっていうふうな考え方なんですね。
今年は愛知でも、オーストラリアからの先住民のアーティスト、何人か来ていました。西オーストラリアのインジバルンディというところから来た、ウェンディー・ヒュバートさんが、このドリーミングのことを「世界が柔らかかったころ」って言ってました。

今野: 僕も会場で拝見して、《世界が柔らかかったころの料理のしかた》って、なんていいタイトルなんだろうと、感動してました。

石倉: 夢の中にあった現実であり、しかも、それが今も続いているというような、二重の意味があるってことですよね。

今野: この前、石倉先生に「硬い現実と柔らかい夢の生地をこねて、混ぜ合わせる」という話を教えていただいたんです。来年は、現実と夢、意識と無意識を混ぜ合わせたり、包括して捉えることを試みてみたいと思っているので、アボリジニのドリームタイムとかドリーミングについて勉強していきたいです。

石倉: ぜひ。大学というのは硬くしていく場になりがちなんだけど。僕たちのいるアーツ&ルーツ専攻というのは、柔らかめの先生が多くて、粘土とか泥のような無意識を持ってる人が多い。先生が一人一人違うことを言うので、学生は混乱することもあると思うんですけど。ドリーミングをしていると思って、ぜひ、混ぜ合わせてみてください。

ミシェル・レリスの日記

今野: 続いて、二つ目の要素である、現実と夢が混在した日記について、お話ししようと思います。現在、私は、寝る前にその日あった出来事を現実の記録として日記に書いています。そして、翌朝に、夜のうちに見た夢の内容を書き留めています。現実と夢の内容を交互に日記に記録することで、意識と無意識の関係性がとても明確に見えてくるようになりました。今回の個展である『虎日記』も、こうやって書き留めた3カ月間の日記が基になっています。
この現実と夢を織り交ぜた日記を書くという手法に行き着いたのは、先生の授業で紹介していただいた、ミシェル・レリスという人物の影響が大きいです。レリスは、初めはシュルレアリスム運動に関わりながらも、後に作家とか民族学者として活動した人物です。

石倉: レリスの面白いのは、アンドレ・ブルトンと大げんかして離脱していったグループの一人というところですよね。実は離脱してからのほうが、ずっと長い。シュルレアリスムというのは、確かにすごく大きな影響力を持った運動なんだけれど、そこからどうやって離脱したか、どこが違うと思ったのかというところが大事だと僕は思っていて。
例えば、岡本太郎も分離派の一員だったわけですよね。彼と人類学との接点も、この辺りから、ミシェル・レリスの辺りから生まれてくるということがあるので。
レリスは、実は、分離した辺りから人類学を学び始め、マルセル・モースの弟子になっていくんです。詩を書きながら、人類学の論文も書く。一種、硬いところと柔らかいところを、両方やっていくっていうスタイル。それを混ぜ合わせてるわけです。

今野: 授業では、『幻のアフリカ』という本もご紹介いただきました。

幻のアフリカ
著者 ミシェル・レリス|訳者 岡谷公二、田中淳一、高橋達明
出版社 河出書房新社(2010)

石倉: フランスの民族学者が、国家プロジェクトとしてダカールからジブチまで、西アフリカ、東アフリカ、縦断していくという旅にあたって記録官を募集した。隊長のマルセル・グリオールが「民族学を学んでいる詩人がいるらしい」ということで、若手のミシェル・レリスに声を掛けて連れていった。
彼はずっと日記を書き続けていたんですが、そこに公式記録としてはびっくりなことを、いっぱい書いちゃうんです。

今野: 自分の見た夢とか、性的なこととか。公的文書として出すにはあるまじき、自分の個人的な内容が書かれていたんですよね。

石倉:  そうですね。性的な話も出ててくるし、断片的なイメージとか、植民地主義に対する怒りとか、いろんな要素が書いてある。

でも、実は、文化人類学の歴史を見ていくと、そういうことはある。レリスの少し前になりますけれども、ブロニスワフ・マリノフスキという人は1920年代に戦争で取り残されて、長期滞在せざるを得なくなって。そこから、滞在しながら書くというエスノグラフィーが生まれてくるんですけど。
レリスみたいなことを、いっぱい書いてるんですよ。現地人に対する恨みつらみとか、故郷に残してきた婚約者への願望とか、自分の寂しさとか。

