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変わり続ける時間に触れる 早坂葉・後藤那月二人展「めぐりに滲む」 是恒さくらレビュー

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTにて開催した展覧会「めぐりに滲む」。早坂葉と後藤那月にとって憧れの存在でもある美術家・是恒さくらをゲストに迎えたトークを終え、展覧会を振り返ります。「人間と自然の関係性」をテーマに変化していった本展について、是恒さくらがレビューします。

変化を繰り返してきた展示を進化の途上にあると考えるなら、
鯨の存在は、この世界から姿を消した生物、
記憶の中で語り継がれる生物のようにも感じられる

 2022年4月9日に秋田市を訪れた私が立ち会った「めぐりに滲む」は、その11日前の3月29日に大きな変化を遂げていた。開催期間中も少しずつ変化を繰り返していたという本展の、当初の様子を私は直接見てはいない。3月29日以前に本展を訪れた人と私とでは、全く異なる展示に立ち会い、記憶していることだろう。

 4月9日に行われた早坂葉、後藤那月のトークの中で、展示を変えていった理由として「水のイメージを出しきれていなかった」という言葉が印象に残った。本展の背景には鮭と鯨という二種の生物がいる。鮭は早坂のアニメーションの中で卵から孵化し、ダンスをするように泳ぎ始め、人と姿を入れ替えながら旅をする。鯨は本展の広報物のヴィジュアルに水中に潜む影のように姿を見せる。後藤のリサーチノートの中にも鯨は度々表れる。私が本展を訪れた時、後藤の作品では床に横たわり崩れつつある土の人体を舟形の影が覆っていた。鯨は彼女の作品にそれらしき形として表現されなくとも、背景の存在として影響を与えていたようだ。早坂と後藤は「めぐりに滲む」以前から秋田市内各所でプレ展示やパフォーマンスを行い、その連なりの上に本展があったという。変化を繰り返してきた展示を進化の途上にあると考えるなら、鯨の存在はこの世界から姿を消した生物、記憶の中で語り継がれる生物のようにも感じられる。

 鮭も鯨も大海を生活の場とし、世界各地の様々な場所で伝承や伝説の題材となってきた。日本の東北地方には「鮭の大助」伝承があり、北へ視点を移せば北海道、シベリア、アラスカ、カナダ、アメリカ北西海岸まで、広く環太平洋各地の先住民族にとって鮭は主要な食物であり、信仰や伝承においても重要な役割を担う。水の世界は陸上に生きる人にとって豊かな恵みをもたらすとともに、生身では生きることのできない、時に脅威をもたらす異世界だ。そして海水は、清浄さや生命の源という豊かな想像力を人々にもたらしてきた。鮭は川で生まれ遥か彼方の海で成長し母川へと回帰する様子から、鯨は進化の過程で陸から海へ生活の場を変えていった背景から、大いなる海の世界へと想像を誘う特別な存在だ。一方、人はある種の生物を特殊な存在として認識することで、象徴としての力をもたらせてもきた。自然保護運動では鯨が守るべき対象、さらには地球という惑星さえ象徴するような壮大なシンボルとなり、反捕鯨運動の熱を異常なほどに高めてもきた面もある。

 鮭や鯨、あるいは他の種の生物にもいえることだが、自然界においてごく一握りにしかすぎない特定種の生物にだけ焦点を当てることには、視野を狭めてしまう危険もある。あらゆる生物は他の生物との関係性の中、生物多様性の中に生きている。そして自然界にはまだまだ未知の部分も多い。現在、世界には約80種類の鯨類がいると考えられているが、近年新種が発見されることもある。例えば2019年に新種として登録された「クロツチクジラ」は、北海道の漁業者にはその存在が知られていたものの、従来知られていた種との違いが科学的には明らかになっていなかった。

生物の一個体だけを見ていては気づかない、
長い時間と世代交代の中で起きる進化

 本展の大きなテーマでもある「人間と自然の関係性」を考えてみると、人間の中にも自然があり、自然と関わりを持たずに人間は存在しえない。関係性とは「人間」を「自然」と解離させて初めて俯瞰できるものでもある。その境界は距離が開くほど確かになり、自分の輪郭とは他者/他生物との隔たりである。自然との距離を感じるほどに、その隔たりを補うための存在として、人はある種の生物に象徴としての力を見出していく。本展の鮭や鯨とは、象徴的に「人間」と「自然」を結びつける存在でもあるだろう。早坂の映像の中で、鮭と人の姿が入れ替わりながら、巨大な鯨のような生物の骨の上を泳いでいく様は、現実世界では交わることのない鮭と人の視点を象徴的に交換するものだった。

 本展のレビューを書きながら、やはり私は見ることのできなかった、変化を遂げる前の展示のことも気にかかる。まずは、「めぐりに滲む」を訪れた人たちがその時期により異なるものを見ていたということ。作家本人たちが本当に見せたかったものはなんだったのか、という疑問は湧く。3月29日を境にそれ以前の様子がわからないほど変わってしまったという本展だが、変化の過程を可視化することもできたのかもしれない。一方、本展を会期以前からのプレ展示やパフォーマンスの連なりの上に考えるなら、早坂と後藤の作品は〈常に変化している〉のだろう。約5,000万年前、陸上を四本足で歩いていた鯨類の祖先・パキケトゥスがいた。水中で生活をするうちに後脚は見えなくなり、前脚は鰭となり、体全体は魚の形状を真似るように進化して祖先の姿形は失われた。生物の一個体だけを見ていては気づかない、長い時間と世代交代の中で起きる進化を、「めぐりに滲む」の変化は示唆していたのかもしれない。

参考文献:
Kalland, Arne. “Management by Totemization: Whale Symbolism and the Anti-Whaling Campaign” ARCTIC. Vol. 46 No. 2 (1993): June: P. 124–133
独立行政法人国立科学博物館、国立大学法人北海道大学 「新種のクジラ『クロツチクジラ』を発表 ~北海道オホーツク海沿岸に生息~」2019年8月30日( https://www.kahaku.go.jp/procedure/press/pdf/217556.pdf ) 2022年5月31日閲覧

撮影:高橋希

Information

早坂葉・後藤那月二人展「めぐりに滲む」

展覧会は終了しました
チラシダウンロード(PDF)

■会期:2022年2月18日(金)〜4月10日(日)
    9:00〜17:30 入場無料
■会場:秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)
    (秋田市八橋南1-1-3 CNA秋田ケーブルテレビ社屋内)
※新型コロナウイルス感染拡大状況等により、展覧会の開催期間や内容が変更になる可能性があります。
■主催:秋田公立美術大学
■協力:CNA秋田ケーブルテレビ
■企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
■お問い合わせ:NPO法人アーツセンターあきた
TEL:018-888-8137 E-Mail:bp@artscenter-akita.jp

※2021年度秋田公立美術大学内公募事業「ビヨンセレクション」採択企画

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アーツセンターあきた

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