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言葉にしようとする前に、目から体液が漏れ出してきた。 大澤寅雄評「When we talk about us,」

ジェンダーを軸として他者との違いを受け入れること、受け入れないこと、と受け入れられないことをめぐるプロジェクト「When we talk about us,」が2023年11〜12月、秋田市文化創造館で開かれました。2つの展覧会とトークイベントや読書会など複数のイベントが開催された会場にて、自己と他者の交差点で何を思い、考え、何を守り、支えるのか。文化コモンズ研究所代表・主任研究員の大澤寅雄氏がレビューします。

一体なんだろう、この展覧会は。
私の体から、いろんなものが漏れ出してしまう

展示を見て2階の会場を出てきた私は、不思議な高揚感に包まれていた。誰かに何かを伝えずにはいられない気持ちになって、会場の出入口に受付をしている展覧会のスタッフ(後で紹介してもらったが、その人こそキュレーターの西原珉さんだった)に、「いやあ、あのう、すごかったです。いや、どうすごいのか、自分でもよくわからなくて、なんだろう…あれ? なんで泣けてきちゃうんだろう?」と、感想を言葉にしようとする前に、目から体液が漏れ出してきた。そういえばついさっきまで私は、作品を見ながら、うわあ、いいなあ、へえ、そうなのかあ、おもしろいなあ、と心の中で呟いていたつもりが、自分でも気がつかないうちに「うわあ、いいなあ、へえ、そうなのかあ、おもしろいなあ」と独り言が声になって外に漏れていた。一体なんだろう、この展覧会は。私の体から、いろんなものが漏れ出してしまう。

左から、金川晋吾『Self Portraits』(インクジェットプリント, 2023)、依田碧『この舞台から降りたい』(板,アクリル絵具,樹脂, 2022)
岩瀬海『seat(yellow)』(生皮,錆びた鉄パイプ, 2023)、『trophy(left)』『trophy(right)』(布,FRP,蜜蝋,ステンレス,コンクリート, 2023)、『Bathroom Exit』(排水溝,2人分の体毛,ステンレス,ワイヤー,FRP,コンクリート, 2023)
中谷優希『シロクマの修復師』(映像, 2022)

私がこの展覧会を見たのは偶然と言っていい。秋田市文化創造館に別の用件があって訪れたのだが、創造館のスタッフさんから「今日からとてもいい展示が始まっているんですよ。ぜひ見てみてください」と言われて「じゃあ行ってみます」と、とくに事前の情報があるわけでもなく、ふらっと会場に入った。入ってから、ジェンダーやセクシュアリティをテーマにした展覧会だということが分かった。私も興味や関心はあるし、今までそうしたテーマでのアートに触れたこともある。ただ、それについて自分は正面から向き合っているとは言えないし、それについての知識が詳しいわけでもないし…という、ある種の中途半端な気持ちを引きずりながら、作品を一つひとつ見ていく。映像、ドローイング、立体、インスタレーション、様々な姿形の表現にはそれぞれに「性」や「生」についてのメッセージを訴えていて、怒っていたり、悩んでいたり、苦しんでいたりする。身近な人に、社会に、そして、その作品の前にいる私に、語りかけている。いや、叫んでいる。そして、別の作家の別の作品との間で共振や共鳴を起こしている。とても、切実に。

ブラネン・新那・サイデ『ふり』(紙,インク,パフォーマンス, 2023)
中島伽耶子『quiet yellow wall』(木材,壁紙, 2023)協賛:秋田プライウッド株式会社、株式会社サンゲツ

私が展覧会の作品を見ている時に、見た目で40代から60代の10人足らずの集団が会場に入ってきた。後から聞いた話では、同じ時間帯に文化創造館の別の部屋で、役所の関係の会議か研修会か何かで使用していた人たちが、ついでに施設内の他の部屋を見学しに来たようで、おそらく戸惑っていた。そう私が感じた理由は、その物理的な作品との距離感だ。立っている場所と作品との距離が隙間風が通り抜けるくらいに遠く、作品と接触する時間が短い。遠目からはどう見ても「どう反応していいのかわからない」という気配を集団全体でまとっている。彼ら・彼女たちは短い時間に会場を一回りして去っていった。

いま書いたように、私は、展覧会を短時間に覗いた人たちを「彼ら・彼女たち」という三人称複数の代名詞を使った。「彼」「彼女」という性差をあらかじめ意味に含む三人称の代名詞は、私がジェンダーやセクシュアリティについて語る時にいつも躊躇させる。誰かが私を三人称で語る時に「彼」と称することに私は違和感を持たないとしても、別の人にとっては、「彼」または「彼女」と称されることに違和感を持つ人もいるかもしれない。

