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6年目を迎えたアーツセンターあきた これからの指針をまとめた「ビジョン2027」を公開

創設から5年が経過したアーツセンターあきた。これからの方向性をまとめた「ビジョン2027」を公開します。

2018年4月、秋田公立美術大学の社会連携事業のコーディネーターとしてはじまったアーツセンターあきたの活動は、秋田市文化創造館の指定管理や文化創造プロジェクトの企画・制作など、5年の間に大きく広がっています。これからのアーツセンターあきたは何を目指すのか。理事や職員らとともにまとめた「ビジョン2027」を公開します。

理事長・藤浩志とふりかえる、これまでとこれから

アーツセンターあきたの開設から5年間にわたり理事長を務める藤浩志(美術家、秋田公立美術大学教授)に、アーツセンターあきたのこれまでとこれからについて、事務局長の三富章恵が聞きました。

理事長の藤浩志(左)と事務局長の三富章恵(右)(撮影:白田佐輔)

― アーツセンターあきたが始まって5年が経過しました。率直に聞いてみたいのは、アーツセンターあきたができてどうだったかというところです。

まちが変化していくときに、どういう人が、どういう理由やきっかけで、どう関わってきたのかを見てゆくことが大切だと思っています。過去を見てみると、欧米の先行事例を参照したり、経済的成長と車優先の価値観を中心に都市計画が作られたり、よその国や地域の過去の成功事例を持ち込んで作られることが多かった。それに対して大きな違和感を持っていました。僕の関心は、自分たちの住み良いまちや暮らしを自分たちでつくっていくことです。そのためにはどうすればいいのかという疑問から始まっています。 

つまらないまちが多いなって感じるんです。でも、つまらないまちになってほしくない。まちは魅力的になってほしい。じゃあどうするか。大切なのは、面白い人がそこにいること、面白い出来事がおこっていること、常に新しいものが発生していることなんじゃないでしょうか。だから、まだ出会ったことがない価値に向かってチャレンジしていこうとする態度や、何かつくっていこうとする人が貴重なんです。そういう人が活動できる環境があれば、まちは面白くなると思うのです。

― アーツセンターあきたが、つまらなくないまちをつくるための環境整備に関与できているとすれば、スタッフとしては大きなやりがいを感じます。

美大をはじめ、幾つかの大学があるということは秋田にとってとても重要なことです。これまでにない新しい価値を、ものづくりや景観、コミュニケーションや、農業、工学、経済など、いろいろな分野で研究し、実験し、試行錯誤を繰り返している。そういった試行錯誤が大学の中だけではなくて、まちにはみ出してゆくことで、まちが変容するんじゃないかなと思うんです。大学と地域のつなぎ手としてアーツセンターあきたがあり、何か新しい活動をつくることに関心をもつ人たちがそれに同調し、それが吸引力となってさらに外部から秋田に集まってくる。その状況をつくりだすために広報や情報発信もやっていく。

― 「アーツセンターあきた=文化創造館」と誤解されることも多いのですが、大学と地域をつなぐ事業を行う、いわば形のないアートセンターと、文化創造館という形のあるアートセンターの2つの側面をアーツセンターあきたは持っていると思っています。

アートプロジェクトを仕掛ける上で、「仕組み」なのか「拠点」なのかという課題があります。1990年代の福岡を例にとると、まちに「ミュージアム・シティ・プロジェクト」という仕組みを入れて、まち全体を美術館に見立てることで、単なる商業施設の集合体だったまちを魅力的に変化させることができました。しかし一方で、プロジェクトが一過性のイベント的になり、継続的な連鎖を生み出すことが難しいという新たな課題が出てきました。そこで、人が集い、仕組みを動かすための拠点が必要だということで、拠点をつくる。すると、その場所を維持するための賃料、人件費や光熱費がかかってきてその維持管理が大変になる。そこで、2010年前後からもともとある公共施設を拠点として、まちに広がる仕組みができないかと考えるようになりました。その当時、アドバイザーとして関わっていた関係で東京アートポイント計画や大京都につながる試行錯誤がはじまりました。また、えずこホール(仙南芸術文化センター/宮城県)とか、いわきアリオス(いわき芸術文化交流館/福島県)などにも関わるようになり、東日本大震災もきっかけとなって、もっと深く関わる必要性を感じ、十和田市現代美術館での運営に関わると同時に、十和田奥入瀬芸術祭などのプロジェクトの実践をさせていただいたという経緯があります。「仕組み」と「拠点」は両輪なのだと思っています。その意味でもアーツセンターあきたの在り方は、いろんな面で恵まれていて、奇跡的に形になってきているといえるのではないでしょうか。

