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発芽を待ち望む切実で美しい活動 藤浩志評 曽田萌個展「深山僻地美術館通信『みどりの手』」

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで2025年10月4日から一ヶ月にわたって開催した秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科2年の曽田萌による個展曽田萌 個展「深山僻地美術館通信『みどりの手』」。山形県白鷹町深山(みやま)地区に滞在して人と植物の関係性を問うた作品を制作し、絵巻や絵画を展示した本展について、秋田公立美術大学教授の藤浩志がレビューします。

 深山僻地美術館通信「みどりの手」、とても不思議なタイトルだと思う。会場に入ると、右手の壁におよそ6メートルの長さの手描きの絵巻が飾られている。その絵巻は、手作りの細長いテーブルの上に置かれており、不安定な展示台を漬物石のような自然石がリズムを持って並べられ押さえている。その佇まいが何とも味わい深い。絵巻は手漉きの和紙をつなぎ合わせて作られており、そこには作家の日々の体験──色鉛筆とペンによる絵日記のような世界──が描かれている。日々出会ったモチーフが丁寧に描写され、魅力的な瞬間の数々が物語として立ち上がる。地域の熱量や湿気とともに、滞在中の作家の感性が絵巻を通して魅力的に表出している。

水無月みなづき・深山滞在絵巻》深山和紙に色鉛筆、水彩マジックペン(2025)
表紙カバーとして》キャンバスに油彩(2025)

 絵巻と並行して、畳二畳分の縁台細長い形に設置され、その向かいの壁には大きな絵画が壁画のように掛けられている。絵巻の世界をひととおり追体験したあと、その縁台に腰を下ろし、一息ついて、正面の大きな絵画に目を向ける。抽象のような、印象のような画面の表情に浸る時間が心地よい。その畳は、もしかすると作家が滞在制作を行っていた深山から借りてきたものだろうか。いい具合に使い込まれていて、空間に馴染んでいる。まるで深山の古民家の縁側に腰かけ、緑に包まれているかのような時間が流れる。作家が滞在していた時空間を追体験しているような感覚。

 白い部屋の床のあちこちには、何かが描かれた小さな平たい石のような緑色の破片が落ちている。目を凝らして見ると、そこには植物のような風景と手のひらが描かれている。
 そういえば、この展覧会のタイトルは「みどりの手」だったな……。
 僕は展覧会の空間体験の作法として、なるべく前情報を持たずに会場へ入るようにしている。自然体で感覚を開き、作品に没入し、味わうことを楽しむ。その過程でさまざまな発見や疑問が生まれ、作家が仕掛けた小さな謎を解くような楽しみがある。そして作品を十分に体験したあと、掲示されているテキストや挨拶文、キャプションシートを確認しながら、理解を深めていく。 もっとも、今回は少し事情が違った。というのも、曽田さんは僕が指導している大学院の学生でもあるからだ。だから、ある程度の情報は事前に知っていた。

《石を持った手の手 育つ思い》外壁片にアクリルマーカー(2025)
《石を持った手の手 雲をやぶって》外壁片にアクリルマーカー(2025)


 作家が植物との対話を試みていること。植物との距離や関係を深めようと、身体表現を通して探求してきたこと。そして人と植物の関係に関心を持ち、「草木塔」という存在に出会い、そのリサーチの過程で深山という地域にたどり着いたこと。さらに、そこでの滞在体験を内に取り込み、自らという媒体を通して絵画表現へと展開しようとしていたこと──。
 「描く」という行為自体は、難しいことではないと思う。しかし、それを続けていくこと。その行為が許される環境に身を置くこと。そしてその行為が積極的に受け入れられる状況を得ることは、決して容易ではない。どうすれば続けていけるのか──。作家を志す者にとって、それは切実な問題だと思う。その模索の中で、曽田さんは植物というモチーフ、そして深山という地域、そこに暮らす人々との出会いを得たのだ。

 自らの常識や既成概念を超え、自身の感覚を信じて描き続けること。その先で美しい瞬間に立ち会える。そのことを目指す態度そのものが、美しいと思う。
 曽田さんは、自身や自身が描き出した絵画を一種のメディアとして捉え、その一連のプロジェクトを「通信」と名づけた。深山という山間の空間体験から生まれた絵画を秋田市内の美術空間に持ち込み、観客の応答を受けて再び描き、そしてまた深山へと持ち帰る。その循環の試みが、このプロジェクトの核心にある。
 作品の価値は、誰と向き合うかによって変化する。少なくとも、体験や感覚を共有した者にとっては、かけがえのない価値となる。自然との関係、植物との関係もまた、そのようなものだろう。
 地域の人々が地域の植物を、森や自然を大切に育てているように。かつて深山のへき地保育所だった場所が、作家の表現を媒介として「深山僻地美術館」として発芽していくことを願っているのだろうな。とても大切な活動だと思う。ありがとう。

《石を持った手の手 溢れんばかりの》外壁片にアクリルマーカー(2025)

作品撮影:越中谷優一

Profile プロフィール

アーツセンターあきた
理事長

藤浩志 Hiroshi Fuji

1960年鹿児島県生まれ。京都市立芸術大学在学中演劇に没頭した後、公共空間での表現を模索。同大学院修了後パプアニューギニア国立芸術学校に勤務し原初表現と人類学に出会う。バブル崩壊期の土地再開発業者・都市計画事務所勤務を経て土地と都市を学ぶ。「地域資源・適性技術・協力関係」を活用し地域社会に介入するプロジェクト型の美術表現を実践。取り壊される家の柱で作られた「101匹のヤセ犬」、給料一ヶ月分のお米から始まる「お米のカエル物語」、家庭廃材を蓄積する「Vinyl Plastics Connection」、不要のおもちゃを活用した「Kaekko」「イザ!カエルキャラバン!」「Jurassic Plastic」、架空のキーパーソンを作る「藤島八十郎」、部室を作る「部室ビルダー」等。十和田市現代美術館館長を経て秋田公立美術大学教授、NPO法人プラスアーツ副理事長、NPO法人アーツセンターあきた理事長。 https://www.fujistudio.co

Profile 作家プロフィール

秋田公立美術大学大学院 複合芸術研究科 2年

曽田萌 Akari Soda

広島生まれ。秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科在籍。2021年多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業後、美学校「現代アートの勝手口」を受講。学部卒業後、都内の花屋で働いたことをきっかけに植物と人の関係性を「庭」として捉えて、制作を続けている。

Information

曽田萌 個展 深山僻地美術館通信「みどりの手」

※本展覧会は終了しました。
深山僻地美術館通信「みどりの手」
■会期:2025年10月4日(土)~11月3日(月・祝)
    入場無料、会期中無休
■在廊日:10/17(金)、10/18(土)、10/25(土)、10/26(日)、11/2(日)、11/3(月)
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
   (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137  E-mail bp@artscenter-akita.jp

※2025年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画

Writer この記事を書いた人

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