道の駅なかせん活用プロジェクト
本プロジェクトの舞台となる大仙市中仙地域は市の東部に位置し、豊かな田園風景が広がる県内でも有数の穀倉地帯。中仙の大部分は平地が広がり、西側には玉川が流れ、東には奥羽山脈が連なっています。国道105号線沿いにある「道の駅なかせん」は秋田市から車で1時間強の距離にあります。
2026年度は景観デザイン専攻の石渡准教授が担当し、人々の生活の基盤となってきた河川や用水路、湧水といった水環境に着目し、その歴史と価値を学生とともにリサーチします。リサーチの成果はワークショップや広報物等で発信予定です。
本プロジェクトの開始にあたって、都市史・建築史を専門とする石渡准教授は、事前に現地調査や地図や文献資料による机上調査を実施し、水に関するスポットを訪れたり、土地の歴史や地形を伝える地名研究を行ってきました。
8月のフィールドワークで初めて中仙を訪れるという学生も多いため、まずは地域の全体像を掴むことを目標に設定し、道の駅なかせんを中心とする長野とその周辺、仙北平野を見渡せるビュースポット、扇状地にある集落などを巡ります。フィールドワークに先立って学生は中仙の地図を見ながら基本的なエリアの確認や、河川や用水路、地形などの自然環境と集落の形態について地図を見ながら学びました。
そこで登場したキーワードは「二つの山(聖と俗)」、「三本の河川」、「散村と塊村」、「田沢疏水」、「人形道祖神」など。2日間のフィールドワークで、これらについて知ることができるスポットを巡りながら、地域についての理解を深めます。どうやら今回のプロジェクトは「水と人々の暮らしの関わり」が重要なテーマになっているようだと分かったところで、実際にフィールドワークへ向かいます。

フィールドワークに出発!
初日:8月16日(日)
今回のフィールドワークに参加する学生は4名。みんなで車に乗り込み、道の駅へ向かいます。
この日は中仙発祥で全国にその名を知られるドンパン節を全国に知ってもらうために始まった「ドンパン祭り」の当日でした。道の駅なかせんもドンパン祭りに合わせて賑わいを見せ、様々なお土産や農産物が並んでいます。8月16日は中仙が1年で最も賑わう日といっても過言ではないかもしれません。
道の駅なかせんを見学した後は、建物の裏側を流れる斉内川を見に行きます。
このあたりは、玉川、小滝川、斉内川という仙北平野を流れる三本の河川が合流する場所となっています。かつて舟で人々が行き来していた時代には、川湊としてヒトやモノが集まる重要な地域だったようです。
斉内川は道の駅のすぐそばを流れ、春には桜並木が美しいエリアです。水量が少ないときには川岸まで降りて遊ぶこともできます。清らかな流れを覗き込むと、メダカの学校を発見。豊かな自然をすぐ近くに感じることができました。


道の駅なかせんの正面玄関からは、霊山として人々の信仰の対象とされた長野山と長野の集落が見えます。山を御神体として信仰されてきた全国の山々と同じように、長野山も穏やかな円錐形の美しい姿を見せています。かつての人々も、このような整った佇まいに神聖なものを感じ取っていたのかもしれません。
八乙女城跡と大台スキー場からの眺望
次に一行が向かったのは中仙が見渡せる八乙女山。現在は桜の名所であるこの山には、中世の時代には八乙女城という山城が築かれていたといいます。軍事や物流を監視するなどの目的から、中世の山城の多くは眺望が良い場所にあります。早乙女城も同様に、遊歩道を登っていくと眺望がひらけ、眼下には玉川と斉内川が合流する水辺の景観、その奥には中仙の広大な田園風景、遠景に奥羽山脈が見えます。
振り返って八乙女山の中腹から下を眺めると、山々の間にも田畑が広がっています。石渡准教授によると、江戸時代に土木技術が発展して大規模な用水路の開発が可能になる以前には、こうした山間部で自然の川や沢を利用する水田が一般的で、平野部は今のように一面に稲が広がるような景観ではなかったいいます。
水に関する人々の営みの歴史は、仙北平野、そして中仙の現在の景観がどのようにして作られ、どんな魅力を持っているのかを探る手がかりになりそうです。

