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トークシリーズ「藤さん、今からちょっといいですか?」#5

アーツセンターあきたの理事長・藤浩志と、事務局長の三富が、設立から8年目を迎えるアーツセンターあきたのことを中心に四方山話を繰り広げるトークシリーズ「藤さん、今からちょっといいですか?」。第5回は3月~4月に開催した藤浩志による「かえる、かえる。」を振り返ります。

アーツセンターあきたの理事長・藤浩志と、事務局長の三富が、設立から8年目を迎えるアーツセンターあきたのことを中心に四方山話を繰り広げるトークシリーズ「藤さん、今からちょっといいですか?」。第5回は、藤浩志による「かえる、かえる。」の会期最終日に、会場で「かえる、かえる。」や、秋田での11年間などをふりかえりました。

「かえる、かえる。」をふりかえる

三富
トークシリーズ「藤さん、今からちょっといいですか」の5回目です。よろしくお願いします。


5回目ですか。

三富
本日は、藤浩志・素材と制作と循環を考える現場「かえる、かえる。」の最終日を迎えた、秋田市文化創造館の会場で収録しています。
せっかくですので、約1ヵ月間の「かえる、かえる。」を振り返ってみたいと思います。そして、3月31日をもって藤さんが秋田公立美術大学を退官されました。秋田公立美大の名誉教授と客員教授の肩書きを持ちながらも、常勤としては離れるということになりましたね。その辺りについてお話をできればと思います。

写真:伊藤靖史(以下、「かえるくんとカタルバー」を除いて全て同じ)


1ヶ月は、あっという間ですね。バタバタしてる間に最終日になってしまいました。もうちょっとちゃんと作ろうと思いながら、相変わらず作れず・・・。

三富
できなかったっていうのは、具体的にどのあたりですか。


新作を作ろうと思ってたんですよ。この空間に巨大なものを浮かせることをやってみたかった。最初のうちは新作を作りたいなと思っていて、素材も揃っているからできるかなと思ったけれども、それどころじゃなかった感じですね。それから「かえるラボ」を、もうちょっとちゃんとやりたいなと思ってたんだけど、常時、人がついていないと動かないということの難しさがありました。

一方「かえる、かえる。」で、できたことは、秋田生まれの子たち(トイザウルスたち)が戻ってきて、秋田でちゃんと見せることできたなっていう気はしています。県外での展示機会はあったけれど、秋田ではなかった。秋田はあくまでも「つくる場所」としてあって、発表する場所としてはなかった。秋田には発表する場所はないし、そういう仕組み自体がない。僕が言うのもなんだけど、芸術祭があるわけでもなく。

三富
芸術祭を否定してきましたしね。


否定したというか、芸術祭をやるには(それができる)状況を整える必要があったんですよ。運営するのは本当に大変だから。例えば1人の作家による展示を運営するだけでも大変なのに・・・、例えば千葉国際芸術祭なんかは50人規模で、やるわけですから。会場が50ヶ所とか。50ヶ所なくても、10ヶ所同時に10人同時にやるぐらいの規模でもいいかもしれないけど、なかなかそれだけでも、運営する人材を確保するのが大変です。十和田市現代美術館にいたときに、十和田奥入瀬芸術祭をやりましたが、美術館のスタッフに加えて3人ぐらい雇って、廃墟などを使ってやったけれども大変だったという反省がある。 
今回は空間のデモンストレーションとして、多くの皆さん来ていただいて、楽しんでもらえたのは良かったかなと。

三富
今回、私自身すごく印象的だったのは、ここのスタジオ中はあの何もないときもすごい綺麗なんですけれども、「何もないね」ってネガティブに見られることが少なくない中で、この「かえる、かえる。」の藤さんの作品があると、入口に立った瞬間に、ワーッて声を上げる人がたくさんいたことですね。


