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迎英里子+飯岡陸トーク
「パフォーマンスは、物質の身体性を見せるもの。
人間は自由に動く装置のひとつだと思う」

2020.03.31

江戸時代の紀行家・菅江真澄を起点に「旅」「移動」「記録」「表現」などをテーマに開催する展覧会「ARTS&ROUTES -あわいをたどる旅-」。公開プロジェクトのひとつとして開催された作家・迎英里子とキュレーター・飯岡陸によるトークの記録を抜粋して公開。迎英里子が模索する表現に迫ります。

《アプローチ5.0》 Photo by Sawada Hana

「旅」「移動」「記録」「表現」などをテーマに開催する展覧会「ARTS&ROUTES -あわいをたどる旅-」では、制作プロセスをひらいて「つくり方」を考え、蓄積する場を設けています。公開プロジェクトの一環として1月17日、出展作家・迎英里子のトークを気鋭のキュレーター・飯岡陸氏を迎えて開催。学生時代から継続して迎の制作を追っている飯岡氏とそれぞれの活動紹介や制作のこと、つくり方のことなどについて語りました。トークの一部を抜粋して紹介します。

作品を通して身体的に理解すること

飯岡:自己紹介として、今日は学生も多いんじゃないかと思い、大学に入学した頃の話から始めようと思います。もともとはアーティスト志望で、東日本大震災の年に、美大の制作学科に入学したんですね。翌年の2012年に、東京都現代美術館で「風が吹けば桶屋が儲かる」という展覧会があって。田中功起、田村友一郎、奥村雄樹らアーティストでもありながら編集的だったり理論的な仕事をしたり、キュレーターの仕事に介入するような仕事をしている人たちが紹介されていました。2012年に開催された「ドクメンタ」では美術に収まらない自然科学・社会的な事柄もキュレーションする態度に感銘を受け、学内の友人らで美術批評家の松井みどりさんの連続レクチャーを企画したり、友人とのグループ展を取りまとめるなかで自然とキュレーションや美術批評に関心を持つようになりました。横浜国立大学の大学院でより理論的な関心を深め、その後は美術業界で働きながら、自主企画や執筆活動を行なっています。

迎さんに最初に会ったのは、2016年に展覧会「新しいルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」を企画した時です。たまたまSNSで迎さんの YouTube のアカウントを知り、初めて作品を見ました。考えさせられることが多く、このグループ展のテーマ自体が迎さんの作品をきっかけに生まれたものでした。

《アプローチ5.0》 「新しいルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」(2016年、KAYOKOYUKI・駒込倉庫、東京)展示風景 Photo by Kenta Cobayashi

会場でのパフォーマンスの様子

「ルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」というのは、100年ほど前、機械産業が急速に発達していた時代にルーブ・ゴールドバーグという人が新聞に連載していた風刺画です。いわゆるピタゴラスイッチのように、様々な装置が連鎖していって日常の動作を代行する様子が描かれています。身の周りの環境や社会的な仕組み、自然の秩序、あるいは経済的な循環、テクノロジーのシステムなど、様々な連鎖が起こっている現代の状況について、作品を通して身体的に理解していくような展覧会が作れないかと思い企画したものでした。

「新しいルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」ダイアグラム

これは結局発表することのできなかったカタログのために描いたダイアグラムで、展覧会を作る上で意識したものです。展覧会や活動をする上で、造形的な思考というか…言葉や理論を与えることで枠組みを作るのではなく、作品それ自体を理論や批評のようなものとして捉えること、非言語的な枠組みや経験をどう扱うかということに関心があります。それでこの頃はダイアグラムを使うことが多かったのですが、本日の対談も、こうした関心の延長から話をしたいと考えています。

社会や自然界にある現象の仕組みを再構築

:私は社会や自然界にある現象の仕組みを再構成した装置を作って、それを自分で操作するパフォーマンスをしています。大学在籍中に制作した 《水蒸気のための舞台》(2015年)は雨が降る仕組みを扱いました。雨が降る段階を大まかに3つぐらいに分けて、暖かい空気が冷たい空気を押し上げていく様子や、その空気に含まれている水蒸気が上がっていく様子をパフォーマンスにしました。籠の中に入っているのが鉄の塊にマジックテープを巻いたものなのですが、それが水蒸気を示しています。上が暖かい空気で下が冷たい空気ですね。