その後は長野地区で古くから続く酒蔵である「鈴木酒造」を訪問し、田んぼの近くにある食堂「崎さんち」で昼食をとりました。
鈴木酒蔵の入口脇を流れる用水路に着目すると、敷地内へと引き込まれていることに気づきます。案内されて敷地へ入ると、用水路の水を活かした庭園が広がっていました。お店の方によると、かつては敷地内に水車があり酒造りにも使われていたそうです。用水路の水は、生活用水としてはもちろん、庭園を潤す池や酒造りの産業にも活かされていたことがわかりました。また、現在もお酒の仕込み水には敷地内から汲み上げた地下水が使われていると伺い、長野が豊かな水環境に恵まれた土地であることが充分に理解できました。


午後は中仙に隣接する、太田地域へ向かいます。この地域の東部に位置する大台スキー場は標高400メートルほどの場所からあたりを見渡すことができるビューポイントで、おそらく仙北平野を眺めるのに最も素晴らしい場所の一つです。この日は空気が澄んでおり広大な盆地を端から端まで見渡すことができ、遠くの鳥海山も綺麗に見えました。
眼下に広がる田園の中に屋敷林に囲まれた家々が点在し、ちょうど波の間に浮かぶ無数の小島のようです。このように、それぞれの家が離れて存在する集落形態を「散村」と呼び、これは街道沿いなどに密集して形成される「塊村」に比べて、日本では比較的珍しいといいます。これは仙北平野の景観の特徴の一つとなっています。
よく見ると、扇状地の扇央に位置する集落は比較的密集しているのに対し、扇端の集落は家々が散らばっているようです。これは山側の土地が水はけの良い扇状地の上にあって生活用水や農業用水を用水路や河川に依存しているのでその周辺にまとまる傾向があるのに対し、扇状地の端(扇端)に位置する場所では各所に湧水が湧いているので、その地点に家々が散らばっているためではないかと石渡准教授は解説します。
この後、実際に集落へ入り、塊村と散村の違いを見ていきましょう。

塊村と地蔵堂の謎
次の目的地は太田地区の小曽野集落。田んぼの中を通る街道沿いに形成された塊村です。
石渡准教授がここで注目するのは、民家の敷地の入口付近に地蔵堂が立ち並んでいる点です。一見すると一般的な街道沿いの農村集落といった趣ですが、言われてみると、多くの家の入口に地蔵堂が設置されていることに気づきます。ほとんどのお堂は人の背丈より小さく、切妻屋根とガラスの格子戸を持ち、中には小さな地蔵像が複数体並んでいます。お盆時期ということもあってか、多くの家で供物や花が備えられており、大切に扱われているようです。
「全国各地の色々な集落を見てきましたが、敷地の入口に地蔵堂を立てているのは初めて見ました。とても珍しいと思います」と話す石渡准教授。
運良く庭仕事中の住民の方に直接お話を伺うことができ、地蔵堂の来歴や、集落での暮らしについて聞くことができました。地蔵堂は若くして亡くなった人や、子どもを供養するためのもので、故人が寂しい思いをしないですむように住人や来客が行き交う入口付近に設置されたものだといいます。


また集落の入り口付近では恐ろしい形相のお面を発見。これは秋田県内各地に存在する人形道祖神の一種で、村に疫病が侵入しないようにする呪術的な役割を持っています。地域によって姿や呼び方は異なりますが、中仙や太田の周辺地域では「御仁王様」が転訛して「オニョサマ」と呼ばれています。小曽野のオニョサマは藁の身体が存在せず、面だけの状態で祀られています。
このお面を彫ったのは江戸時代後期から明治中期にかけて数多くの面を彫刻した名人、高橋喜助といわれています。朱塗りで恐ろしい形相をし、制作から長い時を経ても集落の守り神としての気迫を一切失わない面の造形は、喜助のすぐれた技術を感じさせるものです。

