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菅江真澄の行為をトレースすることで
身体的に、時空を飛ぶ

2020.06.17

【ARTS & ROUTES展インタビュー①吉田勝信】
「旅と表現」を主題として、菅江真澄の旅の軌跡をたどるプロジェクトから始まった「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(11月28日開幕)。本展のメインビジュアルは、吉田勝信によるフィールドワークとリサーチによって生み出されました。時空を超えてデザインへと落とし込む、その手法とはーー。

グラフィックデザイナー 吉田勝信が、
時空を超えてたどったデザインのプロセス

様々な領域のあわい(間)に存在する現代美術をあらためて意識し、「旅と表現」の現在を問う「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(2020年11月28日開幕)https://www.artscenter-akita.jp/artsroutes/。プロジェクトベースの活動やリサーチ、プロセス、出来事や時間などかたちを持たないものを展覧会へと描き出す新たな試みです。アーティストや研究者らが作品制作や研究活動から主体的に立ち上げた複数のプロジェクトが、現在、展覧会に向けて進行しています。

本展のビジュアルデザインを担当するのは、山形県在住のデザイナー 吉田勝信と梅木駿佑、土澤潮(JOURNAL 1号のみ)、北村洸。表現者たちの濃密な言葉、出来事、時間を凝縮し、旅と表現の軌跡を公開するJOURNALでは、思考や出来事だけでなくそれらに通底するイメージを紙面に可視化しました。なかでも、これまでメインビジュアルを担ってきた吉田勝信は、それぞれに進行するプロジェクトに対してデザイナーとしてどう向き合ってきたのでしょうか。フィールドワークとリサーチによって、デザインをどのように生み出してきたのか、本展におけるデザイン制作のプロセスを聞きました。

▼「JOURNAL」郵送受付フォームはこちら
https://forms.gle/eGfMMRvuuFrpheWR9

制作途中の JOURNAL 1号

フィールドワークとリサーチを手掛かりとして

切り抜く、削る、刻む、押す、彫り込む、染める、書く、描くーー。文献を調べ、野山で素材を採集するなどフィールドワークを重ねるその「手」と「身体」から原初的なかたちを生み出していくのが、吉田勝信のグライフィックデザイン。「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」においても、デザインの手掛かりとなったのはフィールドワークとリサーチでした。

「山や年中行事、祭事などのフィールドワークはいつも趣味のような形でやっています。グラフィックデザインの仕事においても、クライアントからの案件に対して、例えばクライアントの仕事が人の営みや民俗的にどんな意味があったのか、それに関わる実物や文献をリサーチして現場と向き合います。今回は秋田や山形の友人たちと菅江真澄の足跡をたどってみようと車を走らせたり、市神様や人形道祖神を見に行ったりしました。そうやってルートをたどりながら、菅江真澄をどう展覧会に接続させていくのかを考えていました」

吉田が大切にしているのは、表現やその制作過程、流通といったものづくりに関わる事柄を地域文化と接続させていくこと。その吉田の手法が、本展のグラフィックデザインにおける土台となりました。

江戸時代後期の紀行家・菅江真澄の軌跡をたどる旅先にて

真澄の行為をトレースすることで
身体的に時空を飛ぶ

「アーティストの長坂有希さんは、真澄が描いた『木』に着目して、『写す』ことによって真澄自身と彼が描いた『木』に接近しようとしていました。彼女が試みたように僕も真澄の行為をトレースすることから始めようと思いました。当時はグラフィック的にも展覧会としても、真澄とは何なのか、何者なのかがまだ漠然としていました」

