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写すことで意識的に「ずれ」と向き合う 「木:これから起こるはずのことに出会うために」

展覧会「木:これから起こるはずのことに出会うために/Trees : Audition for a Drama still to Happen」が、秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)で開催されました。アーティスト長坂有希が秋田に滞在し、江戸時代後期の紀行家・菅江真澄が描き残した「木」に着目した展覧会。

「木:これから起こるはずのことに出会うために/Trees : Audition for a Drama still to Happen」

視線が揺れるような、体がよろめくような。黄色い光に照らし出された空間には「木」を描いた水墨彩画と、揺らめく布。そして、小さな冊子がありました。

アーティスト長坂有希が、江戸時代後期の紀行家・菅江真澄が描き残した「木」の図絵に着目した展覧会「木:これから起こるはずのことに出会うために/Trees: Audition for a Drama still to Happen」。真澄の「木」を「写す」という行為を介して、真澄自身と彼が描いた「木」に接近しようと試みた本展のオープニングでは、テキスト≪これから起こるはずのことに出会うために≫の朗読とトークが行われました。

黄色い照明に照らし出された展示空間と、真澄が書き残した記録をもとにしたテキスト≪これから起こるはずのことに出会うために≫
オープニングは、長坂と展覧会ゼミ生による朗読から始まった

約200年前にこの土地を歩きまわり、多くの物事を書き残してくれた菅江真澄へ、そして、個として存在しながらも他者や他の生きものたちとつながる勇気を持つ私たちへ。(「これから起こるはずのことに出会うために」より)

オープニングは、キュレーションを学ぶ自主ゼミ「展覧会ゼミ」に参加する学生5人と長坂による朗読から始まりました。真澄の「木」に関する記録のなかから、「銀杏のもとめ木」「大屋の郷の梅の木」「星山清水のねずこの木」「高寺山の五本松」など7篇と、秋田に滞在して記録を読み込み、図絵を写し、旅をして紡いだ長坂の言葉。それらを一人ずつ、淡々と読み進めていきます。

200年経った現在も変わらず生きる「木」、もう存在しない「木」を想いながら歩く森。長坂が「鑑賞者の意識に作用して、異なる時間軸に踏み入ることができるように」と意図した黄色い照明のなかで、真澄の「木」と長坂の回想とを行ったり来たりしながら時空をめぐります。朗読者の背後には、シルクスクリーン印刷を施した≪彼の眼差しを通して見る≫が揺れています。

秋田滞在中に出会った真澄の「木」

インディペンデント・キュレーター服部浩之(秋田公立美術大学大学院准教授)とのトークでは、長坂が制作過程や表現手法について語りました。

江戸時代後期に旅を続け、図絵と文章とで記録した菅江真澄を起点とした展覧会のプレ企画に位置付けられる本展。秋田滞在中に長坂が出会ったのが、真澄が書き記し、描き残した「木」でした。

「真澄の図絵を見ていくなかで、私にとって『木』が最も魅力的に思えたし、人間と自然とのつながりを考えるプロジェクトを進めている私の関心とも共鳴しました。『木』は長い間生きていて、人間との関わり合いがとても強固な存在。見ていて単純に魅力的に思えたことと私の関心を反映していたこと、どちらの点からも交差するところにあったのが『木』でした。イギリスでは産業革命が起こり工業化が進んでいた時代に、真澄は真逆の動きをしていたことも対照的で面白かった。」

真澄の視線の意図を理解する行為として

本展では、BIYONG POINTの白い展示空間を黄色の照明で包み込みました。展示作品は水墨彩画で描いた≪真澄の木≫7点と、シルクスクリーン印刷した布≪彼の眼差しを通して見る≫、テキスト≪これから起こるはずのことに出会うために≫。制作の前提として意識したのは「写す」ことでした。

「まず、真澄の図絵を『写す』ことがありました。江戸時代の人たちも、対象物を勉強する時はまずは写していた。それに、真澄の直筆と思って見ていた図絵が実は写しだったということもあり、それなら私なりの意図を持った写しを描いてもいいのではないかと思いました。理解する行為として写したいと。真澄の絵の写しは明治5年に描かれていますが、それはちょうど近代化によって資源が求められていた時代。私はそれとは違う意図を持って写しをしたかった。」

長坂は秋田での滞在中、江戸時代に真澄が記録して現在も存在する「木」、もう存在しない「木」をめぐりました。

「実際に木を見に行って、周りの様子を見て、でも木だけを描く。木がもうそこになくとも、そこにある森を歩いて地形を見る。そうすることで真澄の意図、視線の意図を汲み取ることを重視しました。いろいろな時間が交差していることを感じたい。交差している状況を感じたいとも思いました。」


真澄の木、写した長坂の木。真澄の記録と、長坂の回想。

「写す」という行為を介して意識的に「ずれ」と向き合い、これから起こるはずのことに出会うための空隙を開こうとした本展。オープニングや展覧会の様子は、こちらからご覧いただくことができます。

オープニングの記録映像はこちら(https://youtu.be/BDpVPhf6Cds

Profile

長坂有希 Aki Nagasaka

1980年大阪府生まれ。テキサス州立大学芸術学部卒業、国立造形美術大学シュテーデルシューレ・フランクフルト修了。2012 年文化庁新進芸術家海外研修制度によりロンドンに滞在。リサーチとストーリーテリングを制作の主軸とし、遭遇した事象の文化、歴史的意義や背景の理解と、作者の記憶や体験が混じりあう点に浮かび上がるものを、様々な媒体をつかい表現している。主な展覧会に「予兆の輪郭」(TOKAS本郷、2019年)、「Quatro Elementos」(ポルト市立美術館、2017年)、「マテリアルとメカニズム」(国際芸術センター青森、2014 年)、「Signs Taken in Wonder」(オーストリア応用美術・現代美術館MAK、2013 年)など。

Information

長坂有希「木:これから起こるはずのことに出会うために/Trees: Audition for a Drama still to Happen」

チラシダンロード(PDF)
■会期:2019年11月16日(土)〜2020年1月12日(日)
会期中、年末年始を除き無休(2019年12月29日〜2020年1月3日休館)
■入場無料
■企画:NPO法人アーツセンターあきた、秋田公立美術大学「展覧会ゼミ」
■主催:秋田公立美術大学、NPO法人アーツセンターあきた
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ、秋田県立博物館菅江真澄資料センター
■Visual Direction & Design:奥野正次郎(POROROCA)

■関連イベント
<オープニングトーク>
長坂有希、服部浩之(インディペンデント・キュレーター、秋田公立美術大学大学院准教授)
日時:11月16日(土)16:00〜18:00
会場:BIYONG POINT(ビヨンポイント)

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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