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自分の弱い部分を隠していたのでは、今の作風は生まれなかった。ー アニメーション映像祭「Now Playing」招待作家インタビューVol.1 水尻自子 ー

秋田公立美術大学の開学10周年記念展に合わせ、サテライトセンターとギャラリーBIYONG POINTにて開催中のアニメーション映像祭「Now Playing」。会場では学生の短編アニメーション作品のほか、ご賛同いただいた映像作家・水尻自子、新井風愉 両氏の作品を特別上映しています。本展ではアニメーションを表現手段のひとつとする学生に向けて、両氏へのインタビューを実施しました。Vol.1は、身体や身近な物体をモチーフとして、感触的に表現するアニメーションが人の心を捉える水尻自子氏のインタビューです。

水尻自子《不安な体》2021

唇や脚など身体の一部や身近な物体をモチーフに、感触的なアニメーションを制作する水尻自子さん。本展では、《布団》《幕》《不安な体》の3作品を特別上映しています。ぬるぬるとしたゆるやかな動きや、見ていて体がむずむずするような感覚を抱かせる水尻さんのアニメーションは、どのようにして生まれたのでしょうか。

毎日お尻の絵を描いていたら
「それ、ちょっと面白いね」と

ーー 私はもともと、何をしようか、何をしたいのか分からないまま、目標もずっとないままにデザイン科に入りました。いろいろな分野のデザインを一通り勉強するカリキュラムをこなして、あっという間に2年になって卒業制作をする時期になりました。それまでは、自分が映像をやるということはまったく考えたこともなくて。何を卒業制作にするかぜんぜん決められず、なんとなく、コンプレックスだった「水尻」の苗字に引っ掛けて毎日とりあえずお尻の絵を描こうということになり、日々お尻を描くという不思議な行動が始まりました。

自分でも訳が分からないままお尻を描いていたのですが、先生だった伊藤ガビンさんが「それ、ちょっと面白いね」と言い出して、自分で「あれ?これ面白いんだ」と。毎日毎日描いていると、思いも寄らない形やポーズが出てきます。量を描いていくなかで、面白いもの、見たことのないもの、これまで感じたことのないものが自分のなかから出てきました。それをどう作品にしたらいいか悩んでいる時に、ガビンさんに「アニメーションにでもしてみたら」と言われて、じゃあ、と思ったのが最初です。

自分が描いた絵が動くって、面白い

ーー それまでは、アニメーションや映像の授業は受けていなかったので、手探り状態で、ほぼ独学でつくることになりました。アニメといったら子どもの頃にパラパラ漫画をノートの端に描いていたことを思い出して、少しずつずらして描けば動くという知識しかなかったので、一枚一枚描いてアニメーションにしてみました。

実際に動かしてみたら、自分の描いた絵が動くって、やっぱり面白い。それは誰もがアニメーションを初めてつくった時に感じることだと思うんです。独学だったので、一枚一枚描いていくうちに、「この間にもう一枚入れたら、もうちょっとゆっくり動いてみんなに見てもらえるんじゃないか」と考えたりして、今の作風にもつながるゆっくりさが最初からありました。

多分、そこからだと思います。ハマったというか、無心になれる。線を引く作業が好きだし、私にとって無になれる時間。線を引いている時間や行為が、気持ちいい。さらにそれが動いていくのが面白くて、作業をする手がどんどん進んでいったというのがアニメーションの最初の体験です。先生に「これ面白いね」と言ってもらって、これが面白いということなんだと感じましたし、作品ってこうやってつくるんだ、作品をつくるってこういうことなんだと実感できました。こういった体験のなかで、この手法が私に合っているんだと気づきました。だから、いつも苦しくて死にかけながら描いていますが、これまで続けてこられたのだと思います。

アニメーションを描く行為は、自分の内面とつながっているからこそ、制作を続けることができていると語る水尻さん。そこから生まれたのが、ゆるゆる、ぬるぬるとした水尻さんならではのアニメーションの動きでした。唇や手や脚、お寿司のネタなどの食べ物の動きと感覚が連鎖していきます。2021年に制作した《不安な体》は、気持ちのいい感覚だけではない、不穏な空気が漂う作品でもありました。

やわらかな線とモチーフがゆるやかに繋がり、
連鎖していく

ーー 私がアニメーションを描く行為は、座禅を組んでいるような、無の世界に近いものなのかもしれないです。制作していくことは誰にとっても苦しいことだから、アニメーションをつくるのは大変、とはあまり言いたくないのですが、作業は確かにしんどい。けれど、それでも不思議とまたつくりたいと思ってしまう。線を引くのが好きで無心でやれるけれど、しんどい、でもまたつくる。その繰り返しをしていたら続けてこられたというのは、とても幸運だったのだと思います。

《布団》(6分3秒)は脚や手、つま先や唇、舌といった身体の一部と、寿司のネタや箸などがやわらかな動きのなかにも次々と連鎖していくアニメーション。国内外の映画祭で高く評価され、転機となった。
やわらかな線とモチーフがゆるやかに繋がりながら描かれていく《幕》(5分26秒)。「感覚と連鎖」を軸にしたアニメーション。第64回ベルリン国際映画祭短編コンペティション部門ノミネート作品。

言葉ではなく、皮膚感覚で伝わる気持ちよさ、
不安や不穏な気配

ーー アニメーションはほぼ独学だったので、こうやって線を引くとこう動く、というのを教わることもなく、自分のなかに少しずつたまっていきました。私は言葉にするのが苦手ですが、気持ちのいい動きというのは言葉ではなく皮膚感覚で共有できるものなので、「こんなやわらかさ、みんな気持ちいいだろうな」と思いながら描いています。やわらかいものって、誰でも触りたいじゃないですか。やわらかいものを感じて、みんなやさしい気持ちになろうよ、という感じにつくっています。

