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日々から立ち上がるもの 井上愛萌個展「インサイド-地図帳より-」イベントレポート

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで1/13(月)まで開催した秋田公立美術大学1年 井上愛萌による個展「インサイド-地図帳より-」。最終日には美術家の大東忍をゲストに招いてトークイベントが行われました。

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)にて2024年12月14日から2025年1月13日まで行われた展覧会「インサイド-地図帳より-」。秋田公立美術大学の1年生、井上愛萌による初の個展となった本展で、井上は日常生活の中で起こっている出来事に注目し、対象の内側と外側との関係性に潜む深い関わりを探りました。

1月13日には風景から人の営みを読み取るために歩く・踊る・描く実践を行っている美術家・大東忍氏(秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科 助手)をゲストに招いたトークイベントが行われました。二人が映像作品の前に腰掛け、朗らかな雰囲気でイベントは幕を開けました。

いろんな内側へ、内側から

井上:今回の展示ではインサイドというタイトルの通り、いろんな内側についての作品を展示しています。
〈生活〉は、おばあちゃんの家にいるルナちゃんという犬と一緒に隣でずっと過ごして、ルナちゃんの生活の内側に入り込む様子を撮影した映像。そこからどういう景色が見えてくるのか考えながら作った作品です。

〈生活〉
〈あなたの町、わたしの町〉

井上:〈あなたの町、わたしの町〉では秋田という新しい土地にやってきて、どう町に自分の身を置くか、馴染むかというようなことを考えています。まず自分で家の周りを散歩して、好きな場所とか景色を見つける。そして通りすがりの人にその景色と自分とを撮ってもらう作品です。
最初は自分を風景の中に植え付けようという感情でやっていました。でも撮影者の方とのコミュニケーションを通して、一方的じゃない、相互的な作品・活動になったと思っています。

大東:井上さんの人となりみたいなものはなんとなく知っていたけど、普段作っている作品は見たことがなかった。だけど作品を見たら私の関心と重なるところも多いような気がした。井上さんのことをもっと知りたいなって思って、今日は楽しみにしてました。

映像作品〈生活〉の前で話す大東忍(左)と井上愛萌

大東:私は風景を描くことを通して、その場所で暮らしていた人の営みや起こったことへ ―― その出来事そのものではなく、目の前にある風景を描くことで ―― アクセスできるんじゃないかと考えて作品をつくっています。
井上さんの写真作品〈あなたの町、わたしの町〉には、そこにありのままの井上さんの姿が写っているけれど、見えてくるのは井上さんのことを撮影した人の佇まい。写真の傾きとか、ピントが合ってないとか、そういうところから撮影者の視点が自然と感じられる。作品の向こう側にあるものを自然と想像させてくれると思いました。

模倣することで内側からの景色を望む

大東:〈生活〉はすごく好きな作品。長いけど全部見れちゃった。
少し話は逸れるけど、以前、写真家の百頭たけしさんと二人で「野犬のしわざ」というタイトルの展覧会をやったことがあった。
そのときには家の跡地とか工場の跡地とかお祭りの跡地とか、跡地をキーワードにして作品をつくろうと思っていた。だけど私自身の普段の距離感で跡地に接して確かめようとすると、通り過ぎてしまうというか。漠然と跡地の前に立つ感覚があり、対象の風景を掴みきれない感じがしていた。

そんなとき「野犬のしわざ」という言葉に偶然出会って、野良犬みたいなよそ者で責任感がない、気軽な立場でその場所を嗅ぎ回ることができたらいいなと思ったんです。そしたら、野犬なんて最近見かけないけど、フィールドワーク中に偶然、五匹の野犬が目の前に現れた。全部が繋がったように感じて、野犬みたいな態度でやる、風景に対峙してみるってことを気持ちの面だけでもやってみた。そういう経験を、この作品を見て思い出しました。

大東:入口のテキストに「模倣することで内側からの景色を望む」って書いてたね。井上さんはルナちゃんの模倣をしてたんだよね。ストレートに模倣することで確かめられるものがある。

例えば、もうルナちゃんは老犬だからか、私たち人間が持っている時間の流れ方と違ってゆっくりしている。私たちが100年くらいの寿命で感じる時間や経験が、犬の短い一生にギュッてしているような。
井上さんがルナちゃんを模倣することで、時間の流れ方の違うものが同時に存在していることが見えてきた。

それから、井上さんが人としてそこにいるときと、ルナちゃんと時間の流れが同化しているときがあるような気がした。
ずっと見ていると、ふと郵便屋さんが来るときとか、おばあちゃんが井上さんにいきなり声をかけるときがある。急にスピードの速いものがこの映像の中に出現してびっくりしてしまった。びっくりしたってことは私もルナちゃんに同化しはじめているのかも、と思う瞬間があった。過ぎていく車の音も速く聞こえた。

