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菅江真澄をたどるプロジェクト
真澄が描いた「木」、長坂が写す「木」

2019.12.12

「旅」「移動」「記録」「表現」などをテーマにした公開プロジェクトとして始まった「菅江真澄をたどる勉強会」。国内外を移動しながらさまざまな媒体を用いた表現活動をおこなうアーティスト 長坂有希が、真澄が描いた「木」に着目して制作する過程を語ったレクチャーの記録です。

「旅」「移動」「記録」「表現」などをテーマとする展覧会「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」に向けた公開プロジェクトとして始まった「菅江真澄をたどる勉強会」。10月には第2回目として「現代の視点から菅江真澄の行為をたどる」をテーマに開催しました。
第1部は、9月から秋田に滞在しBIYONG POINTでの展覧会に向けてリサーチ中の長坂有希氏が「菅江真澄を追体験する」と題してレクチャー。真澄が描いた「木」に着目した長坂氏が、リサーチで何を感じ、考えたかをお話しいただいた後、第2部では唐澤太輔氏、服部浩之氏が加わり、現代の視点から見る真澄の行為についてディスカッションしました。ここでは、長坂氏のレクチャーの記録を公開します。

日時|10月7日(月)18:00〜20:00
場所|秋田公立美術大学大学院棟1F G1S
ゲスト|長坂有希(アーティスト)
パネラー|唐澤太輔(哲学、文化人類学研究者、秋田公立美術大学大学院准教授)/服部浩之(インディペンデント・キュレーター、秋田公立美術大学大学院准教授)
内容|
・レクチャー
「菅江真澄を追体験する」長坂有希
・ディスカッション
「現代の視点から菅江真澄の行為をたどる」長坂有希、唐澤太輔、服部浩之

江戸時代後期に東北を歩き、絵と文章とで記録した菅江真澄。彼が描いた「木」に迫る

菅江真澄が描いた「木」

長坂有希です。私は大阪出身で、いまも大阪を拠点としながらいろいろなところへ移動して制作し、現在は秋田に滞在して制作しています。今日のトークのタイトルは「菅江真澄を追体験する」。具体的には、菅江真澄が描いた「木」について、私がいま調べていることや考えていることを話したいと思います。

9月20日から秋田で制作を始めるにあたって、何をしようかなと考えていました。私だけのプロジェクトではなく、皆さんがやっていらっしゃる全体の大きなプロジェクトのキーパーソンとして菅江真澄がいると聞いていましたので、まずは彼が描き残した絵を見ていくことにしました。菅江真澄は絵以外にも、日記、随筆、地誌のなかにたくさん文章を残しています。でも彼が使っていた当時の江戸時代の言葉と現在私たちが使っている言葉にはかなりズレがあるので、私たちがそれに簡単にアクセスして解読することがとても難しくなっています。私は他の作品のリサーチで、英語の資料を読むことがあるのですが、例えば同じような時期に書かれた英語のテキストだった場合、何の問題もなく読むことができるんです。そう考えると日本語って江戸時代から明治を経て現在に至るまで、すごく変わったんだなというのを真澄の資料に触れることで実感しました。そして秋田県立博物館の菅江真澄資料センターに連日通って、オンラインでは公開されていない真澄の描いた図絵をずっとデータベースで繰り返して見ていくうちに、彼が描いた木の絵にだんだん興味を惹かれていきました。

アーティスト 長坂有希

私は今回初めて菅江真澄を知ったのですが、一般的には真澄は鳥瞰図的な地形や風景、風俗や道具の絵が彼の絵として知られているかもしれません。でも実は、真澄は木が主役になっている絵をたくさん描いています。

感覚的、視覚的に見て、木がすごく気になるなと思ったのですが、真澄はどうしてこの木に惹かれたのかと考えながら他の絵と見比べているときに、木の絵のなかに真澄の感情の機微や動き、大胆さが表現されていたり、木を含む植物への愛着を感じ取れるから気になったのかなと思いました。生き生きしていて素敵な作品だなと思いましたし、絵を通して真澄を人として近く感じられるのではないかとも思いました。そして、データベースにある絵を表紙から始まって図絵を何個も何個も見ていくのですが、彼自身で装丁した表紙は、本物の草木を使って実際の紙に写した模様が施されているものがとても多いことに気付きました。彼は本草学を学んだ医者でもあり、植物を使って治療することを考えると、真澄は植物についてたくさんの知識や思い入れがあっただろうと思いました。

実物と複写のズレ

そういうことを考えているうちに、もう少し詳しく真澄と木の関係性や、木々に対しての彼の視線や姿勢について知りたくなり、木の絵をリストアップする作業に移りました。木が主役になっているものだけを選んだつもりですが、それでも90点以上になりました。このなかからさらに興味のあるものを選りすぐり、20点ほど選んだものを博物館の方にお願いして絵のデータと資料をいただきました。銀杏の木や桂の木、杉の木、古い梅の木や桜、橅や藤などいろいろな木が描かれています。

ここでひとつ話しておきたいことがあります。通常、私たちが知っている絵は真澄が描いたオリジナルの絵ではなく、複写されたものです。明治政府ができてすぐの明治5年、政府が各県に郡村史の作成を指示した際に、真澄が書き残した資料が地域を知る上で役に立つ文献ということで、当時の秋田県の庶務課記録係が描いたものだそうです。私たちはこれを見慣れているのですが、実は複写とオリジナルには結構違いがあります。右が真澄が描いたオリジナルで、左のものが明治5年に書写されたものです。文字の情報としては全て正しいですし、似た感じで描いてはいるのですが、木が持っている力強さが違う。真澄が描いた方の絵は本当に木がある感じがしますが、左はすごく弱々しくて、受ける印象は全く違うかなと思います。真澄が描いた幹や葉は、大胆でダイナミックですね。

これらを比べてみて、もしかしたら明治に描かれた時から今まで、真澄の残した図絵や文章は、文献的な資料として扱われることが多かったのではないかなと思いました。美術的な絵として認識されることが少なかったからこそ、この複写されたものでも良しとされていたのかなと考えました。真澄はとっつきにくくて感情を表さない、捉えどころのない人物という印象を受けると思うのですが、こうやって2つを並べてみると真澄は実際に自分の足で旅をしながらその場所に行って風景を見て、全体の風景の流れのなかで見た木を記憶し、体験して描いています。それがこれらの絵に説得性や現実、リアリティーを与えている気がします。オリジナルと複写を比べてみることで、真澄は結構、木に対しての思い入れがあったのではないかなと思いました。

真澄が描いた絵の原本は個人の方によって所有され、秋田県立博物館はその管理と所蔵をしています。そのためオリジナルは博物館にあるデータベースでしか見られないのですが、私たちが普段、真澄のものと思っている絵はほとんどが複写版だということです。でもオリジナルには、オリジナルからしか感じられない真澄の思いや佇まいがあります。何かのかたちでこのオリジナルが見られる機会が増えるといいなと思いますし、そうすることによっていろいろな人の真澄に対する印象も変わってくるのではないかと、デジタルのデータを見ながら毎日思っていました。