一方で、《不安な体》は、そんな気持ちよさにそれだけではない何かをプラスしたくて、痛みや刺激的な感覚を加えてアクセントにした作品です。身体や身近なもののモチーフに加えて、ただの線だったり図形だったり、実際の空間にはないものを加えて画面のなかでいっしょくたに混ぜ合わせ、感触的に動かしていきました。感じたことのある感覚に異物を混ぜ合わせることで、感覚的に不安にしていく、そういう作品でした。気持ちよさだけではない、不穏なものも織り交ぜたくて。

《不安な体》(5分47秒)は、身体にとって普遍的な感覚を意識して制作した作品。身体と質感、形、その感触を通してやわらかさや痛み、不安、不穏などを感触的に描き出した短編アニメーション。カンヌ国際映画祭の監督週間でプレミア上映されたほか、数々の映画祭にて受賞。

ものや形の質感や感触、見ていて体に伝わってくるかのような皮膚感覚……。そんな水尻さんの作風のベースは、アニメーションをほぼ独学で学んだ学生時代にありました。水尻さんが作家として、制作する上で大切にしているのはどんなことでしょうか。学生時代に大切なことは、何なのでしょうか。

アイデアの量と面白さは比例する

ーー 私の場合、たくさんお尻を描いたことで見えてきたというのがありました。学生時代、授業ではアイデアをたくさん出してからまとめていくというのをずっとしていたので、振り返って思うのは、アイデアの量と面白さは比例する、ということ。たとえ1日でいいアイデアが浮かんだとしても、1日考えただけのアイデアよりも、たくさん考えて出したアイデアのほうが結果的に面白い。そして、私が師匠であるガビンさんに「面白い」と言われたいから頑張ったように、「それ面白いね」と言ってもらえる人の存在は学生にとって大切なのだと思います。私にとってはガビンさんの存在が大きすぎて、卒業してからもとりあえずガビンさんに見てもらうという時期が続いて。面白いと言ってほしい人がいるというのは、ひとつの目標になるのだと思います。

自分の弱い部分を隠していたのでは、
自分の作風は生まれなかった

ーー 卒業制作は、本当に反省ばかりです。私は短大卒業と4大卒業の2回卒業制作をしていて、《しりプレイ》ではキャラクターもなく物語でもないアニメーションをどう構成するかという課題がありました。面白い動きだけを集めてまとめるだけだとつまらないから、どういう構成にすれば一本の映像作品として成立するのかを考えて、それは今も常に、それを考えながらやっています。お尻がひとつあって、増えて戻ってではなく、作品独自の構成を考えることが作品のクオリティーにつながるのだと意識してつくっていったのですが、自分のなかではうまくいかなくて。数の増減と分かりやすい抑揚に頼ってしまった、という反省がありました。《かっぽ(kappo)》ではそれを踏まえて構成の課題と闘いながらつくったけれど、やはりうまくできなくて。卒業してからも卒制の反省をずっと引きずって、社会人になってからつくったオリジナル作品でだんだんそれを克服していってます。少しずつ、自分で納得のできるやり方になってきたかなと思っています。卒業してデザイン会社に勤めていたり、映像をやったり、彫刻をしている友人たちも、みんなそれぞれに卒制を引きずっているのを感じます。初心と言えば初心なので、そこを忘れずにみんなやっていますね。

私は画力に自信がないのですが、そういう弱い部分を隠していたのでは、自分の作風は生まれなかったと思います。弱い部分を隠さずに、画力のなさを正直に見せながら動かしてきました。だから学生には、自分の弱い部分を大切にしてほしいし、自分に正直でいてほしいと思いますね。
目標や夢というものはずっとなくて、今の自分にできることを突き詰めて続けていくことで、たまたま今につながってきました。それはとてもラッキーなことだったのですが、夢を抱いて光を見るよりも、今やれることをしっかりやっていければいい。学生時代は先のことが見えにくくて苦しいけれど、今やれることに情熱を注ぐことで、感覚的に自分に合ったものを見つけていって、それが何かにつながっていくのだと思います。

Profile

映像作家

水尻 自子 Yoriko Mizushiri

体の一部や身近な物体をモチーフに感触的なアニメーションを制作する。文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞、ベルリン国際映画祭短編コンペティション出品、カンヌ国際映画祭上映など。 http://www.imoredy.com/

Information

秋田公立美術大学10周年記念アニメーション映像祭「Now Playing」

「Now Playing」(PDF)
「Now Playing」会場MAP(PDF)

●会期:2023年7月6日(木)〜8月7日(月) ※会期中無休
●会場:
秋田公立美術大学サテライトセンター(秋田市中通2-8-1フォンテAKITA6F) 開館時間:10:00〜18:50
秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内) 開館時間:9:00〜17:30
●入場:無料
●主催:秋田公立美術大学、NPO法人アーツセンターあきた
●企画制作:NPO法人アーツセンターあきた
●協賛:TDK歴史みらい館、CNA秋田ケーブルテレビ
●協力:TDK歴史みらい館、CNA秋田ケーブルテレビ、インター・カレッジ・アニメーション・フェスティバル実行委員会、株式会社ゼロニウム
●助成:公益財団法人野村財団
●後援:秋田市、秋田市教育委員会、秋田魁新報社、朝日新聞秋田総局、毎日新聞秋田支局、読売新聞秋田支局、秋田経済新聞、NHK秋田放送局、ABS秋田放送、AKT秋田テレビ、AAB秋田朝日放送

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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