井上:速いって思いますよね。家族がくしゃみをしたときとか、ルナちゃんはずっと一緒に過ごしているはずなのに毎回新鮮にびっくりするんですよ。今の話を聞いて、ルナちゃんには自分のペースがあるから、急に衝突が起こったような状態なのかなって思いました。

風景の呼吸

大東:以前あまり人のいない村落で映像作品を撮ったとき、犬の遠吠えの音が入っていたことがあった。最初はノイズだと感じて編集の段階で消そうと思ったんだけど、何度もその映像を見ていたら、ノイズだと思っていた遠吠えが映像のリズムの一部だってことに気づいた。それが風景の呼吸のひとつの要素なんだと思って消さなかったことがありました。

井上:風景の呼吸。そうですね、遠吠えは馴染んでるから風景の呼吸になるけど、人って風景に馴染んでるんですかね?風景の呼吸になりうるのかな。

大東:私は、なれたらいいなと思うけど、作品を作ろうと気張ってしまうと異物として風景から浮いていく。
でも井上さんは異物ではなく、家族とか孫、近くの住人、観光客だと思われている感じがする。井上さんの作品に関わった人たちは作家としての井上さんに接してないような気がする。それがすごい技だなって思う。……技というより、能力かな。

写真を撮ってほしいときには、どんな話しかけ方をするの?

井上:「すいません、この景色が好きで写真撮ってもらいたいんですけど」って。撮ってすぐ終わりの人もいるんですけど、「あそこも綺麗だよ」とか話しかけてくれる人も結構いる。「どっから来たの?」とか「学生さん?」とか。そこで自分を開示するのが大事で。この辺に住んでるって言うと、質問せずともいろいろ教えくれる。なんでかわかんないですけど(笑)

大東:井上さんの佇まいもあるかもしれない。写真の中に並んでる全部の井上さんが、ありのままっていうか……。知ってる井上さんだなって。

〈買う肉、食う肉〉

立派じゃないって簡単なことじゃない

大東:〈あなたの町、わたしの町〉はありのままの井上さんだし、お肉の作品では写真の中に指が少しはみ出したりしている。なんだか率直で、立派じゃない感じがいいなと思った。立派じゃないって、そんなに簡単なことじゃない。自分は結構気張ってしまうから、飾り気がないまま作品にできるっていうのがちょっと羨ましくもある。

タイトルにある地図帳ってすごく広いキーワードだし、メインビジュアルのマインドマップみたいなものにも広くワードが出ていたので、どんな展覧会なんだろうって思っていました。でも中に入ってみたら態度が一貫している。自分の身体感覚を通して対象を見ようとすることが自然と起こっていて、展覧会として面白かったんだよなあ。

こういうことは秋美に来る前もやってたの?

井上:そうですね、高校一年生の頃から。志望校の受験にポートフォリオが必要だったので、ちょっとずつ作り始めました。でも途中でポートフォリオのために作るのが嫌になって。自分を切り崩して制作するってのが嫌だったんですね。

受験では、自分が人と違うところを作品にすることが価値とされていました。人と違うところって自分にしかないじゃないですか、当たり前だけど。それを作品にしたら絶対的に個性になる。そういう作品が強いとされてたな、と自分は思っていて、それが嫌だった。

例えば自分のハンディキャップとか、そういうのをテーマに作ってる人が多かった。自分はもっとみんなが共通しているところから作りたいって思いました。

大東:この映像作品は、まさにみんなの当たり前の共通点に着目した作品だと思った。

ルナちゃんを見ていると、変なところで立ち止まることが多い。
私たちは何かを眺めるときに椅子に座るとか、高台に登るとか、名前のついたビューポイントみたいなものを持った状態で眺めることが多い。だけどルナちゃんの視点を共有させてもらうことで、玄関が普段より細分化されて、見えないビューポイントが見えてくる。名前のついていない場所があるという、そのこと自体を教えてくれる。

それが受験の話と少し似ている気がする。一つの大きなテーマを扱おうとするんじゃなくて、目の前にあるものを小刻みに見ていく、みたいなことが。やっていることが大袈裟じゃない。

とはいえ、すごく長い時間一緒に過ごすというような負荷は用意している。そのバランスもおもしろい。

井上:負荷は難しいですよね。作品の強度、頑張ってるな感が出てしまう。

大東:でも井上さんの作品は日々の営みの延長線上にあるように見える。私は木炭を使って絵を描くんだけど、完成するまでは結構時間がかかる。で、それを展示すると「何時間かかったの」って聞かれるんだけど、そりゃ別にいいんだわ!って。時間をかけて、負荷をかけることも好きなんだけど、苦労を見せたいわけじゃない。

井上:わかります。比例しそうでそうじゃない。

お肉、聖地

大東:お肉の作品のことも、ちょっと聞きたいな。

井上:浪人中にスーパーの精肉部門で働いてたんです。鶏肉担当で、パック詰めするときは皮を下にしてねって言われていた。でも、一度間違えて皮を上にして店に出しちゃった時があった。それは皮が粒々で、誰も買わないだろうなぁって見た目だったので、すごく納得したんですね。

