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「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018
報告とその後〜」の報告2

2019.03.06

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINTで開催された展覧会「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」。開催期間中の1月には、企画者である藤本悠里子による報告会が開かれました。「展覧会の外にあるアーティストの創作活動との交差」を考察した報告会のレポート(後半)です。

キュレーターやコーディネーターは、新しい表現が生まれる現場をどう創造するか。またその現場にどう関わることができるか

秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT(ビヨンポイント)で開催された展覧会「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」。秋田公立美術大学大学院2年に在籍する藤本悠里子の企画であり、修了研究報告展でもある本展の後期には、夏に秋田に滞在したアーティスト4名(寺岡海、神馬啓佑、船川翔司、来田広大)による展覧会「秋田|Akita」が開かれました。開催期間中の1月24日(木)に行われた報告会のレポートをお送ります。

報告1はこちら

「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」の後期展覧会「秋田|Akita」

今ここに見えているものだけが滞在の成果ではない

藤本 ここBIYONG POINTで開かれている展覧会は、本来は予定にはないものでした。成果発表を求めないことを前提にした滞在だったので、アーツセンターあきたから展覧会をしないかと依頼を受けた時は、どう構成すればいいか戸惑いました。アーツセンターからは、藤本がどういう考察をするのか、またアーティストたちの滞在の続きを見てみたいということだったので、今ここに見えているものだけが滞在の成果であるようには見えないように展覧会を構成しようと考えました。

「『応答』〜SUMMER STATEMENT 2018 報告とその後〜」のオープニング。左から神馬啓佑、船川翔司、寺岡海、藤本悠里子、来田広大

前期「Out of Exhibition」では、作品制作を目的としない「SUMMER STATEMENT 2018」の滞在やトークイベントを経て、どういうことがあったかの記録物を会場に展示。私ができるだけこの会場にいて記録資料を見せ、整理したものを随時残せるような展示にしました。アーティスト4名には前期の終わりにもう一度来てもらい、後期に向けて搬入と作品制作をしてもらいました。

来田さんは、秋田公立美術大学のグラウンドで鳥海山の鳥瞰図を描くというパフォーマンスを行い、船川さんは男鹿の寒風山にもう一度行って、作品を制作しました。今回、この後期の展覧会で4名全員が秋田で滞在したことを踏まえて制作した新作を発表しています。

藤本 そして、冊子を作ったことは重要なことだったと思います。私という主語の人物が秋田に来て、いろいろなことをして、京都に帰って、またいろいろなことを考えてという、作品とは関係ない日記のような思い出のようなテキストです。アーティスト4人がそれぞれテキストを書いているんですが、それらを統合して私という主語にしたのは、滞在していた場所の近くのコンビニで働いてるおばちゃんがきっかけでした。
おばちゃんはアーティスト4人が夏の間に滞在していたことを覚えていて、4人でコンビニに入ったら「あなたたち、夏も来ていたよね」と。一人で行っても気づかなかったのに、みんなで行ったら気づいた。4人の集団がひとつの人称として捉えられていたことがきっかけで、一人の人物を主語にしたこの冊子を作りました。すべて私という主語の、誰なのか分からない人による秋田滞在を経ての物語みたいなものが書かれています。

後期の展覧会はこの冊子ができたことで、作品だけが重要なのではなく夏の滞在から続く物語も同じように価値があるというように、滞在中の生活と作品とをつなぐアイテムになっていると思います。

夏の滞在時の出来事やその後などを綴った4人のテキストを合わせ、一人称の語りとした『秋田|Akita』

何かが生まれ出るプラットフォームを作る

藤本 「新しい表現が生まれる現場をどう創造するか、またその現場にどう関わることができるか」という問いについてですが、今回の企画の特徴として、複数回に分けて活動の記録を公開したり報告をする機会を持ったということが挙げられると思います。トークイベント、展覧会、滞在、ウェブサイトなど私はこの企画の中で複数のパターンで発表の機会や状況を創出したいと思っていました。秋田で、そして京都で発表し、発表の仕方もトーク、展覧会、ウェブなど何かひとつで全部分かったような構造にはしたくなくて、あえていろいろな方法で発表するという手段を選びました。

このやり方は、この企画の最終的な成果はこれですとはいつになっても言えないということでもあります。なので側から見れば何が成果なのか分からないし、何を見てほしいかが分からないという言われ方もします。でも今回これをやりたかったのは、アーティストと企画者がこれは見るべき価値があると定めて、鑑賞する人はそれを受け取ることしかできないという構造を変えてみたかったから。価値を持っている側と鑑賞する側という境界をなくして、できるだけアーティストと鑑賞者、あるいは眺めている人、関わっている人などがディスカッションできるようにと考えました。その先に、アーティストは価値を持っていて鑑賞者が受け取るという境界がなくなるような関係が築けないかと期待しました。企画自体は、第三者に展覧会を見る以外の芸術活動との出会い方を提示する可能性を示す試みになったのではないかなと思っています。

藤本 結果的に、4人とも新作を作ってくれたのは素晴らしいことだと思います。もともと要求していなかったことですが、滞在で得たことを作品に落とし込んでくれたのは私が望んでいなかったとしてもとても重要なことだったと思います。
来田さん、船川さんは東北、秋田という土地で新たな素材を獲得したうえで作品に昇華しましたし、神馬さん、寺岡さんはこれまでの自分の生活や制作のスタイルについて見つめ直し、新たな志向を得たということが新作の制作につながったのではないかと思います。

私がアーティストに対して行うべきことは、物理的な移動を提供するか心理的に考え方を変化させるような転換を起こすかというような機会を設けることだったなと思います。それは複数の専門家と交流するような機会を設けたり、これまでの活動を言語化する機会を設けたり、共同生活できる場所やスタジオを用意する、記録を残して自分たちの活動を振り返る媒体を用意する、といったことだったと思います。
なので、私がやったこと自体は何か成果を生むことに直結することではなく、何かが生まれてくるようなプラットフォームを作ること。あるいは、アーティストを招聘するための条件付けを行なったことに近いかなと思っていて。私が作ったプラットフォームの上でアーティストや滞在に関わってくれた人たちとの議論が積み重なって何か成果として見えてくるのが今回の活動だったのではないかと思います。