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異なる専門領域の〈あいだ〉に新しい視点を発見する「ジオカルチャー研究プロジェクト」

にかほ市と秋田公立美術大学が連携協定を結んだことをきっかけに、2021年「ジオカルチャー研究プロジェクト」が動き出しました。2022年度は教員・助手・学生などによる3つのプロジェクトが始動。土地の特性や可能性を見つめ、まだ見えない領域を探り、新たな研究領域をひらきます。

見えない領域を探り、土地の輪郭を浮き上がらせる
「ジオカルチャー研究プロジェクト」

にかほ市×秋田公立美術大学協働プロジェクト「ジオカルチャー研究プロジェクト」は、人間と自然を繋ぐ統一的な生命環境としてのジオス(地球)と、これまで培われてきたカルチャー(文化)を結ぶプロジェクトとして始動しました。にかほ市に湧き上がる魅力的な風土と、美術大学による独自の研究視点が重なり合うことで、未来に向けた地域資源の発掘と可能性の発見を目指すことを目的としています。

▼「ジオカルチャー研究プロジェクト」
 研究レポート《手長足長》Vol.01(2022年12月発行)

「にかほ市リサーチ」研究経過報告(2022年3月発行)

異なる領域の〈あいだ〉に旅の価値を発見し、
新たな研究領域をひらく

秋田公立美術大学は2021年度の「にかほ市リサーチ」を経て、「ジオ(大地)」「エコ(生態系)」「ひと(人間)」を横断するだけでなく、3つの存在区分を総合する新しい概念として「ジオカルチャー・ツーリズム」という新たなビジョンを掲げました。これはプロジェクトの研究者のひとりである石倉敏明(人類学者)が「第33回国民文化祭・おおいた2018」で提起したものです。旅や観光の集客や経済的な振興を目的とするだけではなく、人間と自然を深く繋いでいる統一的な生命環境としてのジオス(地球)と、世界の多様な社会集団が培ってきた豊かな「カルチャー(文化)」を繋ぎ、新たな「旅」と「移動」を提供しようとする人類学的研究プロジェクトです。
この概念をもとに2022年に立ち上げた「ジオカルチャー研究プロジェクト」は、包括的な視座の下、それぞれの専門的な視座が見落としてきた異なる領域の〈あいだ〉に旅の価値を発見し、新たな研究領域をひらきます。2022年度は、教員・助手・学生などによる3つのプロジェクトが動き出しています。