みんな声を上げてたよね。

三富
「かえる、かえる。」で、この空間を活かすような体験を作ってくださったなっていう気がしています。


今回はいろんな要素を入れて、観察できるようにしたつもりです。ハッピーセットや破片だけを用いた単一な空間で作る場合もあるんですよ。でも今回は、木材もあるし、ぬいぐるみの皮(注:中の綿を取り出した状態のもの)があったり、ラボみたいなのがあったり、研究室があったりとか、ちょっと試しにキーボード(電子ピアノ)を置いたりしたことで、遊んだり、演奏する人がいたりとか。おもちゃを観察して描くコーナーがあったり、本を読むコーナーがあったり。意外とね、本読んでる人が多かったんですよ。年齢問わずに、若い人も子どもも、高齢の方も、本を読んだり、語り合ったり、この空間で過ごしていただきましたね。 

三富
滞在時間が長かったのも、顕著な傾向だなと思って見てました。


そういう空間のデモンストレーションというか、ちょっと日常とは違うこういう空間があると、過ごしてみたり、体験したり、会話が生み出されていったりとするような、そういう場になり得る感覚はあって、そういうものを実際に作りたかったし、それが実際にできたかなという感じはありますよね。

三富
常設にして欲しいっていうコメントも聞きます。


こういうところが本当に山の中とかにあって、年に1回公開されるような。特別なゲストが来たら開けるとか、そういうやり方ができるといいなという気がするんですけどね。別に日常的にしょっちゅう開ける必要もなくて、こういう空間をどこか作ろうと思ったらできるんじゃないかなっていう気はする。

三富
できる気はしますね。それこそ一昨日、鈴木県知事との話の中で、地域コミュニティをこれまで守ってきたのは祭りだったっていう話がありましたけれども、山の奥でこういうものを年1回公開するっていう祭りがこれからできてきてもいいかもしれないですね。その土地に住んでいる人だけではなくて、いわゆる関係人口の人も集まる祭りとして。


新しいタイプの祭りみたいな、ね。あってもいいかもしんない。
それが芸術祭のようなものに繋っていくという感じになるといいかもしんないよね。

「カタルバー」で語る

三富
約1ヵ月間の「かえる、かえる。」の会期中には、「かえるくんとカタルバー」として、4組のゲストを招いてお話をする機会を設けました。市長と県知事がゲストで出てくださいましたし、それ以外にも秋田公立美術大学の博士課程・修士課程を修了したばかりの卒業生が登壇してくださいました。昨日は、秋田の中で「つくる場所」を運営している小熊さんと中須賀さんにご登壇いただきました。それぞれお話ししてみてどうでした。


これは反省なんだけど、僕は、人の話を引き出すのは上手くないと思っていて。つい自分が話したいことを話しちゃう。いちいち説明が長い。だから申し訳なかったです。何か目的があって話したいっていうことでもなくて、雑談をする中で、何か大事なポイントが見えてくるといいなぐらいの感じでもあった。

秋田市文化創造館は公共施設であるし、一般的に考えると本当に排除されがちな、何でもない場所、何にもならない場所であるけれど、でもこれこそが「つくる人に開いていく場」であって、それが将来の活動に繋がる可能性があることをずっと言い続けてきた。

なにより僕自身が若い頃から、「何かをつくりたい塊」みたいなもんだったから。もっと川を使いたいとか、街を使いたいとか。でも相談する相手もいないし、排除されたり、怒られたり、始末書書いたりする中で、それでもやっぱりちゃんと見てくれる大人がいて、応援してくれる大人がいて、そこで僕自身も育ってきた・・・活動ができてきたっていうのもある。そういうことを何か話したかったなっていう気はするんですよね。そういうことを市長と知事と話すことができたのは良かった。

僕らは前市長、前知事のもとで活動が始まってるわけだけど、彼らはそれをちゃんと受け継いで、次世代の人たちが活動できる現場をどう作っていこうかと向き合っている。
これは美大の話とも繋がるけど、本当に秋田公立美術大学っていう「つくる人たちをつくる」ことを学ぶ場所ができたことの意味は大きい。僕が秋田に来たのも、それがあるし、NPO法人(アーツセンターあきた)もできたし。その意味で美大があるということはすごく重要だと思う。これから先、市の問題よりも秋田県全体、もっと言うと北東北全体のエリアでどうネットワーク作っていって、そこに小さな単位でクリエイティブ人材が張り付いていって面白い出来事がふつふつと湧き上がるような、まさに発酵していくような、そういう状況ができるといいなと思う。そのために、首長が考えることは重要で、そこにもう全く共感してもらえなかったら、おそらく排除されるだけ、潰されるだけになってしまう。

