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秋田県内の高校生が美術の達人から学ぶ「現代美術実践講座(空間に描く)」レポート

秋田県と秋田公立美術大学は、秋田県内の中学生・高校生を対象に「現代美術実践講座」を実施しました。講師には青森県出身の美術の達人・藤森八十郎さんをお迎えし、最終日には秋田市文化創造館のスタジオAで展覧会を開催しました。5週にわたった講座と展覧会「現代美術実践講座展覧会(空間に描く)」について、スタッフの須田菜々美がレポートします。

1|オリエンテーション

現代美術実践講座の大きな特徴として、美術の達人・藤森八十郎さんに講師を務めていただきました。藤森八十郎さんは青森県を中心に活動しており、過去に参加した展覧会に「十和田・奥入瀬芸術祭」、「Flower」(十和田市現代美術館)、「超訳 びじゅつの学校」(十和田市現代美術館)があります。ここでお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、藤森八十郎は美術家・秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻教授の藤浩志が名乗る架空の人物です。
講座に参加したのは高校生14人。それぞれが普段からイラストを描いたり、高校で美術を学んだりしていて、美術に親しみのある学生です。
講座は1月13日から毎週土曜、5週間にわたって開催され、最終日には秋田市文化創造館のスタジオAにて展覧会を一般公開することが事前に決められていました。これからどんなことが始まるのか。集まった参加者はそわそわした様子でした。

初回はオリエンテーションとして、最終的に展示発表を行う場所である秋田市文化創造館のスタジオAに集まりました。スタジオAは383.64㎡。体育館より小さくて教室より広く、天井は吹き抜けの3階よりも高い。美術館や学校とは違った大きな空間です。
藤森さんは現代美術実践講座について以下のように話します。
「中高生のうちだからこそやってほしい講座。すごいものができるとは思っていないし、すごいことをやれとも言わないので、自由にやること。できるだけ、やったことのないことをやる」
「何でも自由にしてよいが、他人が同じように自由にする権利を奪ってはいけない(他の受講生やスタッフ等)。また、会場の現状復帰ができる範囲で行うこと」
「僕は今回、みんなのやることをダメと言うことは決してない、多分」

学校で学ぶ「美術」とは違った自由な制作、与えられた大きな空間、展示機会。14人の高校生と藤森八十郎さんによる現代美術実践講座が始まりました。

2|制作日①

この日から秋田駅前のフォンテAKITAにある秋田公立美術大学サテライトセンターに場所を移し、いよいよ制作……ではなく、藤森さんに課されたワークに取り組んでいきました。初回のオリエンテーション終了時、参加者にペットボトルを持ってくるよう藤森さんから話がありました。「ペットボトルは何でできているのか?」藤森さんは参加者に問いかけます。
ペットボトルを細く切り、紐状にします。できた素材を今度はデッサンルームに飾っていきます。イスにくくりつけたり、机同士を繋げてみたり…。完成したら自分のノートにスケッチし、さらに5分間、隣の机の人と互いにどんなことをしたのか話し合います。
短いスパンで手を動かし、図にして、言語化して、伝える。決められたプロセスで瞬発的に生まれた形は、普段作ったり描いたりするものとは違う、潜在的なものなのかもしれません。また、話し合いは毎回違う相手とペアになるよう組まれました。誰と話すか、どんな関係の人と話すかが表現や言葉に影響をもたらすと藤森さんは言います。

ペッドボトルの紐は他の素材と比べてどんな結び方ができ、どんな効果が生まれるでしょう

午後は藤森さんから新たに長さ15cmほどの木片が配られました。まず10分かけて一面をペンで真っ黒に塗りつぶし、他の面にも何かしら手を加えるよう指示がありました。塗り終えたらデッサンルームを出て情報発信コーナーに集まります。この時、ギャラリーと情報発信コーナーでは、秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科修士課程1年研究経過展が開催中。空いたスペースにみんなで輪になり、モノと空間について考えていきます。木片を使って、6つのお題に答えました。

