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不穏な太陽、仮死のメディアアート やんツー評 井上菜々実個展「シミュレリジョン/simulation×religion」

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで7月10日から8月6日まで開催した秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻4年の井上菜々実による個展「シミュレリジョン/simulation×religion」。本展について、美術家のやんツー氏がレビューします。

井上菜々実個展「シミュレリジョン / simulation × religion」を秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで見た。正確に記すと3作品中、1作品は稼働していて鑑賞できたが、他2作品に関して、ひとつは動作不良で正常な状態を見れず。もう一方に関しては作家が作品を調整していたため、一部を垣間見ることすらできず、後日送られてきたアーカイブ映像/写真によって鑑賞経験を補完している。つまり、本レビューは半分は写真/動画によって補完されたイマジナリーな鑑賞がもとになる。

「調整中」と書かれた張り紙や看板は、デジタルメディアを用いた作品や、機械仕掛けで動力を用いたような、いわゆるメディアアート作品につきものである。美術館やギャラリー、博物館等に行った経験があれば、誰しもが一度は目にしたことがある光景ではないか。創作物が本来意図した形で展示できていない状態であり、今回の井上の個展も例に漏れず発生している。大袈裟な言い方になるが、ある意味でメディアアートの本質を表す記号的な一側面で、この状況を発見したらその対象を「これはメディアアートである」と断定できてしまう気すらする。赤瀬川原平が、街の中に残されたある種の建築のバグのようなものを「超芸術トマソン」と呼んだように、屋外で壊れたサイネージを見かけたら「野生のメディアアート」と呼んでしまっても差し支えない。というのは半分皮肉で、鑑賞者にとって、または展示主催者、そして作家にとってもやはり不本意で不幸な状況だ。鑑賞者からすれば、内部の事情がどうであれ関係はなく、作家も展示主催者も、これが極力起こらない状態で臨むべきというのは至極真っ当な意見である。しかし、様々な要因から突発的に起こるこの「調整中」は、完璧に回避することは不可能に近い。これはミュージアムやギャラリーだけで起こるものではない。街中のサイネージや駅ホームの電光掲示板でも見られる。車だったら3年に一度は車検に通すし、あらゆる家電も定期的に買い替える。コンピューターやスマホですら消耗品である。近代以降の何某かのテクノロジーによって存立しているものは、個別に時間的なスケールの差はあれど、寿命があるのは必然だ。これは事実であり、現代人にとって共通認識なはずだが、展示会場で「調整中」のメディアアート作品に出くわすと、どうしてもこれは受け入れられないというメンタルに陥りがちである。

言わずもがな「調整中」は作家のキャリアに比例してその発生頻度が異なり、キャリアが浅ければ頻発する可能性が上がる。作品を駆動させるテクノロジーがどの程度の耐久性があって、どのくらいの期間で消耗するのか、あるいは使用するテクノロジー、構築されたシステムに対して、展示前にどれだけの期間ランニングテストを行うのが妥当なのか、運用ができたとしてもそれは作家以外の人間が運用できる状態であるのか等々、キャリアが浅ければその分、故障のリスクを予想することもできない。経験が乏しいので勘も働かず、多くの場合は見積もりが甘く、いや、展示前なのでそもそもそんな事を考える余裕すら無く、結果「調整中」を召喚するハメになる。

少し話がズレるが、メディアアートでいえばそのメディアの脆さが保存、修復の問題に直結している。ナム・ジュン・パイクはブラウン管というメディアが永続的に残るものだと楽観視していたのか、単に製造されなくなる未来がくることを想像できていなかったのか、晩年は小型の液晶モニターで作品をつくってはいるが、生前過去作を液晶に置き換えることはしていない。消耗したブラウン管は積極的に同型かそれに近い形状のものにリプレイスしていたようで、マテリアルとしてブラウン管の量感を重要視していたことは明白である。パイクの死後、最後のブラウン管製造工場が閉鎖し製造が完全に終了したのは2015年である。一方、美術館は作品を蒐集保存修復し、未来に残していくという役割を担う機関である。しかし、ブラウン管は見事に消耗品なので、世界中の美術館に収蔵されているパイクの多くのブラウン管を使った作品は、このまま収蔵作品展等で展示を繰り返せばやがて壊れ、近い将来代用できる動態製品すら入手困難になり、作品として二度と本来の状態で見れなくなる。それでもなお、パイクのブラウン管を使った作品は美術館やコレクターにとってコレクションの対象である。