そういう表に出せないこととか、個人的なこととか、無意識的なことを書いてた。それが日記というジャンルになったんだと思います。レリスは、結局、50年、60年、ずっと日記を書き続けるわけですね。

今野: そうですね。『ミシェル・レリス日記』は、67年間にわたる彼の日記で。彼の死後に机の引き出しから発見されたそうです。

ミシェル・レリス日記 1 1922-1944
著者 ミシェル・レリス|編 ジャン・ジャマン|訳者 千葉文夫
出版社 みすず書房 (2001)

石倉: レリスの小説とか詩というのは、ほとんど告白文学と言っていいと思うんです。日記の記述がベースになっている。
彼の創作の一番のコアにあった体験っていうのは、やっぱり夢と日記だったんじゃないかなと思います。今野君はなんでここに響いたんですかね。

今野: それまで僕は、夢だけの「夢日記」をつけてたんです。現実と夢を混ぜ合わせ、包括し、一緒くたにして捉えるというのを、レリスの文章が載った授業のプリントで初めて知って、すごく印象的で。たぶん、その授業ではレリス以外のトピックも出てたと思うんですけど、僕はそのプリントを読むのに夢中で、他のトピックを忘れてた。それにずっと夢中だったことをよく覚えてます。

石倉: これは岡谷公二さんたちによる、とても良い訳なんですよね。『幻のアフリカ』は、ものすごく分厚いですよね。本当に毎日、毎日、書いてるような。

今野: まだ読めてないです、僕。

石倉: 全部読むのは、なかなか大変だと思う。
レリスは人類学の調査で聞き取りをするとき、警察の尋問みたいなやり方で、何だか、嫌だなと書いている。つまり、彼は自分も属しているフランスの学者たちが、アフリカで何かやっているという眼差しが、何か制度的に、非対称なものをつくっているということを、すごくビビッドに感じていた。そこでできないこと、一種の、別の人類学をここでつくり上げたと言えると思うんです。

今野: 愚痴というか、自分たちの探検団への批判が『幻のアフリカ』にはたくさん書かれていて、びっくりする。

石倉: 愚痴が多い。グリオールも、びっくりですよね。
レリスとはちょっと違うんだけど、僕もたまに大学のことをFacebookに書くと、怒られるんですよね。でも、新聞に書いたら怒られない。紙に書くといいですね(笑)

今野が夢と現実の記録を交互に書いているノート

夢に対峙し、現実を考察する

今野: 最後のトピックは、一つの夢やモチーフに時間をかけて対峙し、その後の影響や変化について考察するということです。

1、2年生の頃は一つの印象的な夢を見たら、その夢についての一枚の絵画を描いて、その夢についての制作はそれで終わりだったんです。今年、3年生になって専攻に入り、どうしたら意識と無意識の関係性をより深く分析できるかなと考えた。そこで、さきほど紹介したレリスを参考にしながら、夢と現実を混ぜ合わせた日記を書くようになった。一つのトピック、一つの夢が、その後の自分の生活にどう影響するのかを、今年はずっと探求してきました。

石倉: 普通、夢って見て忘れて終わりだと思うんですよ。それをまず書くじゃないですか。しかも、そのことをずっと引きずりながら、日々、生きていくように、自分を再設計してるわけですよね。さらに、それがまた夢に戻ってきたりする。会場の奥にある日記をご覧になると、いろんな気付きがあると思います。
では、今回の展覧会について話してもらえますか。

今野: この『虎日記』をやる前に、《盗まれた自転車とその余波》っていう作品を作ったんです。
バイト先で自転車を盗まれちゃったんですね。その日の夢は、自分が想像した自転車を盗んだ犯人を殺すまで追いかけるっていうものだった。自分が戦国武将になって。

《盗まれた自転車とその余波》2025

今野: で、今回の「虎日記」ですが、これは作家の内田百閒が書いた『サラサーテの盤』という、短編小説集の中の、本当に短い『虎』という短編小説を読んだのがきっかけ。すごく衝撃を受けて。
それまで全然、トラが好きだったわけではないんですよ。でも、百閒の『虎』を読んでから、トラについて、夢でも現実でも考えることが多くなりました。

石倉: ここはやっぱり面白いところですね。この小説は、まず短い。4ページしかない。
そして、トラの視覚的描写がほとんどないじゃないですか。そこが僕は気になったんだけども。
今野君は、この『虎』を読んで、どこが一番、残ったんですかね。

