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磯崎未菜×小林太陽
「震災以降のぼくらについて」

2019.08.16

BIYONG POINTで8月18日まで開催中の展覧会「singing forever 高砂」と並走してラジオが公開中です。美術家・小林太陽を迎えて収録されたトークでは同世代の二人が自分の“うた”について、また、震災以降の表現について語りました。

「singing forever 高砂」と並走してラジオ配信!

“うた”を扱った表現活動を展開するアーティスト・磯崎未菜の展覧会「singing forever 高砂」。謡曲《高砂》にヒントを得て、場所や時間を超えた2つの土地を結ぶ試みです。

また、今回は展覧会と並走するように、磯崎とゲストが繰り広げるパブリックとプライベートの中間のようなおしゃべりを生配信・アーカイブしています。6月8日「singing foever 高砂 開会報告」、6月9日には美術家・高嶺格をゲストに迎え「ダムタイプと、声と痛みとユーモアと」を配信。7月12日には、磯崎と同年代でうたを扱う美術家・小林太陽とのトーク「震災以降のぼくらについて」が配信されました。トークの様子をレポートします。

磯崎未菜×小林太陽「震災以降のぼくらについて」

小林は、ゲンロン カオス*ラウンジ新芸術校を経て作家活動を開始。自身と石巻で出会った一人の高校生、津波で行方不明になった「濡仏(ぬれぶつ)」との三者の関係性を描いた《お前からはいつだって予感がする》(2019)など、会話をベースにした映像作品を制作しています。また、東京・西荻窪にあるスペース「画廊跡地(旧・中央本線画廊)」の企画・運営も行なっています。
https://yan-a-gawa.tumblr.com/

石巻で制作を行う小林と、仙台を拠点に活動する磯崎。1990年代前半生まれというほぼ同世代の2人がそれぞれの制作活動について話すには、前提として「震災」について話すことが必要でした。

美術家・小林太陽を迎えたトークは、それぞれの表現活動や考え方を探り合うように進んだ(アラヤイチノ)

トークは小林の映像作品《ぬれたほとけ》(2018)から始まりました。軽快なラップと自身が扮する仏像の動きがリズムに乗って進んでいきます。江戸時代に京都から石巻まで送られるはずだった仏像の輸送船が転覆、数十年後に海に浮かんでいるところを引き上げられ、時を経て本来あるべき石巻に戻ったという伝説をもとにした作品です。しかし2011年の震災によって仏像はまた流され、現在その海岸には防潮堤が建っています。戻るべき場所を見失い漂流しているであろう“ぬれぶっつぁん”は、しかし旅行気分なのかユーモラスに問いかけつつ、景色の中に消えていきます。

磯崎と小林。同年代の2人はいずれも被災地と呼ばれる場所で作品をつくっています。磯崎が多摩ニュータウンで制作した映像作品を見た小林が、展覧会場で磯崎に感想を話したのが最初の出会いだったといいます。

小林をトークに呼んだことについて磯崎は、「2人とも東京都出身で、2011年以降に東北に通いながら、しかも“うた”をメディアとして制作している。同年代ということもあり、無自覚に、社会に関して考えていることが共通しているのではないかという興味がある」と話します。秋田公立美術大学近くに位置する空き家の畳の上で、お互いの表現方法や考え方を探り合いながらトークは進行しました。

「綿毛のように“うた”を飛ばすことに抵抗を覚えている?」

「震災直後では聞けなかったことについて、聞いてもいい時期にきたのかもしれない」という磯崎に対して、「震災から約8年経った今、当時のことなどを聞けるようになってきたとは思う。何をもって『震災後』とするのかを磯崎さんに聞きたいし、僕も話したい。直後でも最中でもなく、『後』とすることについて」と小林。

また、BIYONG POINTで開催中の「singing forever 高砂」を観て、磯崎がなぜ今、震災を扱うかについて思いを巡らせたと言います。
「メロディや歌詞がいろいろな場所に流れ、時間を伴って変質していくのが“うた”の面白いところ。磯崎さんの修了制作のタイトル(《綿毛のようにうたを飛ばす》)は、それを端的に言い表したものだったと思う。自分のコントロール下に置けないところにまで歌を飛ばしていこうと活動していたと思うのだが、今回は違う。これまで自分で“うた”を作っていたが、今回は能《高砂》を介して仙台と兵庫の2つの『高砂』を繋げようとしている。“うた”を綿毛のように飛ばすことに抵抗を覚えてるんじゃないかなと思った。作品はそもそも、作者の手を離れて、予期しなかったところへ飛んでいくもの。どういう心境の変化があったの?」