秋田公立美術大学サテライトセンターで2018年度から始まった卒業生シリーズ。2018年は菊地暁子(アーツ&ルーツ専攻卒業)、2019年は渡辺楓和(ものづくりデザイン専攻卒業)、永沢碧衣(アーツ&ルーツ専攻卒業)、真坂歩(アーツ&ルーツ専攻卒業)を特集し、作家それぞれが卒業後に展開する表現活動を紹介しました。
8月4日〜9月7日に開催した永沢碧衣展「回遊の記憶 migration」では、卒業制作から最新作まで9点を展示。作家の言葉や写真でたどる展覧会記録です。
永沢碧衣展「回遊の記憶 migration」
アーツ&ルーツ専攻を卒業後、地元・秋田と各地を季節によって移動し、出会った人とのつながりから旅を続ける作家・永沢碧衣。海沿い、山あい、川辺の景色から描き出す「記憶」をテーマに開催した永沢碧衣展「回遊の記憶 migration」では、自分にできる限られた表現方法のひとつとして卒業後も“描くこと”を大切にしてきた姿を見せてくれました。
確かな記憶と存在の痕跡を残す
山に入り、川を遡り、海に出て、回遊するかのように各地を巡る永沢は「今を生きる声を聞き、過去を含めた全ての根底を見つめ直すことで、自分が本当に残していきたい”なにか”の姿を描き出したい」と語ります。
「実際にそこに自分が居合わせていたという実感。
そして、心と身体を何度も巡って、蓄積され、本当に残ったわずかな記憶。
確かな記憶や存在の痕跡を残そうと、
重たい手足を引きずり回しながら、遊びながら、描きながら、
これからも旅を続けていく。」
本展では鮭の生態系を描いた卒業制作の≪淵源回帰≫(2017年)をはじめ、滞在制作した≪露わる者≫から最新作まで9点を展示。また、永沢の現在の視点を探るべく、幼い頃からの写真や読み込んだ書籍、Twitterに吐き出した言葉、沢登りのメモや魚拓といった「回遊の記憶」がギャラリーの一角に置かれました。
里山の風景と生物との深く、長い時間の層
ギャラリー空間を斜めに切るように配置された≪露わる者≫と≪背負う者≫は、2018年に上小阿仁村で行われた「かみこあにプロジェクト」で滞在制作した作品。上小阿仁の里山の風景と生物との深く長い時間の層が漂います。
「霧か雲か雨なのか。正体がおぼろげになる、深い深い気配の層。ときに露になる世界の輪郭は美しく、怖く、どっしりとした重みと静の時間が感じられた。この瞬間も深緑で暮らす彼らと私たちの世界は常に変化し、何かが変わらずに残り続けている。この相まみえる眼差しの先には何が映っていただろうか。」
小さな世界と自分を繋ぐ、一筋の光
≪一線≫(2019年)では、これまで川魚を描いてきた永沢が、ムラソイという海の魚を描きました。魚と人が一線を交える時、魚体が暗闇から海面へ浮上し、一線を越えるまでの駆け引きの瞬間を切り取った作品です。
「それまで山育ちの自分には持ち合わせていなかった海の楽しみ方を教えてくれた人がいた。膨大な知識と環境を読み解く熟練の能力。しかしこだわるべきは外的ツール(つり竿や装備)ではなく、相手がいる環境と状況を慎重に把握してその場にあるものでいかに相手との駆け引きを楽しむか。相手のいる世界とどう繋がろうとするか。そして、そのための思考をやめないことだった。
極めて原始的な思考に基づき、海中世界から地上世界へと相手を引き抜いたこの”一線”からは、子どものようにただ純粋に自然と向き合おうとしている好奇心、そして相手がこちら側にやって来るまでにかかる圧、その全てが握りしめた手に微細ながら伝わって来た。
たった一本の枝とラインで生まれた、足元の小さな世界と私を繋ぐ一筋の光であった。」
生まれ育った秋田を拠点として、自然と人との関係性や風土のバックボーンを見つめる永沢。今後の活動もぜひご期待ください。
https://18murasaki.jimdofree.com/
▼永沢碧衣展「回遊の記憶 migration」チラシダウンロード
撮影:越後谷洋徳