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山本夏綺の「落とし穴」の射程、「●」に代入可能な範囲  きりとりめでる評 山本夏綺個展「●を↑↓←→に」

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで2023年6月まで開催した山本夏綺個展「●を↑↓←→に」。おとし穴を構造的に捉えることを試み、おとし穴によって隔てられた間に生まれた「作用」をいくつかのオブジェと音声テキストを用いて表現しました。デジタル写真論の視点から研究・執筆活動などを行う、きりとりめでるがレビューします。

山本夏綺の「落とし穴」の射程、「●」に代入可能な範囲

山本夏綺個展は視覚的な歓びに満ちている。造形物の縫い目ひとつひとつまでが選び取られたものであることがよく分かるからだ。しかし、それが何を行っているものなのかとなると、一転してハードな読解を要求する。まず展覧会名「●を↑↓←→に」読み方が一様には分からない。そうなのだが、プレスリリースにあるエスキース的な作品説明も断片的だったものの、展示を見終わった今、どの言葉もしっくりくるようになった。

 そこで、このタイトルの言い換えを考えることを足がかりに本展を考えていきたい。ざっくりと、「連続的対象を構造体に」はどうか。160.1cm、160.10000001cmというように、この世界はいくらでも微細な極小な存在を想定しうる連続性を持つが、それを人間は定規の目盛りのように離散化してやり過ごす。●という、ある任意の塊がどこからどこまでかを見定めて、起点からベクトルを延ばし、その対象を測量する。連続的対象を離散的に変換していき、構造体に変換するための行為だ。構造体にするというのは、その対象がもともとあった場所を離れても物理的に自立し、運搬でき、再現可能な状態を想定している。では、具体的に作品をみていこう。

撮影:草彅裕

 2023年のある日、山本夏綺は自身の身長よりも深い「落とし穴」を掘った。それは何かの足元を不意に掬うために使われることなく、山本によって内部を隈なく採寸された。その情報をもとに山本はグリーンのビニールシートを縫い合わせて「落とし穴」を再現したのである。それをハンガーラックのように組まれた単管から吊るし、「落とし穴の外側」を作品として見せるのだ。単管にぶら下げられた「落とし穴」は、丹念なもやい結びで空中に浮き、夏の空調でも微動だにしない。

俗にハングマンノットと呼ばれる紐の結び目は、そのポップな見た目に反して、「落とし穴」が背筋をぞくりとさせるような命のやり取りの場であることを思い出させる。その作品は、見る者に「落とし穴」がどういうものであるかを再認識させるだけでなく、「落とし穴」が人間に与えた影響や意味を考えさせるはずだ。

山本夏綺《落とし穴の型》2023 (部分) 筆者撮影

落とし穴とは、まだ人が住居といった不動産を持たない旧石器時代から人間が狩りをするために用いた技術のひとつだ。遺構のなかで「なにかの窪地」はもちろん以前から存在していたのだが、それが「狩りを目的としたもの」「落とし穴である」と過去遡及的に判別されるようになったのは日本の場合1970年代以降だと考古学者の稲田孝司は述べている。フランス、バーラン県のSchnersheim遺跡の「穴」に仔鹿の骨が土地の石灰性によって丸々一頭残っていたものが発掘される、というような骨とセットの落とし穴の発見は目下の日本国内には無いため「その穴に猪が入ったかもしれない」というような詳細な出来事は研究上の仮定に過ぎないが、用途が推定され始めたのである1。ひとまず、「穴」が「落とし穴」になるためには、意図が必要なのだ。

よって、山本が自作に対して「落とし穴」と言明し、「スイッチひとつで床が開き、上に乗っている人を落とす」株式会社テルミックの「落とし穴ユニット」2ではなく、静岡県埋蔵文化財センターの落とし穴の土層断面剥ぎ取り標本をリサーチ対象とするとき、現状人類にとって最古の不動産的営為、あるいは土木の礎がうみだした、人類にとっての原初の光景をいくつも指し示すことになる。もっと飛躍すれば、人と人の差異、主体と客体が形成されていく上で重要な瞬間に立ち会った事物とは「落とし穴」だったのではと観賞者に思わせる。

どういうことかといえば、日本でいうところの縄文すら以前の水平的社会に、「穴の底」と「地面」という、引き上げられる・引き上げる、助けられる・助ける、落とされる・落とすという垂直的差異の現象の原初の出現が「落とし穴」であり、それはまさに人間が自然に対して初めて主体的な関係を築いた瞬間であり、他者に対するだったのではないかという射程である。それはまさに「●を↑↓←→に」、行為にまだ名もなき日々への回帰。

株式会社テルミック「落とし穴ユニット」
引用元:『株式会社テルミック』https://telmic.co.jp/technology/air_actuator_pitfall_unit/

山本が写し取った「落とし穴」をホームセンターで購入可能な素材で再構築するうえで、その「落とし穴」に更に付与されたものは何か。それは「見上げる」と「落とし穴の外観」というふたつの観賞視点だ。