― 新しいことを生みだそうとする人が集う大学と、まちにある拠点をつなぐ仕組み、活動をおこすきっかけとしてのアーツセンターあきたですね。

アーツセンターあきたという仕組みがあることで、まちが面白くなる可能性や魅力的な変容をつくりだすきっかけが広がっていきます。今の若い人たちがどういう活動をつくっていくのかということが、10年後、20年後のまちに直結してゆくと確信しています。実は、今のまちも昔のまちもそうやってつくられてきたからです。200年前に活動してきた人がいたから今の基盤ができていて、30年前に活動してきた人がいたから、今のまちがある。歴史の中で脈々と変化してきた大切な文化芸術があります。

― これまでのまちを形成していく中にあった文化芸術活動も大切だという話がありました。それを守っていくことと、更新していくことのバランスはどう見ていますか。

守るためには更新が必要です。なぜかというと、人が変わるから。茶道にしても、武道にしても、伝統芸能にしても室町時代の人がやっているわけではなくて、今の人がやっている。人が変わるし、状況も変わる。コロナ禍にもなるし、メディアも変わるし、流通する商品も変わるし、化学物質は増えるし・・・。変わっていく中で、何に価値があるのかは更新されていく。

なんでこんなに確信をもっているかというと、実家が大島紬という伝統工芸に関わっていて、僕もそれに大きな影響を受けてきたからなんです。守らなくてはならなかったけれど、つぶれちゃった。更新できない伝統産業は滅びます。そもそも変化しないものなんてあるのでしょうか。文化芸術でも、まちでも、人でも、どう変化していくのか、変化の在り様が重要なのであって、変化はし続けるものであると捉えることが大切だと確信しています。

そういう意味で、アーツセンターあきたが定めるビジョンやミッションも、変わっていくもの。それを目的化するのではなくて、あくまで今の方向性を指し示すものだと思っています。

Profile プロフィール

アーツセンターあきた
理事長

藤浩志 Hiroshi Fuji

1960年鹿児島県生まれ。京都市立芸術大学在学中演劇に没頭した後、公共空間での表現を模索。同大学院修了後パプアニューギニア国立芸術学校に勤務し原初表現と人類学に出会う。バブル崩壊期の土地再開発業者・都市計画事務所勤務を経て土地と都市を学ぶ。「地域資源・適性技術・協力関係」を活用し地域社会に介入するプロジェクト型の美術表現を実践。取り壊される家の柱で作られた「101匹のヤセ犬」、給料一ヶ月分のお米から始まる「お米のカエル物語」、家庭廃材を蓄積する「Vinyl Plastics Connection」、不要のおもちゃを活用した「Kaekko」「イザ!カエルキャラバン!」「Jurassic Plastic」、架空のキーパーソンを作る「藤島八十郎」、部室を作る「部室ビルダー」等。十和田市現代美術館館長を経て秋田公立美術大学教授、NPO法人プラスアーツ副理事長、NPO法人アーツセンターあきた理事長。 https://www.fujistudio.co

アーツセンターあきたのミッション・ビジョン・バリュー

アーツセンターあきたは、2018年4月以来、秋田公立美術大学と地域をつなぐ産官学連携のハブとして、教員や学生らとともに、地域資源の可視化やさまざまな社会実験、相談対応に取組んできました。秋田公立美術大学の社会連携事業を効果的に展開するコーディネーションの専門集団という法人の設立経緯に立脚しながら、秋田公立美術大学がもつ人材や知見を地域とつないだ多様な事業を企画・制作するとともに、昨今は法人が有する知見・経験を秋田市文化創造館の指定管理事業や秋田市文化創造プロジェクトの企画制作といった、秋田市の文化政策につながる事業にもいかす事例が増えています。

