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日々の不安や不確かさ。不穏な気配と希望 アニメーションが映し出す「現在」と「未来」

アニメーションや実写映像を制作の軸とする学生9組10人による秋田公立美術大学アニメーション作品展「Now Playing」。日々の不安や不確かさ、あるいはささやかな現象をもとに「日常」を切り取った9作品を公開します。

日々の不安や不確かさをもとに「現在」を描く
アニメーション作品展「Now Playing」

学生の目に現在の「日常」の景色はどのように映っているのでしょうか。学生9組10人によるアニメーション作品展「Now Playing」が7月3日から25日まで、秋田公立美術大学サテライトセンターで開催されました。
短編アニメーション作品のほか絵コンテや背景画の原画、アニメーション企画の等身大POPなどバリエーション豊かな表現の数々が学生の「現在」と「未来」を映しました。「Now Playing」出展の全9作品をアーカイブします。

秋田公立美術大学サテライトセンター(フォンテAKITA6F)で開催したアニメーション作品展「Now Playing」(2021年7月3日〜25日)

未だ続くコロナ禍にあって、日々の不安や不確かさ、曖昧さ、心に抱くもどかしさや切なさは学生生活にどう影響しているのでしょうか。学生たちはそれぞれ何を思い、何を考えながら制作を続けているのでしょうか。

「Now Playing」はいまこの時、再生中の学生の「現在」を問う展覧会。コロナ禍によって曖昧になった「日常」をあらためて見つめ直そうとする試みです。
本展にて取り上げたのは、秋田公立美術大学でアニメーションや実写映像を制作の軸とする学生9組10人。曖昧になった「日常」において、不確かな日々の戸惑いやささやかな現象に潜む不穏。一方で、それらを笑って吹き飛ばす明るさや確かに存在する希望。そうした「日常」をもとに、専攻の異なる10人が制作した9作品を投影しました。

Now Playingメインビジュアル:山田有花、CM撮影・編集:山田汐音

この瞬間の揺さぶられるような
感情をすくい上げたい

アニメーションを中心にさまざまな映像制作をおこなう菊地美咲(コミュニケーションデザイン専攻3年)が出展したのは《灯り(あかり)》。コロナ禍によって会うことをあっけなく阻まれてしまった人への切ない想いを描いた短編ストーリー。切なさ、もどかしさ、この刹那に揺さぶられるような感情が主人公の動きやナレーションによって一気に込み上げてきます。

「まだまだ身動きのとれないその抜け穴を縫うようにして、刹那の感情をすくい上げたい」と菊地。ふとした瞬間に抱いた「会いたい」という思いが、身体を縛るベルトを振り解いて夜空から舞い降りる力強さとともに込み上げ、そしてまた、現実の世界へと揺り戻されます。
会場には《灯り》へといたるアイデアスケッチやナレーションの指示書も展示。舞い降りるさまを描く試みと、言葉のひとつひとつにこだわった過程が垣間見られます。

菊地美咲《灯り》
菊地による《灯り》のアイデアスケッチ

自分自身のかたちを探し、
社会へと泳ぎ出す心模様を描く

《fish》は徳川美稲と佐々木萌(景観デザイン専攻4年)によるアニメーション。これから社会へと泳ぎ出していく主人公の心模様を、佐々木の水彩による背景画と徳川のアニメーションによって描きました。

学生生活4年目を迎え、学生から社会人になる人生の岐路に立つ現在。
「これまで以上により現実的に、そして客観的に、社会のなかでの自分の立ち位置が見えてきた。社会という大きな流れのなかでは、自分のかたちは周りと比べてまだあやふやで、うまく泳ぐこともできない」と徳川。自分という存在の輪郭が曖昧になり、まるで泡のように、魚のように姿を変化させていく様子に「現在の自分自身を投影した」と語ります。不安を抱きながらも自分のかたちを探す主人公の心模様を、佐々木の水彩画が淡く、静かに印象付けました。

Tokugawa Mina YouTubeチャンネル
本作の絵コンテや背景画の原画なども展示

病んだ心と身体のギャップを描く

佐藤泉紀(コミュニケーションデザイン専攻4年)のアニメーション《ぐるぐると飲む》は、ストレスから紙や土など食べ物ではない異物を食べてしまう「異食」がテーマ。仕事帰りに立ち寄ったコンビニで買った飲み物とともに異物を飲み込んだあと、人の心と体はどうなるのでしょうか。
「異食症の人が自分で写した動画を見ていて、その人のギャップが面白かった」と話す佐藤は、「ストレスを感じてしまう現実と、異物を飲み込んだ時の危険を感じて興奮する体内との対比を意識して制作した」と語ります。異物がめぐる迷路のような体内は、美しくも激しく興奮して、ストレスに対抗するかのように彼女自身を揺さぶります。

佐藤が苦心したというキャラクターは、象の姿がモチーフ。異物でありながらかわいいキャラクターと、モノトーンで描く「現実」。カラフルで楽しげながら、激しく揺さぶる体内とのギャップ。ストレスで病んだ身体のなかで起こっているかもしれない事象を描いたファンタジーです。

佐藤泉紀《ぐるぐると飲む》
ギャラリー中央のモニターで、鮮やかな色彩とモノトーンの激しい対比を見せた

ツイていない1日をポジティブに
歌って吹き飛ばせ!