会場受付には『虎』が収録された短編集『サラサーテの盤』が置かれた。

今野: 読んでいくうちに現実か夢か分からなくなって、夢幻的な、濃密な空気感、霧が小説内に立ち込めていくことを想像したんです。でも、さっき先生がおっしゃったようにトラは出てこない。何かがいる気配を、人々が感じているだけなんですよ。 そして、終わり方が印象的。たぶん、この『虎』っていう短編小説の主人公は、百閒自身だと思うんですが、その語り口はどこか人ごとみたい。濃密な夢っぽくなりそうなのに、すごい淡泊な終わり方をしている。そのギャップがすごい、今まで味わったことがない読後感だったので、覚えてます。

石倉: ここが結構、ポイントの一つかなと思うんですが、内田百閒という人は、夏目漱石の弟子だったんですよね。師匠の夏目漱石は、『夢十夜』という有名な本を書いている。「こんな夢を見た」で始まる有名な、主観的で、没入的で、しかも非常に文学的な記述じゃないですか。それに比べると、内田百閒は本当に淡々と、業務記録のように夢を散文的に書く。それがちょっとレリスとも違うよね。ドキュメントなんですよ。
今野君の感性が、あんまりしっとりとロマンチックに書くよりも、淡々と書くほうに惹かれるということなのか。どうでしょう。

今野: これまで描いてきた絵は、できるだけ自分が見た夢に忠実に、なるべく客観的にしてきた。自分が夢を見ているときも、自分の視点ではなく、第三者の視点で見ることが多いので。客観性という、どこか冷めた淡泊なところに惹かれたのかもしれない。

《百閒の『虎』》2025

石倉: 百閒の『虎』には、トラがどういう風貌をしていたっていうことがちっとも出てこないのに、駅で電車を待ってる人たちは、上にいるらしいトラを、みんな感じている。みんなで感じながら、いきなりすっと引き抜かれて、トラに食べられちゃった様子を見ているわけですよね。 今、この2025年に、今野君がこれを大事だと思うのは、時代的な理由もあると僕は思うんですよね。いわゆるエンクローチメント、野生動物が街に出てきてしまうという背景がある。

今野: そうですね。

石倉: 今、このトラに近い状況を、秋田の市民は毎日感じているじゃないですか。つまり、クマがいるらしいというね。目に見えないクマと、見えるクマの間で、ちょっと不思議な宙づりの感覚を味わっている。日本中で起こりつつある現実というのが、『虎』の主題でもあると思います。

今野君の無意識は、たぶん、僕たちの無意識でもあると言えるのではと思うんですよね。絵を見たり、日記を読んだりしていると、そんなことを感じました。

もう一個の『神楽坂の虎』はいかがでしょうか。

今野: 『神楽坂の虎』は、百閒一行が夜道を歩いてたら5、6匹のトラに遭遇して追いかけられるっていう話です。でも、ここではトラはとても明確に描写されてますよね。しかも、体がすごく大きかったりして、普通のトラではないことが分かるんです。1冊にトラに関する短編が2個も出てきたと思って、すごく印象的でした。

《百閒の『神楽坂の虎』》2025

今野: 内田百閒の『虎』を読んで以降、トラに関する夢をたくさん見るようになりました。石倉先生をはじめ、大学の先生に、トラに関する映画とか、いろんなことを教えていただいたりしましたね。
夢だけでなく、現実でもトラを意識するようになり、最終的には、大森山動物園にトラがいるので会いに行くまでの3カ月間を記録し、『虎日記』として今回の展示にしました。
今年の5月にトラに会いに行ったんです。そこから『虎日記』の展示を構想し、こつこつ大学のアトリエで制作するようになりました。制作を始めてから1、2カ月ぐらいの間は、日中はトラの絵を描いたりして、ずっとトラについて考えているのに、夢にトラが全然、出てこなくなっちゃって。

石倉: 面白い。整理すると、まず、2月に内田百閒の『虎』を読んだんですよね。なぜすぐ行かずに、5月までトラの周辺をうろうろしていたのか。それがトラっぽいよね。
内田百閒の『虎』のように、今野君自身がすぐに確かめに行かなかった。他にやるべきことがあると思ったのかもしれない。

