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表現者の思考の記録や痕跡、残像をとどめることを試みた展覧会「漂着する思考 ー新屋浜をめぐる現代作家との対話ー」

秋田公立美術大学とアーツセンターあきた(秋田市文化創造館指定管理者)が今夏、文化創造館にて開催した展覧会「漂着する思考 ー新屋浜をめぐる現代作家との対話ー」。新屋浜をひとつの舞台として設定し、表現者の思考やその痕跡、残像をとどめることを試みた展覧会を振り返ります。

新屋浜をひとつの舞台として、秋田の〈風土〉を根幹とする表現の可能性に迫る展覧会「漂着する思考 ―新屋浜をめぐる現代作家との対話―」が2024年7月〜8月、秋田市文化創造館にて開催されました。「領域横断」「複合芸術」を教育方針として昨年度開学10周年を迎えた秋田公立美術大学(秋田市新屋)の卒業生優秀作品と、秋田を拠点に活躍するアーティストによる絵画やインスタレーション作品に加え、前身である秋田公立美術工芸短期大学時代から収蔵する工芸作品等を展示。表現者の思考と記録、痕跡や残像を漂着物に喩えながら、工芸から現代アートまで、秋田の〈風土〉を根幹とする表現の多様性と可能性に迫った展覧会を振り返ります。

映像撮影|安藤陽夏里、安藤帆乃香 編集|安藤帆乃香 監修|石田駿太
本展では、見上げる人、覗き込む人、めぐる人、探す人、読む人、聴く人・・・。さまざまな表現と共に、さまざまな鑑賞者の姿が見られた

試行錯誤の痕跡として

秋田では、ナマハゲや人形道祖神といった文化人類学的視点が重要な要素となり、特徴的な表現を生み出す根幹となっています。一方、江戸時代から続く銀線細工をはじめとする工芸技術は、秋田市立工芸学校、秋田公立美術工芸短期大学へと受け継がれ、その歴史を背景に制作された工芸作品等が秋田公立美術大学に多数保管されています。
さまざまな素材、さまざまな手法を試みた学生作品の数々は、この〈風土〉から生まれた表現の記録であり、試行錯誤の痕跡でもあります。本展では、大学が収蔵するこれら短大時代からの工芸を中心とする作品と、秋田をルーツのひとつとする現代作家の作品とがコラボレーションしました。

秋田公立美術大学収蔵作品
戸田雅子《うるしオブジェ》 木・漆 秋田公立美術工芸短期大学2003年度優秀賞
阿部葵《百鬼徒然夜行》 油彩 秋田公立美術工芸短期大学2003年度優秀賞
江頭香織《金光の波形》 真鍮 秋田公立美術工芸短期大学2006年度優秀賞
石毛彩子《りんご》 ブロンズ/込型真土焼型鋳造 秋田公立美術工芸短期大学2009年度優秀賞
滝川ふみ《重力にひかれて》 ガラス/ホットワーク 秋田公立美術工芸短期大学2009年度優秀賞
宇野未沙貴《あなたのなかに》 洋白 秋田公立美術工芸短期大学2010年度優秀賞
市川寛士《生きてきたもの》 ブロンズ/蝋原型、真土焼型鋳造法 秋田公立美術工芸短期大学2012年度優秀賞

〈知覚〉の在処

「みえないものに心を惹かれる」という後藤那月は、体験をビジュアルイメージに置き換えたり、身体を用いた表現を空間に展開することなどによって、人間がみえないものと対峙した際に生じる知覚の在処を探ります。それは個人の記憶よりも遠く、「人間の知覚のはじまりに結びついているのではないか」と考える後藤の活動の軸は、「移動」することにありました。
「複数の土地を行き来することで、人間の無意識の領域や土地の類似性を知ることができるのではないか」という後藤の問いは、俯瞰的な視点と離れた事象同士を結びつけることを可能にしたといいます。「特に重要なのは、できる限り自身の足で歩くこと、気配の残る場所を探すこと」。そうして意識をもって周りを観察し、みえないものを見るための身体をつくる。「地面は動き、風景はいつも同じではない。だから歩くことを通じて何度でも土地を理解し直さなければいけない」といいます。
《胎虚、或いは安息の地で》は、2023年秋、北アルプス標高2,600m付近に位置する溶岩大地、雲ノ平へと足を運んだ体験を背景としています。
「朝4時、小屋を出て真っ暗な闇の中をヘッドライトひとつで歩く。ハイマツや岩には霜がおり、固く付着している。昨夜の大雨は丘の窪地に溜まり、それがピンとした水鏡となっていた。樹皮の片側にのみついた氷が夜にふく息吹の強さを想起させる。 山の影から日が登り、段々と熱を帯びる身体。手指を押し付けると木先から一夜分の時間が溶け出していく。音もないこの場所で、世界の動きだす気配を予感する。旅先での体験から、自身の記憶の中だけにある風景を空間に描き出すことを試みる。その不在の風景を『安息の地』と称し、まだみぬその姿を追い求めている」