メディアアートを学び実践してきた筆者は、正直「調整中」を悲観しすぎない心構えは、つくる側もみる側にももっとあってもいいと思っているし、作家は「調整中」になる可能性を常に見越して、本来の意図通りに動かなくても、「調整中」を出さずに展示としてある程度成立するレトリックを「プランB」として用意しておいてもよいのではないか。近年、メディアアートでは「静態展示」という考え方や、その実践もみられる。やはりその作品を成立させる機器やメディアが短命なものであると割り切り、その機器やメディアをオブジェとして提示し、その他制作資料などアーカイブを展示するという方法である。2025年12月13日から2026年3月8日まで、NTT Intercommunication Center [ICC]で開催された「知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」の出展作のひとつであった《存在,皮膜,分断された身体》(1997)は、オリジナルなインタラクティブインスタレーション版としての復元には至らず、資料とオリジナルの音源を無響室で聴くサウンド作品の展示になっていた。

これまで3DCGの映像を軸にしたオンスクリーンメディアの作品を主に制作してきた井上は、今回が自身初の個展であり、キネティックでフィジカルな立体作品を制作するのも初めての試みだった。会期中の調整作業は、もはや宿命だったといえる。しかし井上の今回の大きな挑戦は、多くの失敗から様々な新しいコトに出会い、この展示に挑まなければ得られなかったであろう数々の経験や知識を体得できたはずだ。失敗の量は後の成功に直結する。

作品の中身の話に移ろう。本展タイトルの「シミュレリジョン」はSimulation(シミュレーション)とReligion(宗教)をかけ合わせた井上による造語だ。ステートメントによれば、現在私たちの実存や社会を規定しているのはAIなどのアルゴリズム、テクノロジー、資本、そして国家であり、それは神のような権威的な存在であるという。そういった、自らつくり出した「神」に支配されている人類が置かれている状況を、古来から国や地域を超えて信仰の対象にされている「太陽」をモチーフに、比喩的に表現することを試みる、とのこと。

《Sun 2 + Sun 2’》は表面が歯車で覆われた球体のオブジェが天吊され、回る歯車の表面にはにょろっと角のような突起が生えており、そのイメージがWebカメラでリアルタイムにPCに取り込まれる。ブラウン管越しにそのオブジェを見ると太陽フレアのようなエフェクトがかかり、まるで太陽のように見える。現実に駆動している実態を見るより、画面越しに見る虚像のほうがより本物のようにみえる。タイトルに含まれる「シミュレーション」という言葉からも、ボードリヤールが「シミュラークルとシミュレーション」で提唱したような状況を示唆しているのが分かる。

《Sun 2 + Sun 2’》
《Sun 2 + Sun 2’》

ギャラリー奥に設置してある《Sun 3 Society》は、丸テーブルの上に複数の歯車が噛み合った状態で配置されており、その上に建築模型に使われるサイズの小さな人形の模型が複数配置されている。天板の上部では電球が一定間隔で点灯しては消える。本来であれば全ての歯車が一斉に回り、電球の明滅に合わせて回転速度がインタラクティブに変わるのだが、この時は噛み合わせの悪さで全ての歯車がうまく回らず、電球とのインタラクションにも不具合があったようだった。

今回、太陽と並んで重要なモチーフとなるのがこの歯車である。ステートメントの「資本」というキーワードから思い起されるのは、映画『モダン・タイムス』(1936年)でチャップリンが巨大な歯車に巻き込まれるあの象徴的なシーンだ。社会の歯車(cog in the machine)として組み込まれもがく人間像は、産業革命を経て世界を覆っていく資本主義の姿を鮮やかに予感させていた。しかし、本作品に配置された模型の人々は、まるで歯車の存在に気づいていないかのように平然と日常を過ごしているようにみえる。即物的に見れば、現代のあらゆる家電の内部で歯車が黙々と稼働していながら、私たちがそれを意識しない状況と重なる。国家や資本、テクノロジーといった私たちを規定する権威もまた、普段は社会基盤(インフラ)として潜み、人々の意識に上ることはほとんどない。人々はその構造を気に留めることもなく、今日あくせくと働き続けているのである。