今野: それもあります。雪で外に出づらい状況だったのもあるかもしれないです。

無意識過剰

石倉: 『虎日記』以前の作品ですが、《盗まれた自転車とその余波》も、盗まれてから新しい自転車を買いに行くまでの時間。その生活の時間というものが、伸び縮みするような。しかも、展示をした後に、友達の自転車が盗まれた、という話を以前してくれましたよね。

現実の生活と夢が、どうも入れ子になっているような前提が、もう既にあったわけですね。そういった自分の心理的な問題と、社会、外部にあるものが混ざり合っていたり、行ったり来たりするという体験を、ゆっくり時間をかけて、描きながら、考察しながら、生きてみるということですよね。

日本の美術大学ではほとんどやっていないことじゃないかなと思う。課題がないアーツ&ルーツ専攻だからこそ、それが課題になっているわけですけれど。ある意味、とても変わった実験をやってきたんですね。

今野: 夢だけでなく、現実生活の中でも、トラがパッと出てきたり、トラに関連した出来事が多くあったりしたんです。
例えば、僕が今年の夏、博物館実習のために地元の兵庫県の美術館へ行ったとき、そこではちょうど阪神タイガースのデザインについての展示がやってたんですね。シンクロニシティじゃないですけども。

《阪神ビルを登る夢》2025

石倉: シンクロニシティっていうのは、ユングの理論で、同時的にシンクロするっていう意味ですね。
ディアクロニカというのが、普通に時間が流れている状態。シンクロニカっていうのは、同じ時間に、別の空間にあるものが、同時に起こってしまう。
それが、あたかも、なぜか同期しているかのように体験されることを、シンクロニシティというふうに言いました。それは、彼の理論によれば、個人の浅い意識ではなくて、集合的無意識というところで、常に人類の意識が通い合っているという想定がある。

今野: 他にも授業の課題で訪ねた和歌山県には、和歌山城という城がありまして。それはトラが伏せた姿に似ていることから、虎伏山と言われているんだと知ったり。
幼少期に好んで読んでいた絵本のほとんどにトラが登場していたのを思い出したりとか。展示では『ちびくろ・さんぼ』という絵本を題材にした作品を一つ、展示しています。
シンクロニシティとまではいかないかもしれない。ただの偶然と言われれば、そうかもしれない。けれど、トラに着目したことで、夢だけでなく現実の生活の中でも、結び付きが強まっていったというか、気付きがすごく増えたような気がします。

《『ちびくろさんぼ』》2025

石倉: その話を聞いて、僕は面白いなと思ったんですね。というのは、アーティストは自分の自我と戦いながら表現をし続けるので、自我をすり減らさなければならない面も多い。ある意味、自我が肥大していったりするじゃないですか。学者もそうなんだけど。
表現するっていうことは、誰かにいいねと褒められたり、自信を持ったり、自信をなくしたりする経験っていうのがあるので。常にすごく不安定に、心理的な負荷がかかると思うんです。

絵がうまい人とか、アートが上手な人っていうのは、相当、自意識過剰だと思うんですよね。美大の先生とか、僕もそうかもしれないけれど。自意識過剰で、「やっていることと評価が、本当に釣り合っているのか?」みたいな。
僕も含めて、そういう批判の目で先生を見てほしいなと思うんです。先生なんて言われちゃうと、自意識が肥大していっちゃうんですよね。 それに対して大事なのは、無意識を過剰化させるということ。だから、今野君がいい感じで無意識過剰になってるなと思って。日本の美大は自意識過剰な子を育てるっていう方向にいってる中で、無意識過剰性を育てる。今野君を見て、しめしめと思ってたんですけど。

今野: 無意識過剰。すごくいい言葉だなと思いました。

石倉: 例えば、「今、世界はトラであふれている!」みたいな状態になってくると、ほとんどギリギリな世界なわけですよ、それは。
精神、心理的な病理の世界って、やっぱりそういうメッセージを受け取ってしまう。センサーが鋭い人にとっては生きづらくなるし、社会生活から離脱する人もたくさんいる。実は、そのセンサーというのが、どうやってできているのかという、記号の生態系がある。

つまり、トラと言っても、二つのトラがあると。一つは、虎伏山とか、タイガースとか、そういう記号生態系の中でうろうろと闊歩しているトラ。一方で、自然界の中に絶滅危惧種として、アムールトラとか、ベンガルトラとか、スマトラトラという、リアルな動物としてのトラがいると。この両方が、やっぱり必要だと思うんですよ。だけど、そのことを美術の世界で学ぶ機会は、あまり多くないですよね。