研究内容

●野外アクティビティー領域

環鳥海山麓の環境に即した野外アクティビティーおよびフィールドの創出
「にかほでそとね」
外寝[そとね]とは「縁側で横になって涼をとる姿」「戸外での昼寝」を指す夏の季語とされる。この取り組みは環鳥海山麓の様々な環境下で体を横に(仰視、臥像)するように、移動を止めて天体/地面/身体への観察を促していくことで見えてくる体験を探求するプロジェクトである。近年の野外活動において、山登りでは頂上を目指す移動=ピークハントが重要視され、野営キャンプではキャンプギア収集に偏重している状況が見受けられる。本研究の取り組みでは、そのような移動や運動を伴い、道具を競い合うといった、アクティブな野外活動とは異なった視点でのアクティビティーに価値を見出し、新たなフィールドの創出を試みる。移動を止めることによって得られる眺望/休息/有閑のなかでは、観測、思考、睡眠、読書、喫茶、談話‥など様々な過ごし方が考えられる。2022年度の具体的な活動として、四季の気候や眺望に合わせて林道、稜線、流水域などに沿った「そとねスポット」を選定し、参加者複数人が自身の日常の道具を携帯し、現地に赴いて滞在する。もうひとつの[そとね]の実践として、登ることなくただひたすら森に滞在する時間を過ごす。滞在時間を共に過ごす道具を並べ、滞在前と滞在後に俯瞰して写すノーリング(knolling)という撮影スタイルを試みることで、森での過ごし方を探る。本研究では成果物として、各々の目的に適した[そとね]の手法を実践検証した記録映像等を作成する。
[萩原健一]1978年山形県生まれ。映像作家/研究者。映像メディアを用いた作品制作を行う。2005年文化庁新進芸術家国内研修で山口情報芸術センター[YCAM]滞在後、2007年情報科学芸術大学院大学修了。IAMAS助教、愛知淑徳大学講師を経て、2017年より秋田公立美術大学准教授。近年は企業やプログラマーと協働したメディア教育教材の開発を研究の軸としている。
[嶋津穂高]1979年山梨県生まれ。映像作家/デザイナー。人と環境との関係性のなかに在るものを参与観察やフィールド・サーヴェイの視点から映像表現やデザインとして創作している。武蔵野美術大学映像学科卒業。フリーランス映像ディレクター/デザイナーとしてMV・CM・ショートムービー・アニメーション・テレビ番組等の映像制作・監督を行っている。2009年よりクリエイティブチームMeMeM結成。2010年より「Mountain Meeting」「甲斐国ロングトレイル」等、〈山と街の間〉で人の集まる場の創造や山岳文化・環境を対象とした記録や創作を行っている。2020年より武蔵野美術大学非常勤講師。
[櫻井隆平]1993年群馬県生まれ。2017年多摩美術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。在学時に国立台湾芸術大学留学。彫刻表現を軸に制作を行う。FAB・シェア工房[Makers’Base]勤務後、2019年より秋田公立美術大学助手。主な展覧会として、ART AWARD TOKYO 2015(丸ビル、2015)、個展Revealing(秋田、2021)、SICF23(スパイラル奨励賞/表参道、2012)など。

●伝統・伝承領域

鳥海山麓のフィールドワークおよび
地域行事のリサーチを通した作品・アーカイブの制作
「野生めぐり にかほ版」
石倉敏明・田附勝の共著『野生めぐり 列島神話の源流に触れる12の旅』(淡交社、2015年)において実施した日本列島各地における人類学者と写真家のコラボレーションによる調査方法を参照しつつ、著者の二人に加えて、本研究プロジェクトのメンバー若干名と共に鳥海山麓のフィールドワークを実施する。その成果は参加者の表現媒体に合わせて写真やドローイングなどの視覚表現・音響芸術などのアウトプットとして作品化することを目指す。また、各地のフィールドワークで得た知見をそれぞれの異なる専門性に照らし合わせながら共有し、対話の記録をテキストとしてアーカイブ化する。
2022年度は①象潟の盆小屋行事 ②上郷の小正月行事 ③小滝・石名坂のアマノハギ ④掛魚まつりという4つの地域行事をリサーチする。関連して考古学的・歴史学的・民俗学的な文献調査を進め、にかほ市における自然文化遺産および内蔵のリサーチを実施する。
[石倉敏明]1974年東京都生まれ。明治大学野生の科学研究所研究員。1997年より、ダージリン、シッキム、カトマンドゥ、東北日本各地で聖者や女神信仰、「山の神」神話調査を行う。環太平洋圏の比較神話学に基づき、論考や書籍を発表。近年は秋田を拠点に北東北の文化的ルーツに根ざした芸術表現の可能性を研究する。著書に『Lexicon 現代人類学』(奥野克巳との共著・以文社)、『野生めぐり 列島神話の源流に触れる12の旅』(田附勝との共著・淡交社、2015)、『人と動物の人類学』(共著・春風社)、『タイ・レイ・タイ・リオ紬記』(高木正勝CD附属神話集・エピファニーワークス)など。第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」(2019)、「精神の〈北〉へ Vol.10:かすかな共振をとらえて」(ロヴァニエミ美術館、2019)、「表現の生態系」(アーツ前橋、2019)参加。秋田公立美術大学准教授。
[田附勝]1974年富山県生まれ。写真家。1995年よりフリーランスとして活動を始める。2007年、デコトラとドライバーのポートレートを9年にわたり撮影した写真集『DECOTORA』(リトルモア)を刊行。2006年より東北地方に通い、東北の人・文化・自然と深く交わりながら撮影を続ける。2011年、写真集『東北』(リトルモア)を刊行、同作で第37回木村伊兵衛写真賞を受賞。写真集『その血はまだ赤いのか』(SLANT、2012)、『KURAGARI』(SUPER BOOKS、2013)、『「おわり。」』(SUPER BOOKS、2014)、『魚人』(T&M Projects、2015)など。
[尾花賢一]1981年群馬県生まれ。人々の営みや、伝承、土地の風景や歴史から生成したドローイングや彫刻を制作。虚構と現実を往来しながら物語を体感していく作品を探求している。主な展覧会に「200年をたがやす」(秋田市文化創造館、2021)、「奥能登国際芸術祭2020+」(石川県、2021)、「VOCA2021」(上野の森美術館、2021)、「表現の生態系」(アーツ前橋、2019)、「あいち2022」(愛知県、2022)など。2021年、VOCA賞受賞。秋田公立美術大学助教。
[大東忍]1993年愛知県生まれ。現代美術家/盆踊り愛好家。2019年愛知県立芸術大学美術研究科博士前期課程修了。営みや記憶の痕跡がはびこる風景に関心を持ち、痕跡を読み取るために踊りを踊るなどの思索を重ねながら、木炭画を中心とした作品制作を行う。主な展覧会に「第1回 MIMOCA EYE /ミモカアイ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2022)、「SUMMER2022 The First Gathering」(秋田市文化創造館、2022)、「Diffusion of Nature  「自然」を巡る視点」(the 5th Floor, HB.nezu、2022)など。2022年「第1回 MIMOCA EYE /ミモカアイ」高嶺格賞受賞。秋田公立美術大学大学院助手。