《Sun 3 Society》
《Sun 3 Society》

3つめのインタラクティブ作品《Sun 4 + Watcher》は、作家がメンテナンス作業中だったため体験することは出来なかったが、鑑賞者と一対一の関係でインタラクションを持つ作品である。眼の前のディスプレイにまだら模様の赤い楕円形サムネイル画像が整然と並び、順に画像が更新されていく。説明文によるとこれは太陽のイメージであり、鑑賞者が瞬きをするとその更新されていく太陽のイメージが鑑賞者のポートレートに入れ替わっていく。太陽を見る行為が、見ていない時は見られるという状況に反転する。ここでも神的な存在に無意識のうちに使役されているというような、現代社会における構造のメタファーが明確にみて取れる。

《Sun 4 + Watcher》
《Sun 4 + Watcher》

ホワイトキューブに白を基調にしたキネティックなオブジェクトとインタラクティブな映像というミニマルな構成で、空間的にも一見明るい印象を受ける展覧会だが、そんな最初に抱く印象は裏切られる。それぞれの作品のコアには現代の社会構造に隠されたどんよりと暗い側面が暗喩され、権威に対して批評的に眼差そうとする作家の態度が現れている。こちらに向けて両手を広げる人のシルエットがポップでユーモアを感じるメインビジュアルも、展覧会鑑賞後、作品の意味を理解すれば不気味なイメージとして立ち上がってくる。その明暗のコントラストからなんともいえない独特な不穏さを感じさせるというのが本展の効果であり、作家の持ち味であろう。

ただ、作品が正常に運用され過不足なく全ての作品が鑑賞できていたとしても、問題として批評的に扱いたい対象の解像度がまだまだ低く感じるし、造形物の造りの甘さや、素材の選び方等、疑問に思うことは多々あり手放しには評価できないというのが正直なところだ。その上で、私が今回最も重要だと思う部分は、作家がオンスクリーンで完結する表現から、そうではないフィジカルな作品に移行した点である。近年の目覚ましいAIの発展は言うまでもなく、ディスプレイの中で完結する特にプログラミングを介したシステム構築を要する制作はAIによって概ね人間よりも速く正確に実装できてしまう。ヴァーチャル空間の中においてAIは圧倒的に合理的であるという点において、人間の能力を遥かに凌駕しており、例えばメディアアートでそれまであった、システムをプログラムで構築できるダイナミックな表現の特権性は失墜し、陳腐化する。ヒューマノイドのようなフィジカルAIが世界を席巻するのは時間の問題かもしれないが、現行のAIには不可能な、実空間における非合理的な営みこそ、大きな希望になりうる。「調整中」、それはまたデジタル(=ヴァーチャル/AI)が実空間に現れた際の摩擦から生じるほころびであり、あらゆる合理性の名のもとに醸成された権威が無意識下から現前した瞬間でもある。

Profile プロフィール

美術家

やんツー yang02

描く、鑑賞する、作品を設置(撤去)するなど、美術の制度にまつわる人間特有と思われている行為を、機械に代替させるインスタレーション作品で知られる。また、近年はレーシングカー玩具を鈍速化させたり、自作の大型発電機によって展示空間を発電所に変容させるなど、テクノロジーの利便性や合理性の背後に隠蔽される、政治性や特権性、暴力といった問題にフォーカスし、技術に規定される社会の在り方を問う作品制作を行う。近年の主な展覧会に、「瀬戸内国際芸術祭2025」(平賀源内記念館、香川)、「Random Access Project 4.0」(ナム・ジュン・パイクアートセンター、龍仁、韓国、2025)、「MOT アニュアル 2023 シナジー、創造と生成のあいだ」(東京都現代美術館)、「六本木クロッシング 2022 展:往来オーライ!」(森美術館、東京 ) など。受賞歴に「TERRADA ART AWARD 2023」寺瀬由紀賞、「文化庁メディア芸術祭」優秀賞(2018)など。

Profile 作家プロフィール

秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻4年

井上菜々実 Nanami Inoue

2004年生まれ。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻に在籍。グラフィックデザインを中心に視覚表現の基礎を広く学ぶ。デザイン表現の延長として3DCGに触れたことがきっかけで、3DCGおよびゲームエンジンを用いた映像・インタラクティブアート制作へ移行し、技術領域を拡張。4年次からはこれまでの制作を通じて自身の思想・世界観を形にする作品の制作に取り組んでいる。

写真撮影:越中谷優一

Information

井上菜々実 個展「シミュレリジョン/simulation×religion」

※本展覧会は終了しました。

■会期:2026年7月10日(金)~8月6日(木)
    入場無料、会期中無休
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137 E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2026年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

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