僕は本当は、大学で、動物学者と人文学者が、一緒に研究会やワークショップをやったりできたらいいなとも思います。僕たちもこの3年間、いろいろやってきていて、例えば、動物の血から絵の具を作るっていう卒業生もいます。
リアルなトラとイメージをつなぐようなことができたらいいなと思うんです。

《懇願する虎の夢》2025

今野: 制作を始めてからの6月、7月は、トラが全然、出てこなくって。現実でトラを意識しているから、夢に見る必要がなかったのかなと。

石倉: 何か制作することと夢っていうのが、両方、同じように起こることではないんでしょうね。

今野: そうですね。制作期間中はあまりトラの夢を見ることはなかったんですけど。その後、しばしばトラの夢を見るようになったときには、それまでより、現実とのつながりが感じられた。例えば、10月の初めに見たトラの夢は、遠くを向いて地面に伏せている男の後ろ姿がだんだんとトラに変身していくっていう内容だった。今までトラだけを夢に見ることはあったんですが、人がトラに変わる光景っていうのがすごく印象的だったので、よく覚えてますね。

石倉: これは今回の絵の中にもあるんですか。

今野: 動物園に行った後の夢なので、今回の展示にはないです。
その夢を見た日は動物園に行ってトラの映像を撮ったり、専攻の研究計画発表で『虎日記』のこと、トラの夢を見てないことをみんなの前で発表したりして。その日の体験が夢に影響したのかなとか思います。
この展示『虎日記』が始まった日にも、内容の濃いトラの夢を見ました。

《大森山の虎》2025

分裂したトラ

石倉: 現在、令和7年に、今野君がそうやってトラを見るっていうことは、どういう無意識なんですかね。
例えば、内田百閒の『虎』というのは、日本が南洋へ進出していた昭和10年代に書かれた作品じゃないですか。日本列島にはトラは自生していない。だけども、アジアにはトラがいる。このイメージの系譜は、加藤清正のトラ退治の頃からずっとあるはずなんです。日本から外に制覇しよう、あるいは、植民地化しようというとき、日本からトラを従えるっていうイメージがある。

それを日本人のアーティストは、ほとんど表現できなかったんです。悔しかったんですけど、シンガポール人のアティストのホー・ツーニェンの展覧会を見たときに、完全にやられちゃったんですよね、いわゆるトラ問題を。それどころか、日本の京都学派がどうやって戦争に関与していったのかとか、どうやって学生を死なせていったのかとかも調べて制作している。

今野君が見ているトラというのは、ある意味、今の日本の若者っぽく、すごく脱政治化されてるのかもしれない。動物園のトラなのかもしれないなと見てるんです。
けれども、今の世代の日本人からしか出てこない表現っていうのも、あるはずなんですよね。それがどこに行くのかなと思います。

今野: シンガポールの名前の由来にはライオンが入っているんですよね。海辺にライオンが立っているのを見て、そこから獅子の都シンガポールになったんですけど、シンガポールには当時、野生のライオンはいなかった。実際にはトラと出会ったんだろうというふうに言われている。

石倉: そのようにトラをライオンに読み替えるっていうことに対して、ずっとホー・ツーニェンは作品を作り続けてきたんですね。

画面左側から《大阪駅にて》、《布団に潜り込む虎》、《山月記》

今野: 日本には野生のトラはいないですよね。動物園に行っても、みんなかわいいって言うんですよ。そこが面白いなと思っています。
勇猛な強者というトラのイメージと、かわいいトラのイメージ。愛情深いイメージや、絶滅危惧種であるというイメージ。人々によって、いろんなイメージがトラの中に投影されていることを、『虎日記』をつけ始めてから感じています。

石倉: そこがたぶん、すごく重要なポイントの一つですね。
今、秋田ではクマがいろいろなところに出ている。保育園とか幼稚園の先生が子どもにクマの怖さを教えようとすると、子どもたちは「先生、クマ怖くないよ」って言うらしいですよね。プーさんとか、かわいいクマのイメージ。
つまり、テディベアみたいなクマのイメージと、人間に対して危害を加えてくるクマというふうに、分裂しちゃってるわけですよね。