後藤那月《胎虚、或いは安息の地で》 時間、塩、水、土、水性樹脂

未知の〈音色〉

矢﨑舞子キアラ《続・土楽器》 赤土、手捻り

音の鳴る陶器を制作する矢﨑舞子キアラの《土楽器》は、土でできた楽器の少なさに気づいたことから生まれました。さまざまな楽器の演奏経験を活かし、多種多様な奏法を土によって作ることが可能なのかを研究して制作するのは、従来とは異なる造形、色、質感の楽器です。赤土を手捻りした楽器には、音を鳴らすために必要なポイントがあるといいます。穴の縁に当てる息の角度の重要性を知り、クリアな音がより明確に鳴る角度を追求。また、一吹きでハーモニーを作るために大きさの異なる笛を合体させ、それぞれの本体に音階を変える穴を開けることでハーモニーの組み合わせを増やし、音にバリエーションをもたせています。造形前から音を想像して形をつくり、その音のイメージを描いて釉薬をかけます。
矢﨑の制作は土楽器の制作だけではなく、曲づくりへと続きます。演奏では、お互いが鳴らす音を探り合いながら音を重ね、見る人、聴く人には、音を想像してもらう。どんな音が鳴るのか、どんな音の組み合わせが生まれていくのかーー。〈音色〉も〈音階〉も未知の楽器から、新たな音が生まれていきます。

記録すること、記憶すること
絵画を描くこと

「絵画作品と鑑賞者を含めた展示空間」をテーマに制作を続けるおおだいらまこ。そもそも絵画作品とは何かという疑問のもと、平面的ではない絵画や壁掛けではない展示形態にするなど、鑑賞者と絵画作品がより親密な関係を築くための試みを行っています。
本展における《∩頂天 -ウチョウテン- 》は、自らがスマートフォンで撮影し、カメラロールに保存された日常の風景写真をもとにしています。「レンズを通した風景は、なぜか形や色が異なるように感じる。その写真をより正しく、自分が納得できる〈記録〉にするにはどうしたら良いのかを考えた」というおおだいらが、フォルダ内の写真からピックアップし、PC上にて線と色を抽出して加工。キャンバスロール紙にプリントし、その上からアクリル絵の具で加筆して仕上げました。《食卓》《潮干狩り》《海》《暮れ時》《堤防》などの何気ない日常が、加工と加筆によって曖昧になっていきます。鮮明なはずだった〈記録〉と、鮮明さとおぼろげさが混在する〈記憶〉。記録すること、記憶すること、そして絵画を制作することの3つが重なる部分を見つけ出すことが、現在のおおだいらの題材でもあります。
〈記録〉と〈記憶〉、それぞれの混在のなかで、経験を正しく記憶すること。おおだいらの試みから見えてくる〈絵画〉とは。

おおだいらまこ《大きい橋》《釣り》 アクリル、キャンバス
左は、《頼まれごと》アクリル、キャンバス、
右は、「∩頂天 -ウチョウテン-」《食卓》《潮干狩り》《海》《機窓》《車窓》《ラクヨウ》《暮れ時》《堤防》《天井》《高速道路》《雨》《春》《水面》《初詣》《裏庭》《曖昧な時間》《松》《引っ越し》 インクジェットプリント、アクリル、キャンバス

〈風景〉を供養する

風景から人の営みの痕跡を読み、絵を描くことで風景を供養する大東忍。風景を歩く・踊る・描くなどの実践を重ねることで身体を澄まし、風景を踏みならします。それは、「ひとりで風景に残る痕跡(=過去の人たちの声、営みの跡)に身体全体を傾けることで引き受けることであり、祈り」だといいます。
本展の《例えば灯台になること》は、大東自身が風景のなかにおいて灯台になり、風景の一部となることでその風景を受け入れ、読み、同時に風景をつくる試みです。風景と対峙した公開実践「例えば灯台になること」(2024年5月11日、6月1日実施)では、参加者はガイドブックの地図を頼りに土地をめぐり、たどり着いたビューポイントで「灯台」を見つけ、風景の写真を撮ります。それを、用意されたウェブサイトにアップロードすることで風景の共有を試みた記録です。
一方、大東が描く木炭画は、自らが盆踊りを踊ることで歴史化されてこなかった人の営みの風景を供養し、記録します。「供養の踊りであり、身体を解放し、身体を澄まし、踏みならすことで風景の供養を試みる」といいます。
そして、それらを描くこと。木炭画で描かれた営みの風景が、夜の帳に沁みていきます。