絵や漫画を中心に制作する堀江侑加(ビジュアルアーツ専攻3年)が作詞・作曲・編曲・うた・アニメーションのすべてを手がけたのが、ハイテンポな曲に乗って男子学生の1日を描いたアニメーション《牛乳イッポン良候!》。ツイていない1日を愉快な仲間と一緒にポジティブに歌い上げ、勢いよく吹き飛ばします。

堀江が目指すのは、どんな時も楽しい気分になれる作品。「表現することについては、大道芸人のようなイメージが自分のなかにある。落ち込んでいる人が見て面白いなと思ってくれたり、元気になったり、気軽に楽しめるものを作りたいと思って制作している」と話します。本作は、堀江自身が高校の軽音楽部在籍時に作詞作曲して文化祭等でも演奏していた楽曲をベースにアニメーションを制作した堀江版みんなのうた。耳に残るメロディーと船乗りの掛け声「良候(ヨーソロー)」に乗って、男子学生と仲間たちが3分40秒を駆け回ります。

ほりえってぃYouTubeチャンネル
「良候」(ヨーソロー)とは船乗りの「直進せよ」の掛け声

現代の社会問題をベースに
平安時代と近現代の世界観をミックス

菊池翠(コミュニケーションデザイン専攻4年)はアニメーション企画《クリーピングクリーパー》を出展。インターネットの普及やコロナ禍によって浮き彫りになった現代の社会問題をベースに、平安時代の妖怪退治伝説と近現代の世界観をミックス。毒々しく、忍び寄ってくるような物語の設定やキャクター設定、キャラクターの等身大POPなどがギャラリーを彩りました。

時は仁平X年、西暦XX51年に、突如として出現した妖怪の目的は、平安製薬の子息を悪夢に陥れること。警備員兼妖怪ハンターの馬場頼政が、ブラック企業に勤めて冴えない生活を送りながらも妖怪たちと夜な夜な攻防戦を繰り広げるーー。

そんな現代とリンクする物語の設定と、平安時代の姿を未来に置き換えた鮮やかで個性豊かなキャラクターたち。現代社会への風刺を効かせながら、仮想と現実が入り混じる人間と妖怪の共生世界を描きました。

馬場頼政、鵺、土蜘蛛、付喪神TV子、近衞らが攻防を繰り広げる菊池翠のアニメーション企画《クリーピングクリーパー》

不確かな日々にも失いたくない
大切な「時間」と「景色」

黛結希乃(ビジュアルアーツ専攻4年)の《回帰した切符》は、コロナ禍で気軽に帰ることが叶わなくなった故郷が舞台です。これまで撮りためていた実写にアニメーションを混ぜた映像によって、「日常」のなかに現実と仮想が入り混じるもうひとつの風景を描きました。

「2次元と3次元が混じり合った世界は、今まで行ったことのない場所へと導いでくれる。好きな場所に連れていってくれる」と黛。自身が大切にしている祖母の家での時間、ダムの風景。蝉が鳴き、水音が響く夏の景色に油彩のような質感の平面的なタッチが現れ、現実と空想を行き来します。一瞬、立ち現れ、姿を消す少年。彼が誘うのは過去なのか、未来なのか。曖昧な「現在」だからこそ、時空を彷徨うように現れ、走り去る少年の姿が心に残ります。

黛結希乃《回帰した切符》

そこに存在するかのように動き回る
プロジェクションマッピング

オリジナルキャラクターのアニメーションを制作する村田晴加(ビジュアルアーツ専攻3年)は、円形のスクリーンや窓枠、本に投影するプロジェクションマッピングの作品を制作。皿に見立てた円形のスクリーンに投影した《カレー》は、ご飯、カレールー、福神漬けそれぞれのかたちから個性や動きを想像したキャラクターが動き回るループアニメーション。黄・白・赤の3体のキャラクターの動きに惹き寄せられ、ギャラリーに入り込む来場者の姿も多く見られました。

四角い画面ではないものへの投影にチャレンジする村田は、《窓》では木製の木枠を舞台として制作。雨が降ったり、キャラクターが窓の外を眺めたり、てるてる坊主を吊ったり。「窓は建物の中と外の様子を切り取る額縁のようなもの。この世界には無数に窓が存在し、それぞれに物語がある」と語ります。

一方《本》では、黄色のキャラクターが白いページのなかをあどけない動きで彷徨います。あっちへこっちへと動きつつ、次のページをめくる動作がくるくると繰り返されていきます。「毎日見ているもののなかに面白さがあったらいいなと思った」と村田。作品を見たあとは「日常」にある景色のそこかしこに、黄色のキャラクターが潜んでいそうな気になってくるかもしれません。