吉田がトレースしたのは、真澄の足跡だけではありません。見聞きした事柄を絵と文章とで記録した真澄の行為、そのものでした。

「真澄と同じような道具で文字を書いてみたり、絵を描いてみたり。そうやって同じモチーフを描いていると身体的に時空を飛べるんです。真澄が生きた江戸時代と僕のいる現代とのはざまが無くなる。あわいが生まれる。これは福島県三春市の張り子職人さんが言っていたことなんですが、三春のお祭りに七福神の舞があって。ひょっとこ踊りができないと家が継げないと言われているほどで、何百年と同じようなことをずっとやり続けているんです。踊りを振り付ける時の出来なさとか、熟練していく肉体の経験とか、踊っていて息が上がってきて毎回同じところの振りが辛いとか。そういった身体性は数百年(きっと数千年)変わらず先祖たちの感情や思考と重なっていくんだと聞いたことがありました。そういうこともあって、身体的に同じことをしていくのは手法として今回は有効だと思いました。真澄の行為を忠実に、とまでは思っていないけれど、トレースしていく手法をきっかけとしたことが僕にとっての入り口となりました」

ワラの隙間から顔がのぞく

湯沢市岩崎地域の水神社近くに立つカシマサマ

毎号、変化していくプロジェクトの糸口が掴めず悩みながらも、展覧会の運営やプロジェクトを観察することで徐々に輪郭線が見えてきたといいます。

「キュレーターの服部浩之さんが現代美術というものを『菅江真澄』で切った断面が、東北や秋田に住む人々やお客さん、参加するアーティストや人類学者、哲学者などの入り口になりました。その断面に潜り込む方法として、僕自身も真澄とグラフィックを接続させなければなりませんでした。グラフィック的にやったらどうなるかなと。考えるだけでは薄っぺらいものになりそうで、何か糸口が欲しいと思っていました。真澄の行為をトレースすることをきっかけとして、もやもやしながらも一歩を踏み出していった感じです」

出展作家であるアーティスト、人類学者、哲学者などの思考と表現のプロセスを公開しているJOURNAL。その第1号のデザインは、真澄の行為をたどることを糸口として遭遇した時空のあわいから生み出されたものでした。

フィールドワークから生まれたディスクリプション

カシマサマの姿を和紙に墨で描いていく

JOURNAL 1号(2019年11月発行)

「メインビジュアルを人形道祖神としたのは、境界に立つものという意味があったからです。境界に立っていて、こちらを見ている。プロジェクトによってはずっと境界に留まるものもあるし、越境するもの、こちら側に帰ってくるものもあります。少なくとも『あわいをたどる旅』は境界から始まったと思います。そのようなモチーフは民俗的にはいろいろなものがありますが、人形道祖神は土着性のあるモチーフで、真澄との接続やJOURNALの始まりとしても、グラフィック的にも目に止まるし、これをきっかけにフィールドワークした時にも驚きがあるだろうと思いました。諸々の要件を重ねていった時にちょうどいい存在が人形道祖神でした」

道のない状態をそのままに。
まるで、森の中を歩くように

JOURNALはA1ポスターサイズの仕様として、オモテ面をポスター、ウラ面をJOURNALとして構成することに。メインビジュアルを担当する吉田がチームを組んだのが、同じ山形在住のデザイナーである梅木駿佑と土澤潮、北村洸でした。

「今回初めて行った試みのひとつが、同じ山形在住のデザイナー同士でチームを組んで制作したことです。同じような職能を持つ人間でひとつのものを制作するとなると、制作への態度やソフトやフォントなどの環境の違いが大きく出ます。そこで、梅木さん、土澤さんと同じ日に作業日を設けて、『ワークショップ的につくることができたらいいね』と。実はお互いのことは知っていても、デザイナー同士でチームを組むことはこれまでありませんでした。3人はそれぞれに方向性が違い、得意なことも違っています。展覧会へと動いているプロジェクトもそれぞれ持っている性質や方向性がまるで違い、プロジェクト自体が今後どうなっていくのかも分からない状態でした。そこをきれいに整理整頓するよりも、紆余曲折しているリアリティをそのまま吐き出したほうがいいかなと思いました。正しい道順なのか彷徨っているのか、太陽を目印に、道のない森の中を歩くようにテキストを読んでいくのもいいのではないかと思いました」

JOURNAL(ウラ面)は整然とした文字組みをあえて切り刻み、貼り付けていく

縦横無尽に巡らされたテキストは、道なき道を歩くよう