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多様な媒体を軽やかに行き来する 森香織染色展「before, after」

染色家・森香織の約10年の変遷をたどる染色展「before, after」が秋田市大町の秋田市立赤れんが郷土館で開かれています。秋田公立美術大学と赤れんが郷土館の連携企画「秋田アーツ&クラフツ」の一環。2月27日まで。

森香織染色展「before, after」

染色家・森香織の約10年の変遷をたどる染色展「before, after」が秋田市大町の秋田市立赤れんが郷土館で開かれています。秋田公立美術大学と赤れんが郷土館の連携企画「秋田アーツ&クラフツ」の一環。前期はものづくりデザイン専攻助教である森の染色展、後期は同専攻に所属する木工・漆工・彫金・染色・陶磁・ガラス・プロダクトデザインを専門とする教員・助手13人による展覧会「湧水地点」を開催します。

秋田市立赤れんが郷土館 2階企画展示室

初日に行われたギャラリーツアーには、同専攻の学生や教員、一般の来館者が参加。森の秋田への赴任を転換点として、「before」と「after」で構成した作品28点が並ぶ会場を森自身の解説で巡りました。

森は2010年、秋田公立美術工芸短期大学に赴任。2013年から秋田公立美術大学ものづくりデザイン専攻助教。本友禅染を中心に型染・絞り染の技法を用いて、アパレルブランドや他工芸作家とのコラボレーション、インスタレーション、ワークショップなどジャンルを超えた幅広い表現活動を行なっています。

本友禅の「糸目を引く」行為とは

専門とするのは、染色のなかでも布地に模様を手描きして染め上げる本友禅。防染用の糊で生地に均一な細さで引く輪郭線を「糸目」といい、染色後には柄の輪郭が白い線として生地に残るのが特徴です。森はこの「糸目を引く」ことそのものに興味を抱き、これまで「線の詰まった作品を作ることが多かった」といいます。

「糸目を引く作業にはものすごく時間がかかって、時間をかけること自体が私のなかでは魅力の一つだった。ネガティブ思考なのだけれど、線を引いている間だけは余計なことを考えなくて済む。線がたくさんあったほうが、何も考えない時間を長く保てるんです」

そう話す森にとって、糸目を引く行為はアイデンティティーを保つことでもありました。

「私自身が人と違ってうまくできることって、友禅染めぐらいしかなくて。こんなに面倒で大変な作業は他の人はしないだろうから、自分の存在意義が確立できるのではないかと信じていた」

自己表現を探り続けた「before」

耳を傾ける学生たちに語りかけるように解説する森は、「染色がとても好きで始めたわけではなく、今でもそんなに好きではないかもしれない」と打ち明けます。

「それでも、自分にはこれしかないんだと思って制作してきたんですよね、ずっと」

秋田に赴任する以前、つまり「before」の作品は色数が少ない。白い顔料にさらに白い糸目が繊細に引かれた様子を見つめていると、視線が生地のなかに吸い込まれていく。

≪箱舟≫ 2001年

「自分の行為が表面に出ないように、できるだけ自分の存在を押し出さない表現の仕方がしっくりきて、白い顔料と糸目を組み合わせた作品を作るようになった。ただ、興味を持って見てくれる人には少し自分を見せてみたい自己顕示欲のようなものもあって。糸目にカタカタで文字を入れてみたりして」

≪コドモの時間 ー空に映すー ≫ 2003年 抽象と具象の間を目指して作っていた頃。叩き糊の技法で制作
白と黒の大胆な曲線が糸目とともに宙に漂う≪漂うことの意味≫2003年(左)は、「糸目にこだわりながらも糸目から解放された作品」という。 ≪ボクタチハハナシアワナケレバナラナイ≫2011年(右)
≪廻り往くものまた廻り来る≫ 2004年

日常とルーツに目を向けた「after」

自己表現を探り、存在意義を確かめるように制作した「before」に対して、秋田に住み始めてからの「after」の作品群には様々な試みが読み取れる。日常のなかで目に映る秋田の風景や自然そのものから刺激を受けるようになったこと、そして、染色の様々な技法を一人で教えなければならない環境が作品制作にも影響を与えたという。