「もう次年度は経済効率のいいものしかやりません」と言われてしまったら、それはそれで、その瞬間は社会や経済が回るように見えるかもしれないけど、その裏でどんどん(魅力的な)人や可能性が離れていくっていうことを知って欲しいなっていう気がしたんですよね。(魅力的な何かを)作りたいと思う人たちが集まってくる状況をつくるのか、あるいは、ここでは無理だと思って離れていっちゃって、ここには消費する人しか集まらない・・・補助金を目当てにする人だけが残っていく・・・みたいな状況をつくるのか。そんなんだとつらいと思うんです。

三富
秋美は、今年で開学から13年経って、作る人を毎年100何十人集めてきて、その内の一部は、地元に残っていますね。ほんの一つまみぐらいかもしれないけれど。


でもそれで十分なんですよ。つくろうとしない限りはゼロですからね。100、1000人集まって10%、いや1%でもいい人が出てくれば、いいわけだから。世の中に影響を与える人って、10年やって10人出てくればいいみたいな話で、もしかしたら地球上で数十年に1人いるかどうかぐらいとも言える。でもそれが、本人の周辺に連鎖していくから、わかんないんだよね。別に誰がっていうわけでもなくて、環境を作っていくから。

今の話だけど100人のうち1人っていうと1%。たった1人だけかとそうではなくて、その100人それぞれに環境があって、それがちょっとずつ変化しながら繋がっている 大きい生態系みたいなものがある。そういう捉え方をするとね、何か全部無駄じゃない。 どういう人であっても、無駄な人はいないというか、必ず何らかの役割があって、「秋田嫌だ」と思って出ていく人もるかもしれないし、美大に合わずに辞める人もいるかもしれないけど、それも含めて何かある状況とか環境を作っている。それが残った人の意識を作っていったりというように、いろんな作用がありますよね。

三富
藤さんが秋田に来られて11年半ですよね、秋美の学生で考えると多分1200人ぐらい。そこに変化の兆しが見えたりするものでか。



「毎年ちょっとずつ変化してる」とか、「だんだん学生の質が変わってきた」とか言う人もいるけど、僕はそういうふうに見てなくて。個別にしか見てないんですよ。もちろん面白い子もいるし、全然会わない子もいるし、色んな子がいるよね。卒業間際になってちょっとだけ話した子と、その後ずっと繋がっていくこともあるし、いろんな関係、いろんなあり方がある。だから、大きな変化はそんなに感じてなくて。

面白い傾向があるなと思っているのは、「一般的じゃない子」という言い方はおかしいけど、例えば典型的な見方をすると、若い子たちはアニメばっかり見てとか、漫画見てとか、ゲームばっかりしてというイメージ。そうかと思うと全然そうじゃない子もいて、実際テレビ見たことないとかゲームしたことない子とかもいるんですよね。ウェブとか、ネット見たことないとか、私スマホ駄目なんですみたいな。本当にいろんな子がいる。

それは、どの時代にもきっといるんですよ。僕はテレビっ子と言われて、ずっとテレビにかじりついてるみたいな子ども時代を送ったし、別にスポーツはしてなかったし。かといって美大には、スポーツをずっとやってた子が入ってきたり、本当にいろんなタイプの子が入ってくるので面白い。

三富
この「かえる、かえる。」の会場も、公共施設である秋田市文化創造館で、無料でオープンしてることもあると思うんですけど、アーティストの藤さんの作品をみにきている人だけじゃないですよね。そうすると、本当にいろんな反応や行動をする人たちがいる。自分が慣れ親しんだ、いわゆる美術館での鑑賞作法を心得た人の方がむしろ少数で。そういう光景をみると、自分の接しているコミュニティっていうのがいかに閉ざされているかというのを改めて実感する。世の中では多様性、多様性っていうけれども、それって途方もなく多様なんだっていうことを実感する機会にはすごくなりましたね。だから「美大生」とか「最近の若者」っていうのを一概にはくくれない。