1. 黒い面を上にして並べる。最初の1人に続く関係性を意識しながら置く。
2. 好きな面を上にして並べる。関係性を意識しながら。
3. 他の人の木片と1m離して設置してみる。
4. 他の人の木片と66cm離して設置してみる。
5. 1人の木片を基準に、関係性、展示を意識して設置する。
6. 情報発信コーナーの好きなところに置いてみる。

これまで作品を展示したことがある人もない人も、丁寧にモノとモノ、モノと空間のバランスを測っていきます。首を傾げながら、迷いながら、そっと倒れないように置いていきます。自分より先に置いた人に合わせると、この状況だと、このメンバーだと、自分はどう置こうか。
どのように置いても、藤森さんから不正解だと直されることはありません。

夕方にはみんなでもう一度、秋田市文化創造館に向かいました。この日のスタジオAは、PARK-いきるとつくるのにわ 展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」が開催中。スタジオAに入る前に藤森さんから「作品や展示の『なにを、どのように』のうち、『どのように』に注目すること」という指示がありました。大きい紙はどうやって壁に固定されているのか? 吊りバトンはどのように使われているのか? いつも通りの鑑賞ではなく、作る人、そして展示をする人の視点を持って鑑賞します。

3|制作日②

この日も藤森さんからのワークに答えていきます。
鉛筆でただ軽く紙を押さえる動作を、感情の変化に合わせて繰り返します。思っていたイメージとは違う図が紙に現れても大丈夫。聞こえてくる子どもの泣き声や自分の鼓動に鉛筆の動きを合わせます。情報をインプットしているときに自分の体はどう動くのか。無意識な手の動きを藤森さんは「手のボキャブラリー」と言いました。
ワークではこのように、感覚とフィジカルの動きを合わせるトレーニングを行いました。動いている姿、ではなく動きのイメージを線で描いていきます。
この部屋に5歳の自分がいるとしたら? ある山に100人の同世代が遊んでいたら?

午後には先ほどまで頭の中で想像していたデッサンルームの空間で、養生テープを使って遊びます。1人にひとつ、白い養生テープが配られました。
椅子をぐるぐる巻きにしてみる人、同じ貼り方を繰り返してみる人。手の動くままに養生テープを引っ張り出します。完成後、今まで話したことがない人同士で意見交換を行いました。

「拘束してるの」「拘束に拘束…」「でもかっこいいよ」「いろいろ(感想が)あるんだけど、なんだろ、わかんない。どこから始めたの?」「このぐるぐるしてるところ」
「デッサンルームにしがみつく虫です!」「5倍くらいつけたかった」「写真撮りたくなるね」「永遠に作れって言われたら作れちゃう」

4|制作日③

この日は前回終了時に課された宿題の発表から始まりました。宿題は「自分が参考にしたい作品、作家について調べる」ことでした。どんな作品を作りたいか、まず自分の好きな作品を分析する必要がありました。
午後は展覧会に向けて各自制作を始めます。スタジオAで何を行うのか。それぞれ持参した素材や自身のメモと向き合います。

藤森さんはこの日まで、参加者にどんなものを作りたいかと聞いたことはありませんでした。今回初めてヒアリングの時間が設けられ、参加者たちが触っている素材で何を目指しているのかを知ることができました。
藤森さんからは、「何をどのように表現するのか」のうち、「どのように表現するのか」に重点を置くようにと話がありました。描くものを優先するのではなく、どう作るのか。ヒアリングでは、一人一人が用意した素材やメモを藤森さんに見てもらいながらアドバイスをもらいました。

ニードルフェルトをこねてイメージを成型します

5|設営日①

2月10日は、展覧会に向けて搬入、制作、設営をしていきます。各自で設営を始める前に、まず全員で5分間、スタジオAをぐるぐる歩いて観察しました。その場に立って空間を観察することで、自分の作品がどこにあったらいいのか、光の当たり方はどうかを判断します。

みんなで場所を相談し、展示計画に対して藤森さんからアドバイスをもらったら設営スタートです。会場に入ってから必要なものを思いついたり、吊りバトンの高さを何度も調節して何本かの紐の長さを決めたり、展示はなかなか一筋縄ではいきません。「どのように表現するのか」を達成するため、他の参加者やスタッフ、藤森さんに力を借りながら進めていきます。