トラも同じように、かわいくて大きなネコみたいなトラのイメージと、本当は恐ろしいトラというものが、分裂してると思うんですよ。

今野: そうですね。トラの夢を見ることが少なくなった制作期間を経て、動物が夢に出てくることがすごい増えたんです。トラだけじゃなくて、クマとか、シカとか、ウナギとか。トラを見ない期間を経てから、トラが森や川から、いろんな動物を連れてきてくれたみたいに、夢の中の生命感が高まってるなと考えてます。

石倉: それは、ユング派の先生だったら、個性化のプロセスとして説明しそうですね、トラが統合されてきたんだねみたいに。 今野君の心理的な成長と、動物を通して世界に出会い直していく過程が、ここに描かれていると思います。トラは最初の入り口であり、全体の自然とか野生の象徴でもあったんでしょうね。

今野: 有名な小説『山月記』や、アピチャッポンの映画『トロピカル・マラディ』では、人々の自我がトラの中に入り込むという構造が、すごく印象的。トラが魂の移動装置というか、人々はトラに多くのイメージを投影したり、自分を重ねたりしていたのかなと考えていました。

石倉: タイの東北部に住んでいるトラも、シベリアに住んでいるトラも、同じように、森の中に住んでいる最強の生き物っていうイメージですよね。アジアの北と南を問わず、人間が死んでトラになっていくとか、トラが人間になっていくっていう伝説はある。
アピチャッポンの『トロピカル・マラディ』は、第1部では男性同士の同性愛的な恋愛が描かれてて、第2部ではトラ人間になっていくっていう、二重にボーダーを越えていくっていう、面白い映画ですよね。

《『山月記』》2025

ダージリンの夢

今野: 以前、石倉先生が文化人類学の研究に入り込むきっかけにもなった、啓示的な夢見の話をお聞きして、興味深かったです。改めてお話しいただけますか。

石倉: 大人になって、何か重要なステップの切り替わる、ボーダーに立ったときに見る夢というのは、やっぱり次に入っていくきっかけになると思うんですね。

私は23歳から25歳ぐらいのとき、修士研究として僕はインドのダージリンという所に行きました。
ある日、夢の中で、自分の母の死に立ち会っているんです。寝ている母の、生きている体が、死体になっていくっというイメージが、すごく鮮烈に目に焼き付いている。そのうち、イメージがどんどん広がって、お付き合いしていた彼女とか、小学校ぐらいに好きになった女の子だとか、次々と目の前に現れては死んでいく。ついには世界中の女の人が死んでいくという、変な夢に発展していって。
最後に、なぜか自分のおばあちゃんだけは生きているんだけれど、そのおばあちゃんが急にガラスのように結晶化して、バリンッて割れちゃった。そのおばあちゃんがいた所に何か文字のようなものが、ミミズのようなヘビのような文字のようなものが、うにょうにょ動いていた。 僕は、それを見てなぜか、「これが日本語でも英語でもフランス語でもなくて、自分の言葉だ」と直感して、目が覚めたんです。なぜそう思ったかはよく分からないんだけど、とにかく、そう思ったんです。

石倉: すごく変な読後感じゃないけど、今まで体験したことのない夢見の体験だなと不思議に思い、即興で鼻歌みたいに、自分の母が死んだと歌いながら、霧のダージリンを歩いていた。
やがて動物園の脇を通りかかった。僕は動物園なら、ダージリンのが一番好きなんです。動物園の近くで、獣たちの声が聞こえてくる。
そこでチベットの死者の書に描かれている魂になった気分で、動物の声を聞いていたんです。三途の川を渡って、生者が死後の世界に行くまでに、チベット仏教ではバルドと呼ばれる中有ちゅううという段階がある。宙ぶらりんのところを四十九日、旅をして、人間だけではない動物とか、餓鬼とか、畜生とか、地獄の住民とか、いろんなものたちと出会うんですね。
夢、バルド、霧の中のダージリン、動物の声、ヒンドゥー教の寺院とかお祭り……。イメージが頭の中で渦巻いてた。研究もうまくいっていなかったので、どうすれば自分の研究対象と出会えるのかなって思っていた。