大東忍 左から、《踊り場(秋田市下浜名ケ沢、郡上おどり かわさき)》木炭、麻布、パネル、《踊り場(秋田市浜田、白鳥おどり 世栄)》木炭、麻布、パネル、《風景を渡る》木炭、麻布、パネル、《踊り場(秋田市御野場、Sleep No More)》木炭、麻布、パネル
《例えば灯台になること》公開実践の記録資料、映像(31分32秒)

確かに揺れ動くもの

『あってもなくても良いもの』と聞いて、何をイメージしますか?
秋田公立美術大学卒業制作展における月居凜の《M 0.40》は、そんな問いかけから始まりました。大学を中心に営まれていく日々の生活や課題の中で、「あってもなくても良いもの」に興味を惹かれた月居は、さまざまな「もの」を探していきます。その過程で、故郷である北秋田市の阿仁合町に注目し、荒れた「北緯40度線」モニュメントに目を向けました。
「北緯40度線」は、ヨーロッパから中国、日本、アメリカへと続く緯線。日本では秋田県の男鹿市から八郎潟干拓地、阿仁合町、鹿角市などを通り岩手県へと続きます。阿仁合町に存在するモニュメントを確認した月居が決めたのは、その周辺を掃除することでした。
始めたのは、モニュメント周辺の草刈りです。北緯40度線上に位置する市町村名が刻まれた標石の清掃、そして、観察。冬には除雪場所となり、雪に埋まる周辺の雪かきに明け暮れました。雨の日には地元を歩き、資料を読み、会話。〈清掃〉〈観察〉という行為を90日間に渡って繰り返しました。
《M 0.40》は、設立されて30年経ったモニュメントの存在価値や意義をきっかけとした、モニュメントとその場所で起こった出来事の記録。1日のなかで起こる、微細だが確かに揺れ動く〈日常〉です。

月居凜《M 0.40》映像

撮影|伊藤靖史(クリエイティブペグワークス)

Information

展覧会「漂着する思考 ー新屋浜をめぐる現代作家との対話ー」

「漂着する思考 ー新屋浜をめぐる現代作家との対話ー」チラシ(PDF)
「漂着する思考 ー新屋浜をめぐる現代作家との対話ー」作品リスト、会場MAP(PDF)

■会期|2024年7月20日(土)〜2024年8月4日(日)
     入場無料、休館日7/23(火)・7/30(火)
■会場|秋田市文化創造館 2階[スタジオA1](秋田市千秋明徳町3-16)
■時間|10:00〜18:30
■関連イベント
○7月21日(日)
16:00 土楽器演奏によるオープニング
16:00 ギャラリートーク①[大東忍、後藤那月、月居凜]
17:00 ギャラリートーク②[おおだいらまこ、矢﨑舞子キアラ]
17:45 土楽器ライブ[出演:髙橋琴美、早坂葉、矢﨑舞子キアラ]
○7月27日(土)
13:30〜14:30 土楽器ライブ[出演:早坂葉、矢﨑舞子キアラ]
■主催|公立大学法人秋田公立美術大学、NPO法人アーツセンターあきた(秋田市文化創造館指定管理者)
■企画制作|NPO法人アーツセンターあきた
■キュレーション|高橋ともみ
■ビジュアルデザイン|越後谷洋徳
■インストール|國政サトシ、青木邦仁
■監修|藤浩志
■助成|芸術文化振興基金、公益財団法人三菱UFJ信託地域文化財団
■後援|秋田県、秋田県教育委員会、秋田市、秋田市教育委員会、秋田魁新報社、朝日新聞秋田総局、読売新聞秋田支局、毎日新聞秋田支局、秋田経済新聞、NHK秋田放送局、ABS秋田放送、AKT秋田テレビ、AAB秋田朝日放送、CNA秋田ケーブルテレビ
■お問い合わせ|
NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail info@artscenter-akita.jp

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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