●地域資源領域

平沢・金浦地域を中心とした流山の
地域資源化に向けた調査研究およびイベントの開催
「流れ山の地域資源化に向けた基礎的研究」
かつての象潟は、入り江に多数の島々が浮かぶ独特の景観から「東の松島、西の象潟」とも称される風光明媚な景勝地であった。1804年の象潟地震により入り江は陸地化されたものの、鳥海山を背景に水田に浮かぶ小山群は現在も九十九島と呼ばれ、多くの人を惹きつける魅力的な観光資源となっている。この九十九島は、鳥海山の山体崩壊「象潟岩屑なだれ」により生まれた流れ山の一部であり、多数の流れ山が象潟以外の地域にも分布していることは、あまり知られていない。50年前に発刊された『仁賀保町史』(1972年)には、仁賀保地区の流れ山は象潟と「内在する美的要素」は同等であり、「観光資源として有効な開発の日が待たれる」と記されているが、今日まで目立った「有効な開発」は行われてこなかった。そこで本研究は、各地域を特徴づける景観要素として流れ山を評価し、新たな地域資源として位置づけることを目的とする。
本研究は、これまで十分に言及されてこなかった象潟以外の流れ山を主な研究対象として、その形態的特徴の分析を行うものである。『火山土地条件図「鳥海山」解説書』(国土交通省国土地理院、2020年7月)において、鳥海山の特徴的な地形のひとつとして「南北に広く堆積した『岩屑なだれ堆積地』『流れ山』」が挙げられており、流れ山の大部分がにかほ市に位置していることがわかる。このことから、流れ山はにかほ市の景観を特徴づける地形的要因であることが指摘できる。また、にかほ市の代表的な観光資源である象潟の流れ山群は、元々海に浮かぶ小島という鑑賞物としての性格が強かったと考えられる。一方、平沢から金浦に至る沿岸部における流れ山は市街地に近接し、土地利用が図られる等、人々の生活と密接に関わってきたことが推察される。よって流れ山群の分析は、地形的な特異点を示すだけでなく、その土地の生活環境の形成の理解に新たな視座を投じるものといえ、今後の地域の在り方を多角的に考えるための基盤になることが期待できる。
以上を念頭に、本研究は主に①事例調査 ②流れ山の分析 ③「流れ山イベント」の開催を行い、その研究成果はシンポジウムの開催や広報資料の配布等によって広く地域に還元する予定である。
[井上宗則]1980年鹿児島県生まれ。九州芸術工科大学卒業。九州大学大学院博士前期課程修了。東北大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。東北大学助教、秋田公立美術大学助教を経て、2021年より准教授。専門は建築・歴史意匠。民間企業において携わった東日本大震災の復興計画等の実務経験を踏まえ、近年は国内外の集落デザインに関する研究を行っている。また、参加型のデザイン手法の在り方を模索しており、サイン、建築、公園、散策路等の様々な実践的な活動を行っている。
[石田駿太]1997年岐阜県生まれ。情報科学芸術大学院大学メディア表現研究科博士前期課程修了。「よい/わるい」と「善/悪」の関係、行為の形相と行為の動力因の関係を研究、またそれらを概念的に把握するための思考モデルを制作している。研究者・表現者の道を歩み出しつつ、個人としては音や身体の動きに反応する照明制御や映像表現などのインタラクティブで実験的なクラブイベントを企画し、表現の拡張を目指した活動に取り組んでいる。秋田公立美術大学助手。