そのとき、霧がぱっと晴れて、大きな岩の前に出たんです。テンジン・ノルゲイというエベレストを初登頂した人が岩登りの練習に使っていた岩で、テンジンロックという。そこで、「こんにちは」って片言の日本語で声を掛けてきた、ネパール人の若者がいたんです。僕の最初のネパール人の友達になるんだけれど、彼は日本のことが大好きで、ジャパンというあだ名で呼ばれていた。失業していて、いつもテンジンロックの前のチャイ屋で油を売っていた。 彼は日本のことが大好きで「盆栽が大好きだから、盆栽ロッジっていう日本風のゲストハウスをいつか開きたい」と話して、僕にチャイをご馳走してくれた。実は、彼と出会ったことで、僕はダージリンの、グルカと呼ばれてるネパール系移民のコミュニティに入っていくことができたんですね。

画面左側から《虎を研究する医者の夢》、《『山月記』》、《『ちびくろさんぼ』》

石倉:自分のフィールドワークの始まった日の前の晩に見たのが、女性性と死に関わる夢で。後から考えてみたら、それが自分にとって大きな一つの節目だった。
その後、僕は生き神様の研究をして、ゆくゆくはヒマラヤの女神を研究するようになったんですね。女神というのは生む存在であると同時に、死者の世界と関わり合い、山という空間全体を統治している。しかも、インド、ネパールの女神は、トラとかヒョウになって山を駆け巡るといわれていて、そういうネコ科動物なんです。
無意識というのは、本気で仕事をしていくと、必ず出会ってしまう何かだと思うんですね。僕にとっては、現実のフィールドワークの先で出会った夢が、そういう動物と女性性と死がつながっていくというものだったということです。

今野: まさに、夢だけじゃなくて、夢が現実に続いていって、その先で重要な出会いをしたっていうことですね。

石倉: そうなんですね。ですから、意識的に「研究をしなきゃ」、「発表しなきゃ」も大事だし、それがないと卒業できないんだけれども、それだけでは駄目。もっと大切な、自分の魂の探求というのがあり、そのためには、いろいろな出会いと別れと、苦しい探求というものを越えていかなければいけないじゃないですか。
それが自分にとっては、ダージリンでようやく出会うことができたっていうことなんですね。今野君にとってはトラを通じて、今、現れ続けている何かなのかもしれない。

絵本の中、記号の生き物

石倉: 《百閒の『神楽坂の虎』》では、トラがオオカミみたいになっている絵はどういうイメージなんですか。

今野: あれはまさに、百閒の『神楽坂の虎』を題材にした絵です。ある地域では人々が飼っているイヌを家の軒先に出してから寝るという話を聞いた百閒は、その後、神楽坂にトラがいっぱいいる夢を見た。路地に出すイヌが、夢の中ではトラになったんじゃないかと夢を分析している。それが印象的で、トラがイヌ、オオカミに変わる瞬間を描きました。

画面左から《百閒の『神楽坂の虎』》、《虎を逃がす夢》、《百閒の『虎』》

石倉: 日本美術の研究で有名な話なんですけども。日本の武士や貴族は、トラの絵を飾ったりするわけです。一休さんに出てきてますよね。南画とか中国画のジャンルとしてのトラというのがあるわけです。
ところが、同じことを日本でやろうとしても、トラがいないので、これが庶民階級の絵になるとオオカミに置き換わってくる。同じ構図、同じ画題でも、トラがオオカミに変換されているということが、よくあるんですよね。

つまり、想像的なものを、現実にある種に置き換えていく。鹿しし踊りなんかでもそうです。獅子舞というのはライオンのイメージ。これが鹿踊りになってくると、これが現実のシカとか、カモシカとか、四つ足の動物の生態に置き換わっていったりする。
記号的・想像的なトラやクマと、現実に存在している動物。この二つのエコロジーが必要なんですよね。
本当は、環境のエコロジー、社会のエコロジー、精神のエコロジーという「三つのエコロジー」が必要だとフェリックス・ガタリは言っている。複数のエコロジーを越境し、繋いでいくのが、恐らく、アートということだと思うんですよ。
現在、今野君がやってるのも、自分の魂の問題であると同時に、文化の問題でもある。恐らく、今、みんなが漠然と感じてるような、野生というものと出会い直しているのかもしれないと思います。

今野: 鹿踊りがある岩手県には、虎舞もあるんですよね。ちょうど時期がこれから先なので見に行きたいなと思ってます。

石倉: ぜひ。虎舞だけじゃなくて、虎舞と獅子舞と獅子踊り、全部ありますから、岩手県に。どう関係してるのか見てみると、とてもいいと思います。動物は僕たちのすぐ隣にいる他者であると同時に、僕たち自身でもあるので。

