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漆芸を表現手段として、泡のように現れては消えていく思考と身体の感覚を繋いでいく春山あかりの作品展「繭の外、泡の中」が2021年9月24日〜10月31日、秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで開かれました。会場の作品写真と春山の言葉で展覧会を振り返ります。
秋田公立美術大学ものづくりデザイン専攻を卒業し、研究生として漆芸作品の制作を続ける春山あかりの作品展「繭の外、泡の中」が秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)で開かれました。2020年度の卒業制作作品に新作を織り交ぜた漆芸作品50点を展示。その空間には、幼少の頃から向き合ってきた死生観と思考のプロセスが内包されています。
漆芸は、自分の思考が最も冴えている時間
漆を素材として丹念に繰り返す工程と、繰り返し思考し続けてきた死生観。その身体の感覚と思考とを繋ぐように漆芸作品をつくる春山。それは「なぜ生きてなぜ死ぬのか?」「いつかは死ぬのになぜ生き続けるのか?」「魂とは、何か?」と、幼少期から問い続けてきた死生観の表現でもあります。
「漆の作業は同じことの繰り返し。塗っている時はヘラや刷毛の往復、研ぐ時も往復。そんな繰り返しの工程で、手を動かしている時は頭が働いて、思考が冴えているんです。考えようとすると自分に意識が向いてしまって集中できないのですが、制作している時は冴えて、そして作品ができていく。だから私にとって、作品をつくるプロセスが大事です」
本展のタイトル「繭の外、泡の中」は、「身体的な自他の分断」と「精神的な自他の分断」を意味。「作るという行為が生み出す泡のような思考が、ひとつのかたちを得る」と語る春山が、自分の命を守る盾としての身体を「繭」、浮き沈みのある精神を「泡」に喩えました。「どちらも物理的に存在しているものではありますが、とても弱いもの。4年生の前期の課題で『ゆりかご』という三連の作品を制作した頃から、死生観と同時に命を守り育むものにも着目するようになった」と振り返ります。
「なぜ生きているのか?」「なぜ死ぬのか?」
問い続けてきた答えを探すように哲学者の本を読むようになり、生命の在り方や表現すること、考えること、創造することの意味を追求する春山。手を動かし、作り続けるのは「自分の中で魂や死に対する言葉の位置付けを探す行為」なのだと語ります。
魂とは思考と経験によって成り立つ集合体
2020年度、春山が卒業制作として取り組んだのは手のひらに収まるほどの丸いかたちの作品でした。
「漆芸特有の繰り返しの工程で、さまざまな思考が泡のように現れては消えていく。自分や自分を取り巻くもののこと。この世界、この宇宙のこと。過去、現在、未来のこと。今生きている生命、もう生きてはいない者たちのこと。生と、相対するもののこと。生より、ずっと深くにあるもののこと」
下地の塗りを繰り返し、そうした思考とともに漆に厚みが出てきた時、素材の中に「もう入り切らない」という瞬間を感じることがあったといいます。
「漆を塗装することには、ある種、防御のような意味もあります。作業を繰り返していくと、拒絶されるものを強く感じることがありました」
生とは、なんだろうか
自分、あるいは他者、あらゆる物理的存在が、
五感をもって知覚できる状態のことだろうか
はたまた、「それは生きている」という信条だろうか
死とは、なんだろうか
心臓が、生命活動に必要な器官が、
はたらきをやめることだろうか
物理的に認識できなくなることだろうか
はたまた、「魂だけの存在」になるということだろうか
魂とは、なんだろうか
心、と 呼ばれるものだろうか
そのものの本質だろうか
魂は、肉体と乖離しているだろうか
「魂とは何かを考えて出たひとつの答えが、思考と経験の集合体であること。物理的な物体が経験や思考によって成り立っているのが魂と呼ばれるものなのかな、と」
卒業制作の作品に付けたタイトルは、「魂蔵」と書いて「たまくら」。自身の魂を込めた《魂蔵》を、本展では横一列に並べました。
「漆に卵白を混ぜると固くなるのを利用して変わり塗りをする時に、まだら模様にして乾かした上から、凹凸が隠れるぐらい3〜4回ほど別の色の漆を塗って、それを研ぎ出して均一にしていきます。私はよく何色を塗ったのか忘れてしまって、研ぎ出していくと色が出てきて気づいて、『この色を塗った時にはこんなことを考えていた』と思い出すことがあります。自分の思考も一緒に研ぎ出されていくような、そういう感覚がありました。私にとって、作品との対話といわれるような経験のひとつです」
男鹿で眺めた海と星、夜光虫
《原初の海》の3作品は、コロナ禍の今年、紫陽花がきれいだった初夏に友人とともに訪れた男鹿半島での出来事や風景がモチーフとなりました。雲ひとつない穏やかな湾にて、水平線に沈みゆく夕日を見て過ごしたこと。ゆっくりだけれど確実に動いている地球を感じたこと。岩場で夜光虫のきらめきを見たこと。眠れずにずっと起きていて、海と星を眺めていたこと。そして、朝日が上ってきたこと。
「自然を目の前にすると自分はちっぽけだと感じる人は多いと思います。私はこれまで死の方向ばかり考えていましたが、やっぱり、生きているのも悪くないなと。地球というものの生命力を感じて、そう思いました」
夜の海の色、朝焼けの色。《原初の海》は新たな転機となりました。
卒業後、研究生としての日々は「目標に追いつけないもどかしさに苦しんだ1年」だったといいます。漆とかたちに向き合いながらも、思考はさらに深めていきました。
「シンプルな興味として、人がなぜそういう行動をとるのか、なぜその言葉を選ぶのかを知りたくて勉強したり、時間軸について考えたり。私は、考えても意味のないことを考えるのが好きなのかもしれません。経験したことがないことを考えていくのは、面白い。分からないことを考えて、それなりに答えを導き出してみたくて」
思考の繰り返しと、漆芸の繰り返し工程。泡のように現れては消えていく思考を身体の感覚へと繋ぎ、目に見えない循環とその交わりを作品としていく春山。「それなりの答え」を追求しながら、繰り返し工程の只中にいます。
撮影:岩田写真
Information
春山あかり作品展「繭の外、泡の中」
展覧会は終了しました
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▼BIYONG POINT Facebookページ
▼プレスリリース
■会 期:2021年9月24日(金)〜10月31日(日)
9:00〜17:30
■会 場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)
(秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■入場無料
■主 催:秋田公立美術大学
■協 力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■グラフィックデザイン:木村優希(むすぶ企画室)