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ローカルに美大があること。その存在意義を問う。 シンポジウム「ローカルに美大があるということ」レポート

秋田公立美術大学開学10周年記念展の関連プロジェクトとして、7月9日(日)開催したシンポジウム「ローカルに美大があるということ」。兵庫県豊岡市の芸術文化観光専門職大学学長の平田オリザ氏と、東北芸術工科大学学長の中山ダイスケ氏を招き、地方都市に芸術系大学があることの意義や価値を、各地の実践事例から紐解きました。担当者によるレポートをお届けします。

日本の文化観光を牽引する人材を育成。芸術文化観光専門職大学

(兵庫県立)芸術文化観光専門職大学は、日本で初めて演劇とダンスの実技が本格的に学べるとともに、文化観光の中でも特に芸術文化のスペシャリストを養成する大学として、兵庫県北部の但馬地方にある豊岡市に2021年4月に開学しました。

開学以来平均志願倍率は5倍を超え、全国から入学希望者が殺到しているそう。その背景には、国際的に活躍する教員陣や国際共同制作の機会など、これまで日本国内になかった本格的に演劇・ダンスが学べること、さらには地域と連携し、芸術文化と観光業界の双方において豊富な実習機会を設け、アートに加えてマネジメントも実践的に学べる充実した教育プログラムにあります。

大学が立地する豊岡市は、多くの文人墨客に愛される観光地・城崎温泉が全国的にも有名です。一方で、経済状況・社会状況の変化に伴う新しい観光の在り方に対応できてこなかったことも事実。海外の富裕層を中心としたリゾート型の滞在ニーズに対応するために、昼はスポーツ、夜はアートといったコンテンツを充足させ、豊岡や但馬地方を関西の一観光地から国際的なリゾートに脱皮するための核となる人材の育成が大学の狙いでもあるそう。
「日本の課題あるいは国際的な課題と地域課題が直結しているのが、うちの大学の売りであり、そのことに共鳴して日本中から学生に来ていただいてるんじゃないか」と平田学長は話します。

学年定員は80人の小さい大学ながらも、人口が7.5万人を切り、7割が1度は市外に出てしまう状況を踏まえると、学生の存在は豊岡市にとって大きな人口インパクトをもたらしています。一方で、短期的な若者の人口増ではなく、彼らが卒業後、文化観光の分野で地域や日本を牽引していくことこそが、芸術文化観光専門職大学の狙いであると受け止めました。

芸術文化観光専門職大学
〒668-0044 兵庫県豊岡市山王町7-52
https://www.at-hyogo.jp/

未来課題に対応するクリエイティブ人材を輩出。東北芸術工科大学

中山ダイスケ氏が2018年から学長を務める東北芸術工科大学(通称「芸工大」)は、山形県と山形市による公設で、民間が運営する公設民営の私立大学。1991年の開学から、今年で32年を迎える歴史の中で、東京にある芸術大学のコピーではなく地域の社会課題に実践的に取組む、”課題先進県”である山形ならではのクリエイティブ人材育成の戦略を確立しています。

芸工大では、エンターテイメントや広告といった「楽しませる」クリエイティブではなく、生産やデジタル、UI(ユーザーインターフェース)、福祉などの世の中を「便利にする」、「快適にする」ためのコトを生みだすクリエイティブ人材の育成に特化。ほとんどの演習にクライアントをつけ、企業や自治体などと連携して実践的な教育の機会を生みだしています。また、こういった学生たちの学びを後押しするのが、さまざまな業界で現役で活躍するプロの専任教員たち。学長をはじめとする数名の教員がディレクションを担い、プロの専任教員たちの連携で学科を横断してプロジェクトベースで共創し、教室内の実験にとどまらず商品・製品・作品としてのクオリティを担保し納品まで行っています。毎年大学に寄せられる依頼は100件以上。その分野は、商品開発やデザイン、工芸技術の活用、病院のサイン計画や、交通政策の実証実験、空き家活用など多岐にわたっています。「芸工大は、地域のクリエイティブ会社みたいなもの」と言う中山学長。30余年の大学の歴史の中で、地元のクリエイティブ企業に就職した卒業生たちと大学とが協力し、案件を受注することも増えているそうです。

地域のクリエイティブ会社として、シンクタンクとして、山形発で、日本のこれからをリードする社会課題解決の実績を蓄積している様子が伺えました。

東北芸術工科大学
〒990-2421 山形県山形市上桜田3丁目4-5
https://www.tuad.ac.jp/

プロのアーティスト育成と、地域との関わりから見えてくるもの

後半では、秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻教授の岩井成昭氏がモデレーターとして加わり、ディスカッションを進行。冒頭岩井教授から、秋田公立美術大学は新しい芸術領域の創造を基本理念に掲げていること、10年間の中でローカルとグローバルとをつなぐハブとしての役割が顕在化していることについて紹介し、続いて、2つの問いが投げかけられました。

秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻の岩井成昭教授

―大学の成果を地域に還元していくと同時に、世界に通用するような作品の質の担保をどのように行っているか。

平田学長は、過去の経験からシステムさえつくれば、これから日本を代表する劇作家や演出家が芸術文化観光専門職大学から出ることは間違いないと断言。また、卒業後に多様な進路選択をし観光業界などで出世をした卒業生とプロのアーティストが、大学の1年次に寮でともに暮らす経験は、必ず将来財産になる、と話しました。

