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「開発」と「保護」が、数千年後に残す未来
吉川耕太郎評 展覧会「アイオーン」

2021.01.14

既存の物語の読み替えや都市論の再考等をテーマに、様々な媒体で作品を発表する石毛健太。秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTにて「数千年後の未来に何を残すことができるのか」をテーマに開催中の展覧会「アイオーン」について、考古学者・吉川耕太郎がレビューします。

石毛健太個展「アイオーン」
数千年後の未来に何を残すことができるのか

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTにて2020年12月5日〜2021年1月24日、石毛健太による展覧会「アイオーン」が開催されている。これは同大学・大学院の学生・院生による自主的な「展覧会ゼミ」が母体となり、招聘作家の石毛健太と議論やリサーチを重ねて一つの展覧会を作るというものである。石毛は秋田に滞在し、そこで得られたモノやコト等を素材に作品を作り上げた。私はアートシーンからは縁遠い人間であるが機会があって少しの関わりをもたせていただき、展覧会を観覧させていただいた。

そのような私がレビューするのは恐縮ではあるが、自分の拠って立つ考古学・埋蔵文化財の立場から所感を述べさせていただければと思う。とくに、私が石毛にリサーチの際に話した“「開発」と「文化財保護」の関係”を基軸に本展覧会を考察することにする。
そのため、展覧会をレビューする前に、冗長ではあるが、人類史や埋蔵文化財について説明させていただき、そこから本展覧会で感じたことを紡ぎだしていきたい。

【人類の歴史を振り返る】
私たち人類が今から約700万年前のアフリカで誕生することは、近年の自然人類学や遺伝学の研究が明らかにしたところである。「人類」とは何か、類人猿をはじめとした他の生物とは何が違うのか、古来より多くの学者が議論してきており、新たな知見が得られるたびに、私たちをさらに悩ませてきた。たとえば、道具を使うのが人類の特徴だと考えられた。しかし、これまでの研究では、チンパンジーも道具を使うことが明らかとされてきた。大方の支持を得ている人類の特徴は「常時」二足歩行という点であろう。

人類が誕生したときにはまだ道具を手にしていなかった。素手のままで危険あふれるアフリカの大地を二足歩行でサバイブしていたのである。仮にそこで絶滅していれば、今の私たちはいなかった。ようやく道具(石器)を手にしたのは、今から約260万年前、やはりアフリカで猿人(アウストラロピテクス)から進化した原人(ホモ・ハビリス)である。以降、人類は道具に依存する生き物となったといわれる。原人は道具をたずさえてアフリカから旅立ち、世界各地で旧人に進化して、道具の種類を増やしながら発達させていく。

人類は進化の過程で多様に分岐し、今では6属19種ほどが化石として確認されている。その大半はアフリカである。アフリカがまさに人類揺籃の地、「人類のゆりかご」といわれるゆえんである。私たちの直接の先祖である新人(ホモ・サピエンス)は今から約20万年前、アフリカで旧人から進化して人類史に登場した。ここまでは旧石器時代の話である。

【開発と保護】
私たち新人は新石器時代以降、さらに道具を発達させ、周りの環境にも働きかけるようになった。日本列島では縄文時代以降ということになる。縄文時代というと「自然との共生」といったイメージが強いが、大規模な集落や環状列石などの祭祀場を築くために森林を切り拓いたり、石器の石材を採掘するために山を掘り返したりもした。これを「開発」といえば「開発」ということになる。人間はより快適に生きていくために周囲の環境を開発しながら歴史を紡いできたのである。弥生時代以降は水田開発が進み、西日本では大規模な前方後円墳などの墳墓の造営、中近世には平野や山に館や城を築造し、城郭を中心とした城下町、港湾都市等が作られるようになる。
私たちの足元にはそうした開発の歴史がうずもれており、その歴史の上に新たな開発が積み重ねられていく。

《aeon of bristle corn pine》

この開発に見られる過去の人類活動の痕跡を行政用語で「埋蔵文化財」という。埋蔵文化財は地中に埋もれているため普段は目にすることができないことが多い。私たちの目の前に現れるのは、工事などで地中を掘り返したときなどだ。

ところで、“歴史は積み重ねられていく”と書いたが、積み木のように重なっていくのではなく、過去の痕跡を切り刻みながら新たな歴史が作られていくのである。積み木ではなく、それはあたかもデータの上書きのようであり、新たな開発のもとに過去の記憶(埋蔵文化財と私たちが呼ぶもの)は失われていく。法隆寺(奈良県)の焼失を機に1950年に制定された文化財保護法では、埋蔵文化財を保護する枠組みが法律の上で示されたが、1960年代に始まる高度経済成長期には、列島規模で開発がなされ埋蔵文化財の危機が叫ばれた。ここに「開発」か「保護」か、という二律背反的な問題が社会の中で提起されることになる。

私が勤務している秋田県埋蔵文化財センターは、高速道路やダム建設などの開発事業に先立ち、そこに遺跡などの埋蔵文化財がある場合、発掘調査を行い記録として保存するための機関で、そうした公立・法人等の調査機関は全国にある。遺跡の場合、保護するためには「現地保存」が最も望ましいが、日本列島では50万カ所ほどの遺跡が今のところ発見されており、さらに毎年どんどん増え続けている。これらすべてを現地保存していると、開発が全くできなくなり、今の生活や社会、経済が立ち行かなくなる。そこで出された次善の策が「記録保存」である。緊急発掘調査はそのために行われる。

「開発」か「保護」か。それはどちらか一方を優先させるのではなく、車のアクセルとブレーキのようだと私は考える。人類の今と未来のためには両方が必要で、バランスを保つことが大切である。アクセルだけでは大事故につながるし、ブレーキだけでは前に進まない。そうした観点からは私たちの社会は一つの乗り物に例えられるのかもしれない。

【展覧会が問いかけるもの】
アーティストの石毛健太は、展覧会「アイオーン」を通して、そうした現在と過去の織り成す葛藤、それでも進まねばならない人間の宿痾のようなものを見事にアートとして表現し、現代社会に投げかけた。

この展覧会は秋田公立美術大学の展覧会ゼミのなかで、石毛とゼミ生が作り上げたものである。展示は3つの作品で構成される。石毛は具体的なマテリアルを通して、手に取ることのできない「時」を巧妙に扱っている。会場はコンパネで床がかさ上げされ、各作品の床下50cmには製作過程の時間を映し出すモニターが設置されている(会場設営の苦労がしのばれる)。この50cmは5000年分の土の堆積を示し、発掘調査を疑似的に表現している。会場内には3つの作品の音声解説が重複して小さな囁き声として聴こえてくる。様々な時間のレイヤーの重なりに包まれるような不思議な感覚に陥る。

《aeon of hourglass》