くくれないよね。今日もまた子どもたちがいっぱい遊びに来ていますね。 ちょっとね、子どもたちにはちょっと毒が多いから、申し訳ないなと思いながら。
見ているとさ、不思議なものを選ぶんだよね。「え、これ?」という感じの物も選んでいったりするから。(注:会場では欲しいものの絵を描くともらうことができるようになっていました)

三富
それはありますね。私の姪たちも、遊びに来たんです。最初は「壊れたものしかない」って、興味をひかれていない様子だったんですけど、ガチャガチャのカプセルにキラキラした破片を詰めたりしたら綺麗だっていうことに気づいてからは、もうそれに熱中して。2泊3日の秋田滞在中に、2回も来ました。


面白いね。 僕としては、普通のおもちゃもいいけれど、なんか変な破片を選んでいただきたいなっていうのがあります。僕は、たぶん小学校一年生ぐらいのときに、山登りした際に拾った木の根っこみたいなものが、光線銃のような形してて、尖った先からレーザーがでそうな感じだと思って、ずっと持ってたんだよね。そういう記憶が残っていて。一つのものでずっと妄想していくっていうことを、やってた気がするんです。だから、いろんなパーツを見たときに、いろいろ妄想して、連想して、何かを作ってみる。そういうことに面白さを感じているんですよね。

三富
私も最近、自分の妄想力みたいなものがどこで培われたのかなって振り返ってみたんです。小学校のときに仲良くなった友だちがはじめた遊びが、当時テレビで流行っていたモジモジくんを模したものだったんですね。でも、それは、三富家は教育上見てはいけないとされていたテレビ番組だった。 だから、友だちがやっているモジモジくんとは一体何なのかを想像し、妄想し、自分の中で展開させて一緒に遊んでいたというのが大きな原体験になっているのかなと思います。



そこで誤解したりとかするのが、意外と面白かったりするよね。 

三富
そうですね。だから何か決まりきった形の遊び方を提供してしまうっていうのは、妄想したり想像したりする力を抑制してしまうのかなと思います。


そうなんですよ。自由に遊べることが大切だよね。

「つくること、めぐること、いきること」

三富
今回、「つくること、めぐること、いきること」という冊子も制作されました。

▼冊子「つくること、めぐること、いきること」(PDF版)
https://www.fujistudio.co/_files/ugd/efc28d_e8ac73a7822248cb95610739b6e1b7dd.pdf


これね、書き出すと止まらなくなっちゃった。対談集ぐらいにするつもりではじめたんだけど、対談する前に自分である程度考えを整理しなきゃと思ってテキストを書き始めたら、止まらなかった。モノとの向き合い方、前提になるようなこととかから書き始めたのですが、自分が影響を受けてきたモノについて考えることになった。そして何かを残すことを考えたときに、これまではどういうモノが残ってきていて、残ってきたものに自分はどう反応したのかということを思い出しながら書いてしまって、きりがなくて。書けば書くほど連鎖的に思い出すことがあって、それはそれで面白かったですね。これまでテキストを書いてきたつもりではあったけれど、それでもまだ書いていないことがいっぱいあったなって。

僕がこれまで書いてきたブログが研究対象になったりすることもあって、自分がその時々に考えてきたことというのが一つのサンプルとして役に立つこともあるんだなと。そう思うと、やっぱり書いて、残さなくてはという気がするんだよね。 

会場では「つくること めぐること」のガイドノートも配布した

外側と内側

三富
さて、3月末で秋美の常勤職は離れて、アーツセンターあきたの理事長としてはもう1年任期を残しますが、これからどうされる計画ですか?