6|設営日②、展覧会

朝10時の集合時間よりも早く会場に着いた参加者は、朝の明るい光が差し込む静かな会場で、一人一人、黙々と設営を進めていました。13時の展覧会オープンギリギリまで作品の調整を行います。
13時に開場、の予定でしたが、調整に時間がかかり、13時10分を過ぎた頃ようやく開場することができました。参加者14人の作品が無事にスタジオAに並びました。

14時からギャラリートークを行いました。全ての作品を作家の言葉で紹介していきます。これまでの実験や空間の観察から生まれた発想から、自分はなぜこのように表現したのか、プレゼンテーションを行います。また事前に参加学生同士で決めたペアで、お互いの作品を紹介し合いました。

《扇風機と女の人》村山さんは女性の横顔の絵の横に扇風機を置き、スイッチを入れ、風を浴びる様子を表現しました。「(空間に描く)っていうのをどうやって表現しようかと思って、自分の描いたイラストを動かすという表現をしたくて考えたらこの作品ができました」
ksさんは大好きな黄色と、黄色を目立たせる黒の二色を使って空間を展開しました。マットなビニールテープを壁に交互に貼ったり、似た色のお菓子のパッケージやゴーグルを壁に貼り付けました。タイトルは《イエロー》とし、素直に黄色への愛を表現しました。ギャラリートークではペアの佐藤舞佳さんから「黄色は警告色で危険なイメージもあるが、加藤さんのこの作品は黄色への愛があると思う」とコメントがありました。
池田桃香《翼をつけたい》(画面中央)
樋口真生《おともします》「よかったらあなたと一緒にこの空間を歩かせてくれませんか だっこもだいかんげい!」(キャプションより)

ギャラリートークでは、これまでの講座の中で得た空間への意識、素材への意識を念頭に制作した作品を言葉で説明することで鑑賞者と共有しました。
ギャラリートークの終わりには、講師をしていただいた藤森八十郎さんからコメントがありました。
「講座では、前半は無駄な実験・対話をしてもらい、制作をする前の時間を多くとりました。中高生は、感性がいろいろなものを吸収し、模索していくのにとても大事な時期です。表現する力が必要になるとき、周りの人が困ったときに、自分がどれだけイメージをもって活動していくかが大事。そのために、技術を身につけていってほしいと思います」

約3時間の展覧会は16時をもって閉場しました。
片付ける前に、藤森さんと参加者14人で記念撮影。設営は試行錯誤であれほど時間がかかったのに、片付けは一瞬です。全ての作品や掲示物をまとめ、スタジオAの現場復帰を終了したのち、現代美術実践講座は全ての日程を終了しました。

藤森八十郎さんを囲んで

Profile 講師プロフィール

美術の達人

藤森八十郎 Hachijyuro Fujimori

青森県出身。青森県拠点に活動する美術の達人。過去に参加した展覧会等に、「十和田・奥入瀬芸術祭」、展覧会「Flower」(十和田市現代美術館)、「超訳 びじゅつの学校」(十和田市現代美術館)がある。

Information

現代美術実践講座展覧会(空間に描く)

会 期|2024年2月11日(日)
時 間|13:00~16:00
場 所|秋田市文化創造館2階スタジオA(秋田市千秋明徳町3-16)
イベント|出展者によるギャラリーツアーを開催します。14:00〜 お申し込み不要
主 催|秋田県、秋田公立美術大学
企画・制作|NPO法人アーツセンターあきた
お問い合わせ|NPO法人アーツセンターあきた TEL.018-893-6128(秋田公立美術大学サテライトセンター)

「現代美術実践講座」は美術の達人・藤森八十郎を講師に迎え、2024年1月13日(土)〜2月11日(日)に実施。最終日の展覧会では、秋田県内の高校生14人が秋田市文化創造館の大きな空間で自由に描きました。
※現代美術実践講座の記録は、秋田公立美術大学サテライトセンターのInstagramでご覧いただけます。

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

須田菜々美

山形県生まれ。2023年秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻卒業。
写真と空間、水のあるところについて考えている。

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