進化した美術の未来像を描く「美術未来予想図」
「美術」という枠組みとか意味なんて、どうでもいい。この何か特別感のあるような堅苦しい文字も、新しく更新すればいい。しかし、今の時代に、これまでの美術から固定概念に捕らわれない美術が、未来につなぐ大きなツールになることを全肯定する。(村山修二郎『子どもと美術教育』より)
「美術未来予想図」は美術家・村山修二郎が美術の未来を想像し、進化した美術のあるべき未来の図や仕組みを創造していく活動のこと。新たな「美術」が、これからの社会形成や教育に大きな役割と可能性を秘める重要なものであることを多角的に見つめていく取り組みです。村山が言う「美術」とは、アートや芸術作品ばかりでなく、自然の風景や日常にある言葉や音色。あるいは、文化・風土に息づく美や、それらをなす術や方法、姿勢などをも含みます。
植物が持つ凄みと可能性
村山はこれまで様々な地域でリサーチを試み、その土地の自然やそこに住む人々と向き合いながら、植物を介した制作やアート・プロジェクトを展開してきました。地域の植生をリサーチして読み解き、アートに見立てて巡る「植巡り」、野山の花や葉、実などを紙や壁に手で直接擦り付けて描く「緑画(りょくが)」など自ら考案した手法によって、植物に内在する初源的な力を描出しています。
村山が植物を介した表現や地域での活動を制作スタイルとするのは、植物の凄みやその可能性を直に感じているからだと言います。
「植物はそのものを描くだけで、見続けるだけで凄みを感じる。作家として様々な表現方法を模索する中で、植物というものがようやく腑に落ちてきた。植物から学ぶこと、それを誰かと共有したいという感覚が生まれてきた。植物の可能性を、自分のものだけにしておきたくないんです」
秋田で向き合う「地域」「美術」「教育」
村山は2018年に秋田公立美術大学に着任。植物を介した表現活動とともに、「美術未来予想図」をテーマとした活動を授業内外で試み、2018年度は『子どもと美術教育』、2019年度は3つの地域での活動記録を冊子『地域と美術と教育―地域社会の中で美術からの学びが創造的に連鎖する可能性―』にまとめました。
村山が美術教育で重視しているのが、自然物(主に植物)はすでに芸術作品であるということ。この考えを美術教育や造形表現の活動の軸としています。「自然界にあるすべてのものがすでに完成されたデザインであり、進化を続けているデザインと形、色彩や素材感含めて、美術的教育は教科書と室内だけのものではない。身近な自然から学べる要素が十二分にあることを理解して、美術の教育に活かすことを重視。子ども時代に受ける自然体験と、美術教育からの五感の活性化の意義は重要です」と話します。
2019年に舞踏家・ダンサーの池宮中夫氏を講師に迎えた特別講座「アイディア・感覚から身体技法へ」では、大学構内や近くの海岸でおこなったワークショップによって学生は自分自身の感覚器官を刺激。それにより、「壮大な砂浜と海の音と風を感じながら、身体を意識していく行為は自分というものに向き合うことの自然さと必然さを意味しているようであった」と村山は語ります。
続くパフォーマンス「手足は野生を礫と呼ぶーWhereabouts do you―」では、村山が砂浜に打ち上がった漂流物から海藻が付着して絡まり合ったロープやブイなどを用い、海岸の無数の塵を天体や有機的な自然物に見立てて制作。この村山のインスタレーションと対峙した池宮氏が、大学構内でパフォーマンスを繰り広げました。
村山は「身体を介したワークショップには、呼吸法、自身の身体の理解や気持ちの発散、新たな自分の発見、感性の目覚めにもつながる可能性がある。身体の持つ可能性とアーツとしての面白さなどが多角的に感じられる時間になった」と振り返ります。
地域と自然から学ぶ
白神山地の麓に位置する藤里町でおこなった映像ワークショップ「Fujisato●REC」の講師は、秋田公立美術大学客員教授で東京藝術大学教授のアーティスト・中村政人氏。白神山地の自然を巡り、地域住民との交流を通して地域資源をリサーチして映像制作をおこなった3泊4日のワークショップでした。
「地元住民との交流は、対人としての関係を考え知るかけがえのない機会。現代の生活や生き方についての思考はリアリティーを持てる貴重なもの。日本の様々な地域に赴き、五感を研ぎ澄まして言葉を聞き学び、地域から発見をすることは実に楽しいことであり、ありがたいこと」と村山。藤里町での3泊4日の滞在とリサーチは、学生の心にどう響いたでしょうか。
プロジェクトによって地域社会とつながる
秋田市大森山動物園と秋田公立美術大学が連携して進める「大森山アートプロジェクト」の一環として、2019年7月、大森山公園の片隅にある杉林に期間限定で「あそび×まなびのひろば―杉迷路―」が誕生しました。遊びの中で学び、学びの中から新たな遊びをつくる創造的な広場にしようと村山が企画。地域プロジェクト演習を履修する学生が「彫刻の森」界隈にある杉林をリサーチし、その地形をもとに景色を生かした「杉迷路」をデザイン・構成しました。
「場で遊び、空気に触れ、木漏れ日に照らされ鳥などの鳴き声を聞き、草木と土の香りを感じるコミュニケーションは創造的だ。杉迷路によって、様々な発見と学びを得て眠っていた感性を呼び覚ます未体験の機会を提供できたのではないか。参加学生も外に踏み出し、プロジェクトによって地域社会とつながったことでこれからの活動に連鎖し、飛躍するきっかけや表現の源泉のひとつになったと思う」と村山。
「自分を開くこと」「地域から発見すること」「外に出ること」。3つの地域での活動によって学生が得たのは、純度ある感性の高まり。これらが創造的に美術や生き方にも連鎖していく可能性を今後も導き出していきます。