絵画を「膜を立ち上げる行為」と捉え、アルバムから立ち上がる不在と隔たりにおける絵画の膜性を考察して作品を制作する河塚彩和による個展「透明な膜をへだてて」が2月28日(土)から、秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで始まります。
この記事では河塚が2025年10月から11月にかけて滞在した秋田県鹿角市大湯地区での一冊のアルバムとの出会いと、そこから生み出され今回展示される作品について紹介します。
隔たりのある他者と向き合うプロセス
河塚は大学院複合芸術研究科修士課程に在籍。福岡県出身の河塚は佐賀大学で西洋絵画を専攻し、進学を機に秋田にやってきました。
学部時代のある時期まで、写実絵画を中心に学び、目の前にある像を忠実に再現することを重視していた河塚は、亡くなった祖母のアルバムをもとに絵画を制作したことをきっかけにこれまでの描き方に違和感を抱くようになったといいます。
「死者や、すごく遠くにいる人のような、隔たりのある他者を描くときには、まずその存在に向き合って考えます」
写実絵画のように像を「再現する」ことでは、死者や見えない記憶、感情に向き合えないと感じた河塚は、描くことを、隔たりのある他者に対して自分がどのように応答できるのか、その痕跡を画面に残していく行為として捉えるようになりました。

河塚は自身が他者と向き合った痕跡が『絵画の膜』として残るという考えのもと制作に取り組んでいます。その制作プロセスでは、まず写真を支持体に転写し、色味やコントラストを編集することで距離感を画面に組み込みます。そうして立ち上がった場の上に描画を重ねていきます。絵を描く以前に、他者と向き合うための場をつくること自体が、制作の重要な工程となっています。
「触れることはできないけれど触れようとする思考や行為の痕跡が、平面作品には自然に蓄積されていくから、この作り方をとっているように思います」
編集、転写、描き込みに伴う時間の経過は、作家が「隔たりのある他者」と向き合う過程を反映し、一つの画面に定着していきます。

その後、大学院へ進学し秋田へ移った河塚は、生まれ育った土地とは異なる場所で、まったく面識のない他者のアルバムに向き合うことになります。しかし当初は、アルバムの中に入り込むことができませんでした。写真に写る他者を一方的に想像するだけの状態になり、自らが築いてきた「他者と向き合うためのプロセス」が単なる手法として自動化していたことに気づきます。
河塚は、隔たりを安易に埋めるのではなく、その距離を引き受けたまま、どのように関係を結び直せるのかをあらためて問い直すようになりました。その過程を深めるためには、特定の土地に身を置き、自身の身体で環境を感じ取ることが必要であると考えるようになったといいます。
小国分校の記憶
2025年10月末から11月にかけての一カ月間、河塚は秋田県鹿角市にある中滝ふるさと学舎に滞在し、リサーチと制作を行いました。中滝ふるさと学舎は、2008年度に廃校となった中滝小学校を改修した交流体験拠点施設です。夏頃にこの場所を訪れた河塚は、校舎内に残された大量の古いアルバムと出会います。
なぜ山中の学校に大量のアルバムが保管されているのか、この写真たちにはどんな背景があるのか。これらのアルバムのことを更に詳しく知るために、河塚は一カ月間の滞在を決めました。

数多く残されているアルバムの中でも河塚の心を掴んだ一冊がありました。「小国分校廃校記念アルバム」と名付けられたそのアルバムに記録されていたのは、現在はその痕跡すら残っていない学校の姿でした。調査を進めるなかで、河塚は、これらの写真がおよそ10年弱という短い期間に存在した大湯小学校小国分校に関するものであり、アルバムの背景には開拓の歴史が深く結びついていたことを知りました。
山奥で炭焼きを行う人々の子どもたちが通う学校であった小国分校は、伐採によって一つの山が更地になると、人々の移動に合わせて校舎ごと移転することから「カタツムリ分校」と呼ばれていたといいます。今では学校があった場所は藪に覆われて、山野に還り、どこに校舎があったのかは分かりません。残された情報は少ないながらも、河塚はこのアルバムに収められた写真たちに、開拓の歴史の中でこの地に生きた人々の痕跡を見出しました。


関わりの中で馴染んでいく
河塚にとって、特定の土地に滞在しながら本格的にリサーチと制作を行うのは、今回が初めての経験でした。そのため、今回の作品は鹿角での滞在抜きには語れないといいます。
当初は鹿角や中滝について何も知らない状態でしたが、朝市に集まる人々の話を聞いたり、鉱山跡地や市内の名所を案内してもらったりするなかで、少しずつ人とのつながりが生まれていきます。アルバムとの出会いを起点に、土地、歴史、人、生活へと関係が連鎖的に広がり、その経験が再び絵画制作へと還っていく循環を、河塚は少しずつ実感したといいます。
「最初は、よそ者である私と地域とのあいだに、確かに隔たりがあったと感じています。隔たりの中で少しずつ溶け合い、馴染んでいくような関係の変容。その過程自体が、今回の滞在では重要だった。アルバムとの出会いから、ここまで大きくこの土地や人々との関わりが広がっていくとは思っていませんでした」


河塚は今回の滞在を振り返り、鹿角の人々からアルバムにまつわる風景や記憶を聞くなかで、写真に写る人物や、かつて存在していた風景との隔たりは、むしろよりはっきりと自覚されるようになったといいます。具体的な情報を得ることで理解が深まる一方で、決して埋めることのできない距離の存在もまた明確になっていきました。そして、その距離のなかで関係が少しずつ変化していく過程そのものが、制作にとって重要であることにも気づきました。
鹿角という土地や、そこでの人との出会いが大切なものになっていると認めつつ、河塚は今回の作品が、単に「小国分校廃校記念アルバム」を通じてそこに存在した人々の暮らしの記憶を継承していくことを目的としたものではないと話します。
鑑賞者にはアルバムの土地とは全く異なるそれぞれの背景があり、そうした鑑賞者が自身の中にある記憶と、他者の記憶を往還することで、写真の背景について想起する場を立ち上げることを試みています。



2025年度ビヨンセレクション採択企画
本展は2025年度ビヨンセレクション採択企画です。
ビヨンセレクションとは、2021年よりスタートした秋田公立美術大学の学内公募事業です。個展・グループ展などのBIYONG POINTでの展覧会を通じて、意欲的な学生による日頃の研究・創作の成果を発表します。展示期間中にレビューを受ける機会を設け、作品の撮影記録とともに評論を公開し、学生らの将来の作家活動を視野に入れた支援を行っています。
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Information
河塚彩和 個展「透明な膜をへだてて」
透明な膜をへだてて
■会期:2026年2月28日(土)~3月29日(日)
入場無料、会期中無休
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT
(秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■時間:9:00〜17:30
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL.018-888-8137 E-mail bp@artscenter-akita.jp
※2025年度秋田公立美術大学「ビヨンセレクション」採択企画