遡れば古い話になるけど、川の問題やってたときに、やっぱり仕組みの内部に介入しないとシステムは変えられないって気づいて。外野がいくら言っても、システム自体は変わらないということを痛感したんです。その後、しくみづくりに参加しようとしたのだけれど・・・いわきアリオスとか、えずこホールとか、十和田市現代美術館も最初はワークショップで関わって、その後アドバイザリーに参加して。アーツカウンシル東京も、アーツカウンシルになる前のプロジェクトに関わって、京都府の事業もアドバイザーとして長く関わったけれど、結局、ずっと外野だった。 大学でも教えていたけれど、非常勤だった。それでまず十和田市現代美術館で内側に入って、大変だというのがわかった。

スタッフの問題とか、人件費とか、経費のこともそうだし、自治体との関係もそうだし。なるほどなと思ったときに、秋田に公立美大ができて、ここもやっぱりぐっと食い込んでいった方がいいなって思って。それで大学に入って、大学の運営にも関わると、内部のことが見えてきて大変さがわかってくる。NPO法人を立ち上げさせてもらって、三富さんが大変だっていうことがわかる。でもなんか、そういうことは常勤っていうのじゃないとわからない面だったと思うよね。

三富
外からは内部の事情はわからないですよね。


だから大学の運営に対して、教員も本当に厳しく批判するけど、いざ運営する側になると、じゃあどうすればいいんだっていうね。本当に模索してるし、模索しているけどわかんないから、迷走して、試行錯誤しているだけであって、そんなのわかったらね。ただどうしても力の強い方に動いていったりとか、何か運営しやすい方に流れていったりとか、前例踏襲になっちゃう。そこには、それぞれの事情があるよね。ただ大学っていう制度自体が本当に必要かどうかはわからないけど、やっぱり何かを作ろうとして学びたいと思う人たちが集まってくる仕組みは必要だって思うよね。そういう仕組みを動かすためには、何らかの公的なところが関わりながら一緒にやらないと、完全に民間だけでは難しい。

 活動をちゃんと作っていくっていうことを、ちゃんとやっていきたいし、どうにかしたいなっていう気がするんです。大学はそういう意味だと学ぶところでもあり、若い人たち、作る人たちとどう出会って、何かを一緒に作れる場所。一方で、大学という縛りがあるから、指導するという立場になってしまったりとか、本音としては一緒に作りたかったんだけど、どうしても学生のが作る力を作らなきゃいけないから、こちらからは手を出せないし、口を出せない。そうした方が当然いいしね。でも本当はね一緒に作りたいのよ。

だから今後は一緒に作る現場を作っていこうと思っています。昨日の(かえるくんとカタルバーでの)五城目町の話もあったけど、現場になりそうな場所はいっぱいある。昨日の話で面白かったのは、小熊さんがギャラリーものかたりをはじめて、美大があったから学生が来るようになって、繋がりができて、地域に定着していったということ。そこに関係ができて、学生だった子がアーティストになっていったりとか。これはもうずっと昔から確信してることで、人が入ってこないと、もしくはそこで活動する人がその地域に関わらないことには面白くならない。いくら場所を作っても、誰も来なかったら面白くないし、来てもらうためにお金を出していたらきりがない。

いわゆるプロジェクトの現場を作っていくっていうところをやっていきたいと思っています。

公募が好き

三富
さっきも出ましたけど仕掛けていかなきゃいけないっていうのはまさにアーツセンターあきたもこれからそうだなと思っていて、美大もそうだとは思ってはいるんですけれども、藤さんから見て何を仕掛けていったらいいと思いますか。


僕はずっと、公募が好きなんですよ。

公募がなぜ好きかっていうと、自分が救われたから。サラリーマンをやっていたときに、公募展に企画を出して、それで1000万を取ったのがきっかけで、会社も辞めることになり、東京を離れるきっかけにもなったし。