その後、夕食を挟んで、年に一度の「ドンパン祭り」へ向かいます。このお祭りは、ドンパン節発祥の地である中仙を広く知ってもらうために1985年に始まったもので、毎年8月16日に開催されています。中仙の一大行事であり、毎年多くの観客が大仙市中仙支所前のドンパン広場へ集まり、出演者と共に踊りの輪を作ります。
祭りの終盤、中央ステージに立つドンパン娘の周囲を老若男女が取り囲み、ロックドンパンに乗って踊る姿は音楽フェスを思わせる熱狂に包まれた非日常の空間に。想像を超える盛り上がりに衝撃を受け、来年は踊りを覚えてリベンジしようと決意するのでした。
祭りの最後に打ち上がる花火を眺め、一日目のフィールドワークが終了しました。

散村の観察
二日目:8月17日(月)
二日目の午前は散村の特徴を観察するために、清水地区にある八坂神社を訪れました。ここには天王清水と呼ばれる湧水があります。湧水は昔の人々にとって神秘的な場所であったことから、寺社が建てられ人々の信仰の対象となっていることが多くあります。天王清水もまた、八坂神社の境内にありました。参道へ足を踏み入れると、鳥居の先に池(天王清水)があり、その向こうに本殿が見えるよう巧みにデザインされています。池にかかる橋を渡って本殿へと向かうこの動線は、池が俗世と神域を隔てる「結界」としての役割を担い、境内の神聖さをよりいっそう引き立てているように感じられます。周囲には他にも複数の湧水地点があり、春日清水や玉池清水といった名前で古くから住民に親しまれてきました。
「扇状地で地下に潜った水が、扇端で平地に出てきて泉ができる」という説明を事前に聞いていたので、ここが扇状地の端っこであるイメージできますが、山側を眺めてみても傾斜は視認できないほど緩やかで、何も知らなかったら、なぜここから水が湧き出すのか疑問に思うことすらなかったかもしれません。事前に地図を見てイメージしておくことの重要性に気付かされます。


周辺には田園の中に家が散在する特徴的な散村景観が広がります。家々の周囲を囲む屋敷林は孤立した家が強い風にさらされないようにする、先人の暮らしの積み重ねによるもので、ぽつりぽつりと盛り上がった木々が平野に独特の美観をもたらしています。
その後も石渡准教授は特徴のある地形や景観を発見すると車を停めて解説してくれます。
「敷地の北側に主屋を構え、日当たりの良い南側に作業場や畑を配置するのは、日本の農家の典型的 な特徴で町屋の建物配置と大きく異なります」とか「屋根が雪の重みに耐えられるようにするために、壁から補強材を斜めに出して庇を支えているでしょう。あれは雪国特有で、蔵に多いのですが、住宅にも使われているのは珍しいです」とか「田んぼの中を通る真っ直ぐな道が急に湾曲して家を避けている場合、区画整理以前から住んでいた家である可能性が高いので、建築的にも興味深いものが多いですね」といった具合です。漫然と車を走らせていたら確実に見逃してしまいそうな「普通の」農村景観でも、専門家とともに眺めれば発見の連続です。

やがて一行は中仙を抜け、仙北市にある玉川頭首工にやってきました。
ここは仙北平野北部を流れる玉川の水を農業用水として分配するための施設です。ここから流れ出た用水路は田沢疏水と呼ばれ、中仙を含む仙北平野の稲作を支える重要な農業用水となります。川の流れを堰き止めて、その一部を用水路に流し込むのは簡単なことではなかったと言います。
農業用水の整備は江戸時代から望まれてきたことではありましたが、当時の土木技術では洪水の際にも流出しないような堰をつくるのは困難で、川が増水するたびに流出や決壊に見舞われていました。現在、豊富に流れる田沢疏水は、高度な土木技術の賜物であり、仙北平野に住まう人々の営みの結晶と言えるでしょう。
また玉川は、上流で強酸性の温泉水が流れ込むことから、長いあいだ、農作物に対して負の影響を与えており、かつては玉川毒水とも呼ばれていました。様々な水質改善の努力の結果、現在、田沢疏水として流れる水は、かつてよりもずっと農業に適した水質となっています。
こうした歴史の積み重ねの上に、現在の仙北平野の農村景観が形成されているのを知って、中仙をはじめとする仙北平野の田園景観を眺めてみると、より一層、感慨深いものがあります。