≪型染蒔絵日傘≫2015年は、「矢」(左)と「的」(右)をモチーフとして同専攻の熊谷晃准教授とコラボレーション。日傘の持ち手に漆が施されている

目を引くのは、黒地に細い線で地図を描いた作品。≪roots ♯1≫ ≪root ♯3≫は、いずれも秋田の地図をもとに制作した「飾る服、纏う布」シリーズ。「秋田への赴任が決まったことを家族に伝えた時、祖父は実は男鹿市船越出身なのだと聞かされ、驚いた」という森。それをきっかけに、ルーツである船越周辺の地図をモチーフに描いたのが始まりでした。

秋田市から由利本荘市まで伸びる海沿いの道を描いた絹布は、帯に仕立てられる長さに。漆黒に染めた綿布や絹布に、細やかに、伸びやかに引かれた線描は自由で、バスの窓から眺めた海辺の景色のまぶしさや新鮮さまで伝わってきます。

≪roots ♯1≫ 2011年
≪root ♯3 君住む街へ≫(右) ≪root ♯3 風の見える道≫(左)2014-2015年

日々の嗜みをもとに制作

日々の嗜みから生まれるべくして生まれたのが、酒器を題材としたシリーズ。日本酒まわりの道具には、鮮やかな色彩と形が踊ります。
一升瓶を持ち歩けるバッグ、酒器をしまえる小さな包み、そして四角い家がデザインされた≪うつわのおうち≫シリーズは、暮らしの一こまであるしまうこと、使うことを楽しくする提案でもあります。

≪simple things≫(奥)≪simple things ーcolorsー ≫(手前)2018年 「酒好き、酒器好きな友人と持ち寄って自慢し合っては?」と提案する小さな器入れ
コロンと四角いサイズ感が手にしっくりくる
≪うつわのおうち≫ 2017年 カフェオレボウルや抹茶茶碗など自分にとって大切なものをしまい、使い終えたら帰る場所として家をモチーフに制作
会場でもある赤れんが郷土館の外観がモチーフ

虹色のインスタレーション

森の代表作といえば、上小阿仁村で夏に開かれる「かみこあにプロジェクト」に出品を続ける≪Over the rainbow≫。かみこあにといえば、橋に架かるこの風景を思い浮かべる人は多いに違いない。

上小阿仁村の八木沢公民館で2012年に開いたワークショップでは、参加者に加工してもらった布地を染め、小屋の軒先に下げました。2013年からは虹色の布地を橋からなびかせるインスタレーション≪Over the rainbow≫を制作。山間の集落を彩るそれは虹のようであり、過去と現在、未来への架け橋のようにも映ります。

「これがいいと言ってくれる人がたくさんいる。その反応で分かるのは、人って本当に色が好きなんだなということ」

抑圧された思考のなかで自己表現を模索した「before」から、彩りの「after」へ。そして今後は、「自分のルーツを表現するような作品を作りたい」と語る森。様々な媒体を軽やかに行き来する展開は続きます。

≪Over the rainbow≫ 2018年

Profile 作家プロフィール

森香織

2000年東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻(染織)修了。2010年秋田公立美術大学工芸短期大学工芸美術学科助教。2013年秋田公立美術大学ものづくりデザイン専攻助教。 専門分野である本友禅染を中心に型染・絞り染での作品制作を行う。アパレルブランドや他工芸作家とのコラボレーション、インスタレーション、ワークショップ等、ジャンルを超えて幅広い表現活動を行なっている。

Information

秋田市立赤れんが郷土館・秋田公立美術大学連携企画 平成30年度「秋田アーツ&クラフツ」

会 場:秋田市立赤れんが郷土館 企画展示室(秋田市大町3-3-21)
観覧料:一般200円(20名以上の団体料金160円) 高校生以下無料
主 催:秋田市立赤れんが郷土館、秋田公立美術大学
協 力:NPO法人アーツセンターあきた

前 期 森香織染色展「before,after」
チラシダウンロード
会 期:2019年1月26日(土)~2月27日(水)9:30~16:30
※2019年1月26日(土)13:00~14:30にギャラリーツアーを開催します。

後 期 秋田公立美術大学ものづくりデザイン専攻研究発表展
「第6回湧水地点」
会 期:2019年3月3日(日)~4月21日(日)9:30~16:30

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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