《布団に潜り込む虎》2025

今野: 以前、先生のお話で、子どもは初めて動物に出会うとき、絵本の中に出てくるイメージとして出会うと聞きました。たしかに自分自身も幼い頃に、動物がいっぱい出てくる絵本に親しんでいたなと思い返しました。

石倉: レヴィ=ストロースという人類学者が書いていることなんですが、僕たちは自然から遠ざけられたことを申し訳ないことに感じている。そこで子どもたちには、動物たちに出会ってほしいということで、ライオンやトラが出てくる絵本を読ませたりする。
けれどもそれは本当のリアルな生き物から遠ざけ、記号の生き物に最初に出会わせてしまうっていう、一種の暴力的な回路をつくっちゃうことでもあるんですよね。

よく表象スキーマと言ったりしますが、例えば、子どもたちに「アリの絵を描いてごらん」と言うと、足が10本あったり、いろんなところから足が生えていたりする。トラやクマが、人間のような足を持っていたり。
“○○っぽい絵”と、“本当に生きている動物”との違いというものが、今、危機にひんしている。それをつなぐ回路というものが弱体化していると思うので。
だから、絵本も、もちろん、大事なんですけど。と、同時に、リアルな動物を見るっていうのが大事かもしれないですね。

《トンテキの夢》2025

今野: そうですね。自分も「虎日記」について考え始めて、歩いて行ける近い距離の動物園に、いつもトラがいてくれるのが、ありがたいなと、改めて思っています。

石倉: この後、どうなっていくのかなって気になります。展示として、絵画とオブジェを、一つのインスタレーションの中に複合的に混ぜていくってことは、今まで何回もやってきていると思うんですが、これからやってみたいことや、こういうふうに展開させていきたいという話はありますか。

今野: 今回は、初めて映像と写真を展示したんです。最近は、特に写真が自分の中で重要なメディアじゃないかと考え始めています。
写真って現実を写し取るじゃないですか。でも、例えば、僕が夢の内容に基づいて、誰かにこういうポーズとってとか、こういう物を置いたりとかして、現実を夢のようにつくっていくことも可能。写された現実が絶対に入ってくるので、夢と現実を包括して捉えていくときに写真は重要。自分にとって、やりたいことに沿っているメディアじゃないかなと思います。

石倉: それはすごく楽しいですね。ある意味では、写真は一番、夢から遠いとも考えられるかもしれない。でも、やり方によっては、夢と現実の間にあるものを写すことができるかもしれない。僕も写真の可能性というのは、ものすごく大きいと思うので、楽しみにしています。

作品撮影:越中谷優一

Profile ゲストプロフィール

人類学者/秋田公立美術大学教授

石倉 敏明 Toshiaki Ishikura

1974年東京都生まれ。1997年より、ダージリン、シッキム、カトマンドゥ、東北日本各地で聖者や女神信仰、「山の神」神話調査を行う。環太平洋圏の比較神話学に基づき、論考や書籍を発表。近年は秋田を拠点に北東北の文化的ルーツに根ざした芸術表現の可能性を研究する。著書に『<動物をえがく>人類学 人はなぜ動物にひかれるのか』(共編著・岩波書店、2024)、『Lexicon 現代人類学』(奥野克巳との共編著・以文社)、『野生めぐり 列島神話の源流に触れる12の旅』(田附勝との共著・淡交社、2015)、『タイ・レイ・タイ・リオ紬記』(高木正勝CD附属神話集・エピファニーワークス)など。主な参加展覧会に第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」(2019)、「精神の〈北〉へ Vol.10:かすかな共振をとらえて」(ロヴァニエミ美術館、2019)、「表現の生態系」(アーツ前橋、2019)など。

Profile 作家プロフィール

秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻3年生

今野嵩琉 Takeru Imano

2004年兵庫県生まれ。秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻在籍。夢や無意識を人類のルーツと捉え、現実と夢の内容を交互に記録した日記をもとに意識・無意識の関係性についてリサーチや制作を行っている。昨年は秋田県の若手アーティスト支援事業である「アーツアーツサポートプログラム」に採択され、個展「喋る羊の夢」をアトリオンにて開催した。

Information

今野嵩琉 個展「虎日記」

*本展覧会は終了しました*

■会期:2025年12月13日(土)~2026年1月22日(木)
    入場無料
■休館日:2025年12月29日(月)〜2026年1月3日(土)
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2025年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

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