一方で芸工大は、「T.I.P(TUAD INCUBATION PROGRAM)」という選抜作家育成プログラムを設け、プロのアーティストとしてキャリアを築きたいという意欲のある人に学びの機会を設けているそう。「意欲のある学生はサポートする。黙っていたら学費分しか学べない。クールなコミュニケーションも必要だ」と中山学長は言います。

芸術文化観光専門職大学の平田オリザ学長(右)

―行政の評価を大学としてどう受け止めているのか。

私立大学である芸工大は、公立の豊岡、秋田と行政との関係は異にするとしつつ、交通の社会実験や空き家問題の対策など、行政から依頼を受けて大学がシンクタンク的に機能する事例があり、そのための関係性が現市長や知事とはできていると中山学長。

芸術文化観光専門職大学は、これまで志願倍率が高水準で推移している状況やさまざまな地域における取組みが評価され、既に定員増の期待もあるそう。一方で、2021年4月の市長選では、大学を誘致した現職が敗れました。平田学長は「文化に手を出すと(選挙に)落ちますから」と話しながらも、政治の役割は50年後、100年後の地域の未来に投資をすること、それは特に芸術系の教育が目指すものとも共通し、芸術文化観光専門職大学は今必要な人材の育成ではなく、未来にどんな人が必要になるかを考えることを目指していると話します。中山学長も「小さなまちに芸術大学があるのは、学生でまちの活性化とか若者人口増といったものをこえて、経済戦略であり、文化戦略なんですよね」と呼応しました。

東北芸術工科大学の中山ダイスケ学長

アートとの関わり、これからのアートとは

当日は、高校生や大学生、行政関係者や地元企業関係者、県議会議員など、多くの参加者が集まりました。熱心にメモを取りながら聞く参加者の姿も多く、会場からも質問が。

― 開学して3年、10年、30年とそれぞれ歴史を重ねてきた3大学。今後地域に暮らす市民と芸術との関係がどうあったらいいか。

アートは常に未来に向けた表現であり、今役に立つものだけが残るとやせ細ってしまう。企業の論理による課題解決ではなく、本質に迫るのがアートの仕事で、それを体を張って守るのが教員、学長や芸術監督の役割。そして、大学は知の拠点。知の防波堤でもあるし、美の防波堤でもある。それをこれから果たしていくことも大事じゃないかと、平田学長は応答します。

中山学長は、18歳人口が減っていっても、まちの人全体が学べる知の拠点でありたい。山形県は47都道府県で、唯一県立の美術館がなく、大学が美術館の役割も担っていきたいと話しました。

一方、岩井教授は大学がもつ批評性が重要と話し、何かを残す、何かをなくすというときに、なぜそれが必要なのかを市民と一緒に考えていけるようになっていきたいと言います。

―世界や日本においてアートはこれからどんな存在になると思うか。

業界の人が思ってることと、個人が思うことには差があるのでは。地方にいても色々な情報に触れることができるようになった。自分のアートとは何かと問うてみては、と中山学長。

予測不可能なところにアートの価値がある。長く停滞をつづける日本で、アートに期待をかけてみるのも大事ではないか。それをきちんとプロデュースできる人材育成も重要。また、私の母の時代は東京に行くしかなかったが、今は秋田にも、山形にも、豊岡にも選択肢がある。アートでこれだけ選択肢が広がるというのは素晴らしいことと、平田学長による会場の高校生に向けた激励のメッセージでシンポジウムを締めくくりました。

会場には高校生、大学生や行政関係者などが集まった。

3つの大学の取組みからみえた「ローカルに美大があるということ」

ローカルだからこそ地域と緊密な関係性を構築し、地域を学びのフィールドにしながらも、地域活性のために共創することができる。また、東京や京都などの歴史ある芸術系の大学に比べると、まだまだ新しい大学だからこそ、これまでになかった独自のチャレンジができること。豊岡、山形、秋田の3つの大学の取組みを聞き、ローカルに美大があることの意義を、そんな風に受け止めました。

レポートVol.2では、秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻教授の藤浩志氏(美術家、秋田市文化創造館館長)による、シンポジウムを踏まえたエッセイをお届けします。

Information

秋田公立美術大学開学10周年記念展「美大10年」関連プロジェクト
シンポジウム「ローカルに美大があるということ」

■ 日時:2023年7月9日(日)13:30~15:00
■ 会場:秋田市文化創造館
■ 登壇者:平田オリザ(芸術文化観光専門職大学 学長)、中山ダイスケ(東北芸術工科大学 学長)
■ モデレーター:岩井成昭(秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻教授)
■ 主催:秋田公立美術大学
■ 企画制作:NPO法人アーツセンターあきた

▼イベント概要
https://www.artscenter-akita.jp/archives/43006

▼アーカイブ映像
https://youtu.be/W5wB8zWsXh0
撮影:林文洲、山岸耕輔、チェシヨン、安藤陽夏里、安藤帆乃香
編集:林文洲

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた 事務局長

三富章恵

静岡県生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科修了。2006年より、独立行政法人国際交流基金に勤務し、東京およびマニラ(フィリピン)において青少年交流や芸術文化交流、日本語教育の普及事業等に従事。
東日本大震災で被災経験をもつ青少年や児童養護施設に暮らす高校生のリーダーシップ研修や奨学事業を行う一般財団法人教育支援グローバル基金での勤務を経て、2018年4月より現職。

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