もう一つ、「私たち」という代名詞も躊躇させる。その言葉は果たして「私」が含まれているのかどうか。展覧会のタイトル「When we talk about us,」のwe / usに、「私」や「あなた」が含まれているのか、あるいは含まれていないのか。それによって、この展覧会は全く違う意味になるのかもしれない。私の後に入ってきた集団はwe / usに自分が含まれていると思う様子は見られなかった。それでも、彼ら・彼女たち(敢えてこの代名詞を使う)は、When we talk about us,(つまり彼ら・彼女たちにとっては「When they talk about them,」)の、カンマの後に続く何かが、あったかもしれないし、なかったかもしれない。

石原海『Love is Resistance』(映像)
Moche le cendrillon『“Tea?”』(映像,パフォーマンス, 2023)

今から思い出すと、私がwe / usであることを無意識に受け入れたのは、彼ら・彼女たちが会場から出ていったあとだ。私は、一つひとつの作品が語りかけている何かに対して、心の中で呟き返していた。うわあ、いいなあ、へえ、そうなのかあ、おもしろいなあ、えっ、なんでそうなの、ああ、そうだよねえ…そのうち、自分でも気付かないうちに口から声に出して漏れ出していた。

私は、今この文章を読むあなたに語りかけるために、あの時私に語りかけていた作品たち、あるいは作者たちを「彼ら・彼女たち」とは書かずに、「凸凹(でこぼこ)たち」と書こうと思う。その凸凹たちは…なんて凸凹していることか! ある作品は、私自身の凸(でこ)や凹(ボコ)としっくりきたり、ある作品は、逆に私の凸や凹に引っかかって上手く噛み合わずに居心地が悪い気もすることもある。けれども、その不揃いで、時として不恰好な、幾つもの凸や凹に何度も触れているうちに、心が揺さぶられて、なぜか私には愛おしい気持ちがしてきたのだ。
凸凹していていいじゃないか。いや、凸凹しているからこそステキじゃないか。つるんとした平べったい人間なんてクソ喰らえだ! あなたの凸凹、いいねえ! ねえねえ、私の凸凹もいいでしょ! 気がつけば私も凸凹たちの一人であり、私こそ、無数の心と体の集合体、凸凹たちなのだ。あの日、会場を出たあとに、キュレーターの西原さんにうまく言えずにいた感想が、少しは言葉になってきた気がする。

Here Comes Everybody!(秋田市文化創造館)

撮影:星野慧

Profile 執筆者プロフィール

文化コモンズ研究所代表・主任研究員

大澤寅雄 Torao Ohsawa

1994年慶應義塾大学卒業後、シアターワークショップにて公共ホール・劇場の管理運営計画や開館準備業務に携わる。2003年文化庁新進芸術家海外留学制度により、アメリカ・シアトル近郊で劇場運営の研修を行う。帰国後、NPO法人STスポット横浜の理事および事務局長、東京大学文化資源学公開講座「市民社会再生」運営委員、ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室主任研究員を経て2023年4月に文化コモンズ研究所代表・主任研究員に就任。
©️Nonoko Kameyama

Information

When we talk about us,

●会期:
例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)
…2023年11月20日(月)〜12月2日(土)1Fコミュニティスペース
Here Comes Everybody!
…2023年11月22日(水)〜12月2日(土)2FスタジオA1/A2 3FスタジオA3
<参加作家>安藤陽夏里/石原海/板橋なつみ/乾真裕子/岩瀬海/栄前田優樹/岡崎あかね/金川晋吾/川田翔子/ケルベロス・セオリー/五社光希/小谷真夕/佐々木香里/佐藤穂波/津川沙千/中島伽耶子/中谷優希/ブラネン・新那・サイデ/Moche le Cendrillon/依田碧/他
マネジメント|小野地瞳/室津日向子 キュレーション|西原珉
●休館日:11月21日(火)、28日(火)
●会場:秋田市文化創造館(秋田市千秋明徳町3-16)
●主催:秋田公立美術大学、trunk
●協力:秋田県中央男女共同参画センター、秋田市文化創造館(例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば))、秋田プライウッド株式会社、株式会社サンゲツ、東北物産株式会社、LUSH

「When we talk about us,」

Writer この記事を書いた人

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