村田晴加《カレー》《窓》《本》
雨が降る外の様子(こちら側)を眺めるキャラクター。そこに存在するかのよう

日々のささやかな現象を
生命体のように捉えた手描きアニメーション

自分とそれ以外の生命体・非生命体との関わりをテーマとする高橋鈴奈(ビジュアルアーツ専攻4年)が制作したのは《オゾンホール》。日常にあるささやかな現象を生命体のように捉えて描く線画と繊細な音によるアニメーションをギャラリー奥のスクリーンに4Kで映し出しました。

題材としたのは、紫外線。「服で覆っていても、クリームを塗っても、彼らは皮膚に侵入し蓄積していく。不愉快で理解しがたい、でも時に心地よい彼らをありのまま受け入れるにはどうすればよいのだろうか」と高橋。日々の暮らしのなかにある現象を繊細な手描きアニメーションによる細やかな動きとやわらかな間合いで象徴的に描きました。

タイトルであるオゾンホールとは、太陽光に含まれる有害な紫外線を吸収して生命を守るオゾン層が、まるで穴が空いたように薄く見える現象のこと。オゾンホールによって紫外線の増大や人体や生物への影響、地球温暖化への影響が問題視されています。
本作で映し出されるのは、照らされた左腕と、肌にうごめく黒い影。弾ける無数の泡。火にかけられ踊るように沸き立つヤカン。コーヒーを淹れる情景では、抽出される一滴一滴がまるで点滴のように時を刻みます。ヘッドホンで耳を傾ける来場者を、一瞬、凍りつかせる強音。一方、静かに微弱な音を立てて飛ぶコウモリは、目的を失っているかのようにも感じさせます。穏やかでやさしく、やわらかな表現でありながら、不穏さを感じずにはいられない作品となりました。

高橋鈴奈《オゾンホール》
繊細な手描きのタッチとその動きを大きく投影

謎めいた囁き声と言葉、
彼らの関係性に漂う不穏とは

ギャラリーに投影した8作品とは別に、仮設壁裏側の狭い隙間に映し出したのが、杉澤奈津子(アーツ&ルーツ専攻4年)の出展作品《恥実験2》。薄暗い空間に「兄」「弟」「あの子」「売人」の4つのアニメーションをスマートフォンやタブレット、プロジェクターで構成したインスタレーションです。謎めいた響きの囁き声が渦を巻くかのような映像とともに隙間から漏れ聞こえます。

これまで「失敗」することを目標に成功ではなく失敗する実験を繰り返したり、恥ずかしさを隠すために暗号を使うなど独自の世界観でアニメーションやゲームを制作してきた杉澤。本作は「どこまで隠せば恥ずかしくないかの実験。あまりまじまじと見ないでください」という《恥実験》。見えているようでいて見えない、言葉のように聞こえるが意味が分からない音と空間とアニメーションが、兄、弟、あの子、売人の奇妙な関係性に不穏さを漂わせます。漏れ聞こえてくる囁き声は、杉澤が加工を重ねることで作り上げた言語。筆で描いたような文字は、杉澤が作り出したフォントによる言葉。どこまでもベールで覆い、語りつつも悟らせまいとするせめぎ合いの果ての余韻として、見る人それぞれの心にそれぞれのストーリーが浮かび上がります。

杉澤奈津子《恥実験2》
仮設壁の裏側の隙間に不穏な気配を漂わせる

秋田公立美術大学の学生9組10人によるアニメーション作品展「Now Playing」が映した学生の「現在」と「未来」。出展された全9作品は、アーツセンターあきたのYouTubeチャンネルにて公開しています。

撮影:山田汐音

Information

秋田公立美術大学アニメーション作品展「Now Playing」

■会期:2021年7月3日(土)〜7月25日(日) 10:00〜18:30
■会場:秋田公立美術大学サテライトセンター(秋田市中通2-8-1 フォンテAKITA6F)
■出展作家:
高橋鈴奈(ビジュアルアーツ専攻4年)、黛結希乃(ビジュアルアーツ専攻4年)、菊池翠(コミュニケーションデザイン専攻4年)、佐藤泉紀(コミュニケーションデザイン専攻4年)、杉澤奈津子(アーツ&ルーツ専攻4年)、徳川美稲+佐々木萌(景観デザイン専攻4年)、菊地美咲(コミュニケーションデザイン専攻3年)、堀江侑加(ビジュアルアーツ専攻3年)、村田晴加(ビジュアルアーツ専攻3年)
■メインビジュアル:山田有花(コミュニケーションデザイン専攻3年)
■CM撮影・編集:山田汐音(2年)
■主催:秋田公立美術大学
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■お問い合わせ:秋田公立美術大学サテライトセンター TEL.018-893-6128

▼Now Playingプレスリリース
https://www.artscenter-akita.jp/archives/22082

▼Now Playing再生リスト
https://youtube.com/playlist?list=PLd6q11Ath1C8qlz3xwSvEBohbIiXXXJCn

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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