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現れては消える「泡」のメタファーが、不確実な社会と対峙する世代のリアリティを映す

漆芸を表現手段として、泡のように現れては消えていく思考と身体の感覚を繋いでいく春山あかり。幼少の頃から向き合ってきた死生観と思考のプロセスが内包された作品展「繭の外、泡の中」を小熊隆博がレビューします。

複雑さ・不確実さが加速する社会の核を見抜く術として

秋田県で漆にまつわるものづくりといえば、鎌倉時代から続く伝統工芸品の川連(かわつら)漆器が知られるものの、県内で現代的な漆表現を観る機会というのは案外少ない。本展の会場となった「BEYONG POINT」は、CNA秋田ケーブルテレビ社屋内にある秋田公立美術大学が運営するギャラリーである。空間を実験的に活用する企画が開催される印象だが、今回は矩形のスペース内に、作品とともに作者の言葉、制作過程の記録映像が比較的シンプルな構成で展示された。

春山あかりは、同大学のものづくりデザイン専攻を経て、現在は研究生として漆芸作品を制作している。本展では秋田県立美術館館長賞を受賞した卒業制作作品『魂蔵』も出品された。漆の手法を用いた球状の小作品が不揃いに並ぶ様は、水面を浮き沈みする泡のようでもある。会場中央に配置された《原初の海》は、やわらかな曲線と色彩のグラデーションが印象的だ。

作品だけに着目すると、いわゆる造形作家の個展といった印象は拭えない。しかし作者の関心はどうやら造形美のみを追求することではないらしい。そのことが導入部の構成からうかがえる。会場でまず目に入るのは先述の言葉である。展示に添えられるステートメントはもとより、いくつかのキーフレーズ、哲学的な問いかけが展示空間に散りばめられている。

なぜ死に、なぜ生きるのだろう。春山はこの問いが芽生えてから、「泡のような思考」を繰り返しており、自身にとって作品とは止めどない思索の通過点であり、その手法となるのが漆だという。漆器の表面は、下地への漆の塗布と研磨を繰り返し行うことで形成される。この抑制の効いた反復が漆芸の特徴だ。ある動作を無心に繰り返すと答えの定まらない考えを巡らすことがあるが、成果に着目されやすい工芸の、むしろその過程に自身の創造の拠り所を求めたのは興味深い。

むろん作品の細部にはまだ洗練の余地があるし、象られたものと言葉のあいだにはまだ示されていない繋がりがありそうだ。さらに映像の役割がただメイキングを説明するだけであれば、あえて展示する必要はあるだろうか。もし複数の要素を束ねた一つの空間で表現するインスタレーションが意図されているなら、それは各要素が必然性を帯びて初めて成立するものであろう。

私見では、美術工芸の確固とした造形というイメージに対して、現れては消える「泡」のメタファーを持ち込む発想は新鮮に感じられた。泡は球形であり、球はsphereとも訳す。例えば「大気」をatmosphereと綴るように、そこにありながら見えない存在を指すこの語には示唆がある。ある表現が形を得るまでに、考えることの多くはうたかたなのだ。たとえその核を感じ取れたとしても触れるのは容易ではない。その難しさは手法が工芸であれ、現代的表現であれ同様であろう。

春山のような表現の志向を指して工芸のアート化と呼ぶ場合もある。金沢21世紀美術館で2012年に開催された企画展「工芸未来派」では、旧工芸の枠に留まらない表現を繰り広げる作家が紹介された。だがその潮流はたんにジャンルの再編ではなく、複雑さ・不確実さが加速する社会の核を見抜く術として、境界を溶かすような越境、情報ではなくモノとの対峙を試みる世代のリアリティを映しているのではないか。sphereはまた、範囲・分野の意味でもある。春山には、泡沫が弾ける時にこそ現れる混沌に恐れず飛び込んでほしい。

Profile 作家プロフィール

合同会社みちひらき

小熊隆博

2015年まで7年間「ベネッセアートサイト直島」(香川)の美術施設の運営管理に携わったのち、合同会社みちひらきを設立。2016年に絵本、地元職人によるオーダー什器等を展示販売するプロジェクト型ギャラリー「ものかたり」(五城目町、秋田)を開設し、近年は秋田公立美術大学による地域連携型アートマネジメント人材育成事業「旅する地域考」(2018-)、東北の子どもに向けた芸術教育支援活動「子ども芸術の村プロジェクト」(2016-)の企画運営に参画。京都芸術大学大学院非常勤講師。


Information

春山あかり作品展「繭の外、泡の中」

展覧会は終了しました
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BIYONG POINT Facebookページ
プレスリリース ▼レポート

■会 期:2021年9月24日(金)〜10月31日(日)
     9:00〜17:30
■会 場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)
    (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
■入場無料
■主 催:秋田公立美術大学
■協 力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■グラフィックデザイン:木村優希(むすぶ企画室)

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

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