 「見上げる」に関しては前述の垂直的な他者との関係性の発生を暗示するためだと考えられる。その一方で「落とし穴の外観」にはどのような意味がありうるか。考古調査での「落とし穴」の可視化には、その穴を真っ二つに割るようにより大きな穴を掘り、地層を露出させるという方法がある。この方法は内部の構造と地層について、一目瞭然の撮影を可能にし、その写真はある程度の測量すらも可能なものだ。こうしてみると、山本の作品は「落とし穴をうつす」、すなわち移動可能にするのと同時に、撮影可能なものにするという側面が浮かび上がってくる。

引用元:「旧石器時代の狩猟用落とし穴の発見数 日本一 落とし穴と思われる遺構の断面(裾野市:塚松遺跡)」『静岡県公式ホームページ』https://x.gd/vOsIM

もちろん、「落とし穴」は本展で唯一扱われている対象ではない。「落とし穴」をめぐって、いくつかのモチーフが分岐しているといえる。中でも重要なものは、人為の発展としての「土木」だろう。細い金属棒が縦横に溶接されて固定された建材であり、コンクリートの強度を高めひび割れを防ぐというワイヤーメッシュを境にこちらとあちらという隔たりをつくった《作用のオブジェ群》。トラックの解放型の(「平ボディ」の)荷台のものが落ちないようにと布が掛けられ紐でトラックに結び付けられるも、その内容物が覗く様かのような《覆えてない布》。それとは対照的に会場の奥にあるバックヤードと本展を隔てるように、会場の突き当りの壁面を覆っていたのは《透明カーテン》だ。透明なビニールが黄色い糸でカーテン仕様に縫い付けられ、カーテンレールからぶら下がっているが、その丈は天井高よりも数十センチ長く、地面を這っている。それは足元を見下げ、天井を見上げる観賞行為を生む。

撮影:草彅裕
撮影:草彅裕

と、考えを巡らしているとシンバルの音で始まる軽快なラップが始まった。リリックの一部を引用する。

 I just wanna tell you that/I’m waiting here/this is for 始まるストーリ/2時間仕込みのメイクアップ/ファンデで毛穴は潰します/勢いで開けたお揃いピアス/心の傷には絆創膏でも/見えるところはフィルター加工/咄嗟の治療では消せない/●(ほくろ)も隠してこっか/今宵は●(新月)晴れたら〇(満月)/追いつけないな 目印遠く/重力無視したムーンウォーク/…/リスケジュール残った●(跡)も/埋めてなくなる ネガポジ反転

撮影:草彅裕

会場中央にある、白い背景に●が表示されていたディスプレイが暗転し、15分に1回のペースで数分間の軽快なラップが流れ、それにあわせてリリックが表示されていた。無料の音楽制作アプリケーションの代名詞ともいえる「GarageBand」で作成された楽曲の中で、●の射程がどんどん広げられていく。毛穴のような極小の窪み、慣習的な記号としての用途(他には、気象庁の天気記号で●は雨、〇は晴れだ)、ピアスのように貫通した孔、ほくろのような視覚的に●と類似性のある対象。「落とし穴」が罠として機能するべく隠されることがあるように、一定数で●は「なにかを隠す行為」ないし「隠れた状態」や「撮影時に映らないこと」と結び付けて捉えられていることが分かる。だが最後に「ネガポジ反転」とラップが終わることで、「●」で捉えられた事物は全て何らかの慣習に基づいたひとつの立場からの見え方でしかないということが示唆され、●と〇の境界は曖昧となり、拡散していく。

「●を↑↓←→に」は、「連続的対象を構造体に」することであり、きょろきょろと動く鑑賞者の眼のことであり、「隔絶した名もなき過去の人為を汲み取るための行為」でもあり、そこからたった今の事象、すなわち人類史を貫くための方程式として生み出されたのだろう。だからこの方程式に、これからもあらゆる事物を代入しつづけられるように、ラップは「ネガポジ反転」で突如それぞれの慣習と紐づいた●の意味を解放し、唐突に終わったように思えた。

  1. 1:2022年12月11日に「種子島こりーな ホール」で開催されたシンポジウム『立切遺跡・横峯遺跡国指定記念シンポジウム ライブ 〜世界最古、3万5000年前の落とし穴と礫群〜』での稲田孝司による発表「世界の旧石器時代の遺跡と種子島」を参照。https://www.youtube.com/live/mhcC4LEimw4?feature=share(最終アクセス2023年8月15日) ↩︎
  2. 2:井上マサキ「落とし穴も罰ゲームも!テレビで見かける「あの装置」の裏側を聞いた」『デイリーポータルZ』2021年5月17日。https://dailyportalz.jp/kiji/back-side-of-TV_set(最終アクセス2023年8月15日) ↩︎

Profile プロフィール

きりとりめでる kiritorimederu

1989年生まれ。デジタル写真論の視点を中心に研究、企画、執筆を行なっている。2022年にはT3 PHOTO FESTIVAL TOKYOのゲストキュレーターをつとめる。著書に『インスタグラムと現代視覚文化論』(共編著、BNN新社、2018)がある。2023年には『パンのパン4(下)』を発行予定。AICA会員。

Information

山本夏綺個展「●を↑↓←→に」

展覧会は終了いたしました。

山本夏綺 個展「●を↑↓←→に」DM(PDF)

■会期:2023年4月29日(土・祝)〜2023年6月25日(日)
    入場無料、会期中無休
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた

■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2022年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

Writer この記事を書いた人

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