県内唯一の国宝は中仙にあり
二日目の昼食は、角館の郊外の田園にポツンとあるカフェ「ドノパン」。既に一度訪問済みという石渡准教授から「盛り付けが芸術的」と聞いていたのですが、皿が運ばれてくると、想像を超える一皿に驚きの声が上がりました。季節の野菜とパンのプレートは色鮮やかで、宝石箱や美しい箱庭のようにも思えます。このワンプレートに物語を表現しているそうです。
「美術大学のみなさんはどんなときにインスピレーションが湧くんですか。私は植物の枝ぶりなんかを見たときに湧いてきます」と語る店主の鈴木正美さんの話しぶりに、アーティストに通ずるものを感じるのでした。もちろん味も美味しかったです。秋田県内でも田園に素敵なお店を構え、のどかな風景を眺めながら食事を楽しめるお店が増えてきたように思います。

昼食の後は中仙に戻り、秋田県内唯一の国宝である「線刻千手観音等鏡像」を見学しに行きます。「線刻千手観音等鏡像」は豊川地区にある水神社に伝わる御神鏡で、1677年に用水路開削の際に出土し、当地のお堂に祀られたといいます。かつては「鏡観音」と呼ばれたそうですが、明治初期の廃仏毀釈の波の中で水神社の御神鏡として名を改め、現在まで伝わってきました。
この日は水神社の例大祭。年に一度の御開帳とあって、多くの人が訪れ、御神鏡を拝んでいました。厨子に納められた御神鏡は写真でイメージされるよりも小さく、鏡面に驚くほど精緻な彫りが施されていました。

御神鏡の後は、周辺に祀られている「北観音堂のオニョサマ」、「葛川境のオニョサマ」を見に行きます。北観音堂のオニョサマは精悍な顔つきの仁王面の下に藁の身体が作られ、お堂の中から睨みを効かせています。目鼻立ちが深く彫り刻まれた重厚な面は、職人の技が光る見事な出来栄えです。地域に祀られているオニョサマの立地を実際に歩いて確かめてみると、集落の境目や道が分岐するY字路、あるいは用水路のすぐそばなどに多く見られました。
「それぞれ置かれた場所には、集落を守るための空間的な理由があるのかもしれませんね」と、石渡准教授も興味深そうに観察していました。
この仁王面の作者である高橋市蔵は、通称「円満造さん」と呼ばれ、宮大工や彫刻家として優れた作品を多く残しました。昨日のリサーチで見学した小曽野のオニョサマの作者、高橋喜助の弟子であり、ドンパン節の作者でもあります。

その後、河川と田沢疏水が交差する小滝川サイホン(幹線1号)を見学。河川の下を掘って田沢疏水を通し、サイホンの原理を用いることで河川を迂回しています。これも何気なく見ていると見逃してしまいそうな光景ですが、改めて観察すると、高度な土木技術に支えられた興味深い構造であると分かります。

最後は大仙市中仙支所でフィールドワークの振り返りを行い、道の駅なかせんでお土産を購入して、8月のフィールドワークは終了しました。
今回のフィールドワークのルート
8/16(日)
道の駅なかせん
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八乙女城跡
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鈴木酒造
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崎さんち
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大台スキー場
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小曽野の地蔵堂とオニョサマ
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ドンパン祭り8/17(月)
八坂神社
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玉川頭首工
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カフェ・ドノパン
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水神社
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北観音堂のオニョサマ・葛川境のオニョサマ
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小滝川サイホン(幹線1号)
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大仙市中仙支所
次なる調査は?
9月は、玉川、小滝川、斉内川という三つの河川の合流地点でもあり、交易の拠点として栄えた長野地区の町並みを、用水路に着目しながら調査しました。
このレポートを書いている担当者はこれまでにも何度か長野地区を見てきたので、なんとなく分かったつもりになっていたのですが、地図を広げて「この路地がL字になっているでしょう、これはですね……」と解説する石渡准教授との打ち合わせを終えたときには、「次も新しい発見がありそうだ」と楽しみになっていました。9月に行われたフィールドワークレポートもお楽しみに。