自分を変えるきっかけになる、なおかつ接点を作るっていう意味でもね。もちろん指名コンペみたいなのもいいし、声掛けるってことも大事だけど、なんかやっぱりチャンスをひらくという意味で、面白い公募のあり方いいなと思ってて。「こんな公募はなかなかないだろう」みたいな。それこそレジデンスもいいんだよね。ちょうど、男鹿市にある森長旅館がレジデンスをはじめたけれど、予算はないかもしんないけど、滞在できる機会と場所があれば、それがきっかけになって、やっていけることもあるかもしれないし。地域のフィールドワークをしたりとか、何かを学ぼうとしたりとか、藁をもすがろうとしてる人たちがいるんですよ。  どうにかしたいと思っている人。そしてそういう人たちにとってみると、藁をもすがる気持ちで次のアプローチを作っていきたいというときに、意外とそういう公募みたいなものがあればいいよね。 

三富
藤さん、何かある度に公募って言いますよね。


スタッフ募集みたいなのはいいけど、そうじゃなくて何か余計なことをしようとする人を募集して繋げていきたいなって。

三富
確かに予想もできないようなことを切り開いていく上では、その方が有効かもしれませんね。


今年岐阜県主催の公募展「Art Award IN THE CUBE」(AAIC)の審査もすることになったけど、いろいろ突っ込みどころある企画だけれど、空間に対して自由な提案を受けつけて、ショーケースとして捉えてみると面白く展開できるかもしれない。

ちょっと話がずれるけど、これはさ、法律を作っていくっていうのと近くて。都市計画、まちづくりをするのに、景観条例とかさまざまな法律がある。道路幅もそうだし、車線制限とか建物の規制とか、素材もそうだし、だからルールを作ることによってまちが作られていくみたいな感じがある。公募を作るっていうのは、文言化していくような話で、あるフレームを決めていくことになる。そのフレームの作り方をいかに面白いフレームにするか、今までにない公募を作っていくっていうのが面白いと思うんだよね。 

例えば秋田でレジデンスの公募をやる時に、今までにないような状態のものができると面白い。例えば藤里町のある一軒家にアーティストが滞在できる公募があったとして、熊狩れる人とか、熊と向き合いたい人レジデンスみたいな。わかんないけど、なんかそういう「こんなんってあり?」みたいな? インパクトにもなるし、面白いあり方と面白い人たちを呼んでくることにつながる。何か新しい接点の作り方も、公募という手法やその要項による切り口によってできる気がするんですよ。だから話を戻すと条例や法律みたいなものに近いというのは、そういう意味で、公募の要項を文言化していくときに、ある種の価値観とか、こちらの考え方を広げることができる。そこで1人でも2人でも接点ができることの意味があるんだと思う。そんなにお金かけなくても意外とできる気がするんですよ。今、SNS上とか、ウェブだけでも募集するとかね。それぐらいしか思いつかない。

三富
でも確かにアーツセンターがこれまでやっている美大の先生とか、学生と企業や自治体からの相談をマッチングするっていうのも、何か一本釣りで今までやっていましたけど、公募にすることで可能性をもっと広げられるかも。

藤 
全国高校生 何でも、アリ。Creative Award」も元々は大学のPRを目的に立ち上げた公募企画だしね。秋田公立美術大学はいわゆる過去の美術っていう価値観にとらわれてるんじゃなくて、新しい何かクリエイティブな人材を募集してますよっていう、そこに対して光を当てたいと思ってるっていうね。なんかそういう態度を示すための公募だと思うんだよね。   

NPO法人のここから先の、次の段階のアーツセンターあきたのあり方もすごく悩ましいところでもあるし、誰が来るかによっても変わるよね。人材募集も、何をどう仕掛けていくかだと思う。大学は大学で新しい教員たちも来て、助手たちも次の才能が新しく入ってきて、新しい学生たちも入学して、それが化学反応を生み出していって、予期せぬものができていくわけだから、そこが面白さだよね。


藤浩志 素材と制作と循環を考える現場「かえる、かえる。」関連プログラムのレポート

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた 事務局長

三富章恵

静岡県生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科修了。2006年より、独立行政法人国際交流基金に勤務し、東京およびマニラ(フィリピン)において青少年交流や芸術文化交流、日本語教育の普及事業等に従事。
東日本大震災で被災経験をもつ青少年や児童養護施設に暮らす高校生のリーダーシップ研修や奨学事業を行う一般財団法人教育支援グローバル基金での勤務を経て、2018年4月より現職。

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