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「粘菌」の世界へ、ようこそ 大森山で不思議な“いきもの”を探そう!

【大森山アートプロジェクト2020レポート③】
「粘菌」とは、植物でも動物でも、菌類でもない“いきもの”。身近なはずなのにあまり知られていない、とても不思議な存在です。「大森山アートプロジェクト」では今夏、大森山公園を舞台に「粘菌」を探すワークショップを開催しました。

「風の谷のナウシカ」にも登場。
アメーバのように動き、胞子を飛ばす「粘菌」とは?

「風の谷のナウシカ」にも登場する「粘菌」のこと、知ってますか? 「粘菌」はアメーバのように動いたり、キノコのような形になって胞子を飛ばしたりする不思議な“いきもの”。動物のようで動物ではなく、植物のようで植物でもない、だけどとても身近にある神秘的な存在です。大森山動物園と秋田公立美術大学が連携して取り組む「大森山アートプロジェクト」ではこれまで、動物や植物などさまざまな「いのち」を探る事業を展開してきました。今夏は唐澤太輔准教授監修のもと、動物でも植物でもない「粘菌を探そう!ワークショップ」を開催。大森山公園を歩いて見つけた「粘菌」の様子やレクチャーの模様を報告します。

▼「粘菌(ねんきん)」について、秋田公立美術大学の学生が映像で紹介。南方熊楠の研究者である唐澤太輔准教授のインタビューに加え、学生オリジナルの粘菌キャラクターが登場します。一緒に「粘菌」の不思議な世界をのぞいてみましょう。

▼真面目な女子高生と、正体不明の不思議な男子・粘菌くんの奇妙な学園恋愛物語!?

▼動きを真似することで粘菌の生態に迫った記録です!

地球上で何億年も生き抜いてきた
「粘菌」を通して、生命の根幹を知る

ワークショップは「粘菌」研究の第一人者である川上新一氏(和歌山県立自然博物館 菌類・粘菌担当学芸員)をゲストに迎え、レクチャーから始まりました。

「粘菌」とはslime moldsという英語の和訳。「アメーバ細胞やそれらが集合したものが粘液物質を出すことから、こうした名前が付いています」と川上氏。以前は菌類や原生生物として分類されていましたが、現在は植物でも動物でも菌類でもない独立した生き物であり、アメーバ動物の仲間とされています。
「粘菌」は世界で900種類以上、日本では500種類以上が知られているとのこと。「粘菌」と呼ばれるものには3つのグループがあり、そのひとつが「変形菌」で真正粘菌とも呼ばれています。そのほかに細胞性粘菌、原生粘菌がありますが、今回、大森山公園に探しにいくのは、「粘菌」の中でも形をいろいろと変えるこの「変形菌」です。

「粘菌」の生態や魅力について語る川上新一氏(和歌山県立自然博物館 菌類・粘菌担当学芸員)
いろいろな種類の「粘菌」の標本を観察

「粘菌(変形菌)」について川上氏は、「単細胞なのにさまざまに形を変えていくのが魅力。粘菌はおそらく何億年も前に地球上に誕生したと思われます。誕生して以来、いろいろな環境に適応して生き抜いてきた、まさにサバイバルしてきた生き物です。さまざまな環境にも合わせて生きていけるというのは、すごいこと」と話します。「粘菌」はアメーバの仲間の中でも特異な存在とのこと。

「ひとつのアメーバは非常に小さく、10ミクロンほど。1ミリの100分の1ぐらいです。我々の目には見えませんが、倒木や腐葉土の中などにたくさん棲んでいます。定まった形というものがなく、形を変えながら移動していく。移動しながらバクテリアを食べ、分裂して生きていきます。オスとメスのような性があり、別の性が出会うと一緒になって少し大きな細胞になります。そこから、体は大きくなりますが、分裂しなくなります。一方で、染色体が含まれる細胞核は分裂して増えていきます。大きくなっていく過程でようやく我々の目に見えるようになっていく。それが変形体です。触るとちょっとベトベトとしていて、そういうところから『粘菌』という名前が付いたわけです」

過酷な環境においても
形を変えて、サバイバル

「いろいろな形の変形体があり、1時間で数ミリ、速いものでは1時間に数センチ移動します。変形体が分かれて立ち上がってくるのが子実体で、植物の種子のように胞子がいっぱい詰まっています。胞子は10ミクロン程度の球形で、風によって運ばれていきます。ここらへんにもたくさん飛んでいて、知らないうちに吸い込んだりもしています。胞子はどんどん飛んでいって、成層圏まで到達することがあります。国境も関係なく飛んでいくので、世界的に分布する種類が多いんです。今日きっと見つかるであろう種類は、外国でも見つかっているはずです。エサであるバクテリアさえあれば増えることができて、世界中で見ることができるというのも『粘菌』の魅力です」