この5年間、拠り所としてきたのは、2018年夏の職員合宿でつくりあげた行動指針。

わたしたちは、誰もがクリエイティブであると考えています。

そのクリエイティビティには、まちを変える力があると信じています。 萌芽的な可能性を積極的に探り、すべての人々がクリエイティビティを発揮できる環境をつくります。

この行動指針を引き継ぎこれまでの成果や課題を踏まえて、この度、次の5年間(2023-2027年度)の指針として「ビジョン 2027」を策定し、さらに法人のミッション・ビジョン・バリューを再定義しました。これらを理事や職員のみならず、協働するアーティストやデザイナー、自治体や企業等とも共有しながら、戦略的に法人の経営と事業の計画・実施を進めます。

アーツセンターあきたの強みは、既存の価値観や前例にとらわれない姿勢。次の5年間もこの姿勢を貫き、状況の変化に応じて、柔軟に対応していきます。


アーツセンターあきたは、秋田公立美術大学と連携し、または秋田市文化創造館を起点に行うさまざまな取組みをきっかけに、一人ひとりが主体性をもって”動き出す”状況をつくることを目指します。
そのために、事業においては「観察力」「対話力」「思考力」にフォーカスした企画や仕組みを整備・実践します。
 
日常を見つめ、気づきや発見を得る「観察力」の養成に取組む
物事を注意深く観察する中で得られる知見や気づきは、「わたし」が動き出すための原動力となる。
さまざまなアプローチで「観察力」を養う機会をつくり、主体的な知見や気づきの獲得を促します。

他者に向き合い、異なる価値観を許容する「対話力」の養成に取組む
分断と対立が加速する社会では、他者に向き合い、対話を行うことがますます困難になっています。
異なる価値観に出会い、他者と向き合って対話するための場を用意し、「対話力」を養うきっかけをつくります。

提供されるサービスを消費するのではなく、主体的に考える「思考力」の養成に取組む
答えのない問いや困難な状況が溢れる現代社会。
主体的に思考する力を養うことで、さまざまな障壁を乗り越え、「わたし」が動き出す原動力を育みます。

能代北高跡地利活用に向けた実証実験プロジェクト(撮影:伊藤靖史)

また、ビジョン2027を推進する法人の体制を整備し、事務局については「人に投資する」を新たな方針として業務を進めます。
 
業務や人に関わる仕組みの見直しや新規整備
非効率な意思決定や情報共有を改善するため、仕組みや制度を抜本的に見直します。
また、研修や人事評価などの人事制度を新たに設計・整備し、職員のスキルアップやキャリアップを後押しします。

事業の収益改善
既存事業を見直して効率性や収益の改善をはかるとともに、新規事業の開拓に着手し、法人の経済的安定性を強化します。収益は人材に投資することで、職員のスキルアップやモチベーションの向上を図ります。
 
理事会・事務局の再編
理事会と事務局を再編し、適材適所に人材を配置して、事業戦略を効果的に推進します。

20-30代の若手スタッフが活躍するアーツセンターあきた(撮影場所:秋田市文化創造館、撮影:伊藤靖史)
秋田公立美術大学内に事務所を設け、大学との緊密な連携を図っている(撮影場所:アトリエももさだ、撮影:伊藤靖史)

策定のプロセス

2022年7月から2023年3月の9カ月間、次の4つのトピックについて、職員を対象としたアンケートや面談、理事を交えたミーティング、関係者へのアンケートやインタビュー調査を行い、議論と思考を積み重ねてきました。
 
・これまでの実績を振り返り、成果と課題を検証する
・目指す法人像を思い描く
・法人の強みと弱みを再確認する
・外部環境に目を向ける

アンケート調査
2022年11月~2023年1月にかけて、これまでアーツセンターあきたと接点のある秋田県内外の関係者にアンケート調査にご協力をいただきました。
関係者の皆さまからの叱咤激励のメッセージは、地域に深く根差すアーツセンターあきたの活動のこれからの方向性を考える上で、示唆に富み、大きな励みになっています。ご協力をいただきました皆様に、改めて御礼申し上げます。
 
アンケート集計結果(概要版) 

(撮影:草彅裕)

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた 事務局長

三富章恵

静岡県生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科修了。2006年より、独立行政法人国際交流基金に勤務し、東京およびマニラ(フィリピン)において青少年交流や芸術文化交流、日本語教育の普及事業等に従事。
東日本大震災で被災経験をもつ青少年や児童養護施設に暮らす高校生のリーダーシップ研修や奨学事業を行う一般財団法人教育支援グローバル基金での勤務を経て、2018年4月より現職。

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