で、あるときファミレスに行ってチキングリルステーキを頼んだら、今度は皮が上になって提供されたんですよ。スーパーでは皮を下にしてって言われるのに、食べるときは皮が上になるのはなんでだろうと思って。
それはやっぱり見た目の問題だな、と。家で皮を下にしたステーキをつくってみたんですけど、やっぱり美味しそうじゃない。

美味しそうかどうかによって、人の手によって鶏肉が回転させられている。それを批判的に表現するんじゃなくて、手で触って回せる、遊具っぽいイメージで展示したかった。
この肉でいう内側っていうのは、裏表というよりは、裏表にされる行為の内側にある意図みたいなものです。

井上:入口に設置されている作品は、〈あなたの町、わたしの町〉を通して、他人が撮っているのをもっと見たい、そういう可能性もあるんじゃないかと思って作りました。この作品の制作を通して教えてもらった景色で、他とは質が違う写真なんです。でも他の写真を通してじゃないと出会えなかった景色。それをプリントしてみんなが一緒に撮れるようにしました。

大東:写真は撮ってくれてるのかな?

井上:在廊中に来た人には記念撮影スポットなんで、って案内してます。何人か撮りました。みんな同じポーズしてくれるんですよ。
秋田の人がよく来るからか「ここ知ってるよ」と言ってもらえる。それもすごく嬉しいですね。知っている場所を作品にできてるっていうのは結構好きです。聖地みたいな感じで。

前に地元の福岡で、電柱をずっと撮影した作品を作ったんです。それが実家の近くで、母はそこを通るたびに「あ、ここで作ったな」と思うらしい。そういう場所をいっぱい作りたいですね。これは地図帳っていうキーワードに繋がるんですけど。
みんなここに住んでて、そこから作品が立ち上がったんだよ、と。そういうのが母の記憶に根付いているとしたら、成功できたのかなと思います。

大東:地図帳という言葉は、とても広がりがある。その中の一欠片がこの展示なんだと思う。過去作も見たいなって気持ちもある。ここにあるのは三つだけだからね。

井上:いつかやりたいですね、いっぱい。できたらいいな。

会場からは質問もありました。

来場者:人と自分が違うことよりも、みんなと共通するところからつくりたいとおっしゃっていました。なぜそっちの方が好きなのか、気づくきっかけはありましたか。

井上:やっぱり自分を切り崩し続けると終わりが見えるじゃないですか。それに人と違うところを作品化するっていうのは、自分の笑い事じゃない部分をエンタメにしてしまうようなところがあって嫌だった。結構危ないんじゃないかと思っています。だからみんな大事にしましょう、自分のことを(笑)

来場者:〈生活〉でルナさんと一緒に過ごしていて、ルナさんの生活に想像を巡らしたり、自分が張り付いていることをルナさんはどう思っているんだろうと考えたりしましたか。

井上:めっちゃ考えました。ルナちゃんは鼻が短いので、よく鼻をすするんですよ。それが怒っているみたいに聞こえるんです。普段はそんなことないのに。自分が作品に使おうとして一緒にいると嫌なのかも、と過敏になってしまってビビってましたね。でもおばあちゃんに相談したら「何も考えてないと思うよ」って言われました。

井上:そういえば、たまにおばあちゃんが私のことを間違えて「ルナちゃん」って呼ぶときがあるんですよね。
それから作品には入ってないですけど、この映像の終わりには「もう帰るよ」と家族に言われる場面があった。私が嫌かも〜って顔をしたら、「本当に犬やんアンタ」って言われた。それは嬉しかったですね。

大東:同化した!

井上:そう、シンクロかなぁ。おもしろい体験でしたね。

作品撮影:草彅裕
トークイベント撮影:早坂葉

Profile 作家プロフィール

井上愛萌 Aika Inoue

福岡県出身。秋田公立美術大学1年。狐が好き。将来の夢は野生のイルカ。

Profile ゲストプロフィール

大東忍 Shinobu Daito

1993年愛知県生まれ。2019年愛知県立芸術大学美術研究科博士前期課程修了。風景から人の営みを読み取るために歩く・踊る・描く実践を行っている。「VOCA展2024 現代美術の展望 ー平面の作家たち」(上野の森美術館/東京、2024)にてVOCA賞受賞。個展「TOKAS-Emerging 2023『風景を踏みならす』」(トーキョーアーツアンドスペース/東京、2023)、「なめらかでないしぐさ 現代美術 in 西尾」(康全寺/愛知、2023)など。

Information

井上愛萌個展「インサイド -地図帳より-」

■会期:2024年12月14日(土)〜2025年1月13日(月・祝)
※年末年始休業期間(2024年12月28日〜2025年1月3日)
■入場無料 
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた

■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2024年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

Writer この記事を書いた人

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