誕生から何億年もの間、地球の環境が変わってもサバイバルしてきた「粘菌」。その色や形は刻々と変化を続け、驚くこともあると川上氏は話します。

「オレンジ色の変形体を持ち帰って観察していたんです。オレンジ色をしていたのが夜の間に変化して、朝起きたら金色に輝く子実体になっていたことがあります。変形体は夜の間に変化する種類が多いんです。それは夜のほうが環境が安定しているから。寒い日だったり急に乾燥したりすると移動できなくなり、そういう時は固まって眠ります。例えば、乾燥してくると、変形体は倒木の中に入って塊になって眠ることがあります。そして、湿度が高くなると、再び変形体に戻ります。そうやって生き抜く手法を知っている生き物。過酷な環境でも形を変えることでサバイバルする、単細胞とは思えない面白い生き物なんです」

「粘菌」は、倒木や落ち葉がたくさん積もった腐葉土などに棲んでいます。例外的には、生きている木の樹皮や苔の上に出現する種類もあるとのこと。風で飛ばされるだけでなく、虫の体に胞子を付けてもらって移動することもあるとか。ますます興味が湧いてきます。

「粘菌」にまつわるお話をうかがったあとは、いよいよ大森山公園へ。「粘菌」の採集観察会に出発です!

大森山公園で「粘菌」を探す冒険へ!

「粘菌」はジメジメとした湿気の多い場所が好き。倒れて腐った木や、ふかふかの落ち葉の上でよく見つけられるとのこと。参加者は秋田公立美術大学の教員や学生、アーツセンターあきたスタッフの引率のもと、グループに分かれて杉木立ちの中などを観察し始めました。

普段は気にもとめない場所に生息する「粘菌」。
参加者たちは、見つけることができたのでしょうか?

倒れて朽ちた木の枝を虫めがねで観察。どこかにいないかな?
「これかな?」と思ったら川上氏に見てもらい、判定してもらう。を繰り返す参加者たち
ウツボホコリ。赤くてふわふわした綿毛のよう
網目模様が美しいヘビヌカホコリ。この時見つかった子実体は、とても大きなもの
ガマの穂のようなハダカコムラサキホコリ(?)
クモノスホコリ。扇風機のような形をしている
動物園内に戻って顕微鏡で観察。小さな小さな「粘菌」の世界が写し出される

いつもとは違う、ミクロな視点で見る世界

「粘菌」に関するワークショップは、「大森山アートプロジェクト」では初めての試み。唐澤准教授の粘菌調査に興味を抱いた学生や助手などが集まり、勉強会を重ねて理解を深めることで実現しました。いつもとは違うミクロな視点を持つことで、さらに自然を見る目を養っていこうという目的もありました。そんな初めての試みを監修した唐澤准教授からのメッセージです。

「本当に動くの?」「死んじゃった?」「きれい!」「気持ちわるーい」……参加者の皆さまからは、率直でフランクな、しかし本質的な感想をたくさんいただきました。このような静と動、生と死、綺麗と気持ち悪いといった一見矛盾するような事柄が見事に同居した生物が、まさに「粘菌」なのです。「粘菌」の色と造形は実に奇妙で、見れば見るほど不思議な感覚になります。今回のワークショップで、このような面白い生物が、実は私たちのごく身近にいるということを知っていただけただけでも、私としてはとても嬉しいです。
これから「粘菌」は、生物学のみならず、哲学や宇宙物理学、そしてアートの分野で、ますます注目されると思います。
川上新一先生、動物園のスタッフの皆さま、ワークショップの準備・実施に携わってくださった関係者の皆さま、そして何より「粘菌」に興味を持ち当日参加してくださった皆さま、誠にありがとうございました。自然豊かな秋田から、これからも粘菌の魅力をどんどん発信していきます!(唐澤太輔)

■「粘菌」を探そう!ワークショップ
林文洲 周思思 厳嘉媛[秋田公立美術大学大学院院生]
須川麻柚子 松岡雪 結城亮 坪谷奈摘美 諸江一桜[秋田公立美術大学学生]
*監修 唐澤太輔[秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻教員]

「ねんきん」のはなし 映像制作
ディレクター:ファネス佳乃
編集:増田美優 伊藤達也 大場明 小西黎 杉村春香
撮影:山田汐音 平井楓子 杉山みなみ 中川舞

■ねんきん日記 -不思議生物の観察記録-  映像制作
ディレクター:高橋理央
編集:山田汐音 ファネス佳乃 
撮影:山田汐音 加藤璃子 高橋理央
声の出演:増田美優(女子高生) 島崇(粘菌くん)

撮影:草彅 裕

Information

2020年度「大森山アートプロジェクト」今後の予定

■新築サル舎にアート作品を設置
2021年3月オープン予定の新しいサル舎の内壁に、サルをテーマとしたアート作品を設置します。

■街なかモニュメント作品の設置
新屋から大森山動物園へといざなうモニュメントを制作・設置します。2018年より継続している活動です。

■映像作品の制作と公開
「粘菌」と「彫刻の森」に焦点を当てた映像作品を制作します。CNA秋田ケーブルテレビやYouTubeで公開予定です。

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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