《水蒸気のための舞台》2014年

飯岡:鑑賞者の期待に応えるようで裏切るというか、どう見られているか意識的に作品に取り入れているようで、すごく面白いと思いました。例えばたくさんのボールを下から筒に入れていって、最後にすごいことが起こるんじゃないかと思えば、バラバラっと落ちて、これまで積み上げてきたものを水の泡にしてしまう。

動かすことで「仕組み」にアプローチする

:私は京都市立芸術大学の彫刻科出身で、「彫刻とは何か」ということを考えないといけない環境だったんですが、それは自分にとっては素材を考えることでした。動いている時が素材が一番見える瞬間だと思っているので、「もの」を動かす作品をずっと作っていたんですね。

飯岡:初めに「仕組み」に着目したのがラジオカセットを解体して作ったアニメーションの作品なんですよね。

《ラジカセ》2011年

:最初に「作品」だと言えたものですね。学部3回生の作品展前で本当に何をしたらいいかわからなくなっていた時期に、木彫室にあったラジカセを「中身はどうなってるんだろう」と、分解してみることにしたんです。開いてみたら、ラジカセの中身って平面的なんですね。レイヤーが3つあるみたいな感じで。再生を押したらどこが動いて…みたいな、遊んで「こうなってるんだ」って。それが面白くて、どうしたらこれを残せるかな、残せる方法はないかなと思ってアニメーションに起こしたんですね。

飯岡:それ以前から何かの「仕組み」に関心があったのですか?

:その時に気づきました。その前はそれを分解してただ並べただけ、とかだったんですけど。

飯岡:作品化できないかなと思っていた時に…

:いや、「作品化できないかな」すら思っていなくて、やってみた後で「作品になるんだなぁ」という実感がありました。それを立体やパフォーマンスにするようになったんです。

《細胞の数の増加による開花》2013年

:これは卒業制作として作ったもので、花弁が開く仕組みです。大きい風船の間にまた風船が挟まっていて、チューブで繋いでエアーコンプレッサーで空気を入れてるんですね。内側の細胞分裂が速くなって反り返って開く、というのが花弁が開く要因としてあるんですけど、それを下敷きにして作っています。閉じる時は勝手に閉じていくんですけど、コンプレッサーや空気のチューブの関係で、エラーが出ることが多くて、それ以降、自動で動くギミックを使うのではなく私自身が仕組みとしてパフォーマンスをするアイデアが生まれました。

飯岡:対象に合わせて作品毎にアプローチを変えていますが、牛の屠殺についての作品(《食肉の流通経路》2014年 )は、屠殺の作業をしている人の動きを動詞で書き出して、それをものに対する動作に置き換えたものでしたね。


《食肉の流通経路》2014年

:そのときの担当の教員がアーティストの金氏徹平さんだったんですけど、私は何も伝えずにずっと作っていて。パフォーマンスの最後に、木材を吊るしてノコギリで切るんですね。そこでプラーンって2つに分かれた時に「牛に見えた」と言っていて。木を切るのもそうですし、例えば内臓を裂いた瞬間の感触は知らなくてもその瞬間を見ることで結構想像ができますよね。見ることによって、感触がトレースできる。そして「牛に見立てられたもの」が木材や布という本来の素材に戻るというのがこの時にあって。これはその後の下敷きになっています。

パフォーマンスの時に、観客は私が何をしているかは全然わからなくて「何も考えないでやっているかもしれない」と感じるかもしれない。そうならないように「けど多分何かあるんだろう」と思えるように注意を払っています。

飯岡:2017年に「迎英里子のフィールド・アスレチック」という文章を書きました。迎さんの作品は一見、教科書に載っている図説のようなものに見えるのですが、そうではなくて「何をしているかわからない」ことが重要なんです。見ている中でだんだん理解できることもあるし、あるいは理解できないままかもしれない。けれど、そういった動的な過程が鑑賞者の中に起こる。迎さんが対象についてアプローチしていくと同時に、お客さんもそのパフォーマンスを通して何かの対象にアプローチするようになっていることが重要だというように論じました。