研究レポート《手長足長》Vol.01、発行

ジオカルチャー研究プロジェクトでは、自然・ひと・街・歴史・文化・生業などに通底する特性や可能性を探し、新たな研究領域をひらく各プロジェクトの過程を記録する研究レポート《手長足長》を発行します。
「手長足長(てながあしなが)」は1200年前に小砂川地域の三崎山にいたとされる巨人であり、「ジオカルチャー研究プロジェクト」を包摂する概念として設定しました。「手を伸ばせば鳥海山の頂まで届き、足はひとまたぎで飛島まで届くといわれ、人々を恐れさせていた」という伝説の怪物です。手を伸ばして大地を大きく包み込む身体性や、頂から岩を投げるような崩壊によって地形が生まれたスケール感や躍動感、伝説から繋がるチョウクライロ舞、鳥海山麓に続く番楽等の文化。手長足長の伝説と共に、にかほに潜む見えない領域を探り、土地の輪郭を浮き上がらせます。(不定期発行)

Information

にかほ市×秋田公立美術大学協働プロジェクト
「ジオカルチャー研究プロジェクト」

「にかほでそとね」萩原健一 嶋津穂高 櫻井隆平 木村萌 出口佳弥乃 白田佐輔 堀江侑加 村田晴加 山本慎平
「野生めぐり にかほ版」石倉敏明 田附勝 尾花賢一 大東忍
「流れ山の地域資源化に向けた基礎的研究」井上宗則 石田駿太 石戸凛 友杉悠葉 長谷川由美 藤原すもも 山下暁羽
コーディネーター|田村剛 伊藤あさみ(NPO法人アーツセンターあきた)

「ジオカルチャー研究プロジェクト」研究レポート《手長足長》Vol.01
(2022年12月発行)
研究レポート《手長足長》Vol.01(PDF)
デザイン|上野ゆきこ
編集|高橋ともみ
撮影|田附勝 嶋津穂高 萩原健一 伊藤靖史ほか
表紙|尾花賢一
企画|公立大学法人秋田公立美術大学
制作|NPO法人アーツセンターあきた
印刷・製本|秋田活版印刷株式会社
発行|にかほ市 〒018-0192秋田県にかほ市象潟町字浜ノ田1番地
※研究レポート《手長足長》Vol.01は、にかほ市・秋田公立美術大学協働プロジェクト「ジオカルチャー研究プロジェクト」の一部として作成しています。
※無断複写・複製・引用を禁じます。

「ジオカルチャー研究プロジェクト」に関するお問い合わせ
NPO法人アーツセンターあきた TEL.018-888-8137

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

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