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事務局長の旅日記Vol.1「旅をはじめる」

アーツセンターあきたの事務局長が、旅先で広めた見聞を旅日記にまとめる不定期のコラム。
第1回目は会津若松市と猪苗代町です。

はじめに

秋田市に移住し、アーツセンターあきたに関わってはや5年と半分。

仕事上の山積する課題は相変わらず片付かないけれど、とじこもって格闘するよりも、外の空気と情報をたっぷり吸い込んで、また日常に戻ってこよう。県外でお話しする機会をいただいたり、自ら休みをきちんととることに意識的かつ積極的になりつつあるタイミングをとらえ、外で吸い込んだ事柄を旅日記としてまとめてみるコラムをはじめます。不定期です。

第1回目は、先日訪れた福島県立博物館(会津若松市)とはじまりの美術館(猪苗代町)の旅日記です。

行き先を決める

どこに行くにも遠い(気がする)秋田。

都会に住んでいた時のように、公共交通機関で違う県や市にさっと移動するということが容易ではありません。雪が降ると、それは尚のこと。今回の行き先に設定した福島県立博物館やはじまりの美術館は、展覧会情報に接するたびに行ってみたいと思いながらも、なかなか足が向かなかったところです。秋田公立美術大学からの距離は、高速道路をつかって4時間45分、391km(Googleマップによる)。 それでも今回訪問を決めたのは、土曜日に秋田県南部の湯沢市秋ノ宮で開催されるイベント「ソウゾウの森会議」への参加を予定していたから。秋ノ宮からはじまりの美術館までは、3時間30分、253km。ちょっとだけ近い気がする。

さらにダメ押しとなったのが、SNSで福島県立博物館の企画展「仕事が仕事をしている仕事-福島のものづくりと民藝-」を訪問された方の写真を拝見し、その1枚に目がとまったから。その写真とは「木の岐(きのまた)」を写したもの。
木の岐とは、木の形状を活かして設えた道具類のこと。「木の岐」という当て字や呼称は、企画展「博覧強記・油谷満夫の木の岐展」(2021年、秋田市文化創造館)で特集した秋田在住の蒐集家・油谷満夫さんの命名によるものと思われます。このマニアックな道具類の木の岐は、企画展を契機にいろいろな方に興味を持っていただき、昨年からは秋田市文化創造プロジェクト「PARK -いきるとつくるのにわ」の招聘作家である身体0ベース運用法(安藤隆一郎さん)がリサーチをはじめたりと、新たな広がりを見せています。

※身体0ベース運用法による木の岐のエピソード募集
https://akitacc.jp/event-project/kinomata/

今年度に入り安藤さんがリサーチする過程で、秋田市内で代々農家をされている方を訪ねても木の岐は知らない、見たことがない、という答えが返ってくるばかり。プロジェクトの担当者内で「木の岐まぼろし説」がまことしやかに語られ始めていた時、SNSで見つけた写真に大興奮してしまった私は、見に行くしかないと腹を決めたのでした。
そして、福島に行くならはじまりの美術館も外せないだろうと。こうして行き先は、福島県会津若松市、猪苗代町に決まりました。

思わず社内SNSに、木の岐を見つけた感動と興奮を投稿

あらゆる仕事が仕事をしていた展覧会

福島県立博物館の夏の企画展として9月24日(日)まで開催されていたのが、「仕事が仕事をしている仕事-福島のものづくりと民藝-」。油谷さんのコレクション以外は初となるリアル木の岐との対面にドキドキしながら、企画展示室の入り口を入ると、仕事が仕事をしている空間が広がっていました。
作品を見るよりも、展示・施工方法や空間デザイン等に目が行ってしまう職業病の発作に襲われつつも、民具の美しさとそこから想像する作り手のよろこびに目と心が奪われました。

博物館入口に掲げられたサイン

感心したのは、クラフト紙で覆われた展示台や展示壁。そして、今日の民具も収蔵をつづける福島県立博物館の収蔵の姿勢でした。展示室の最後に鎮座していた木の岐との対面に一人よろこびを噛み締めたのは言わずもがな。展示物のみならず、学芸員さんやインストーラーさんなどの展覧会をつくる方々も、良い仕事をしていたと拍手をおくりたくなる展覧会でした。

展覧会の図録は、自分用と油谷さんへのお土産に2冊購入。

はじまりの美術館

その後向かった猪苗代町のはじまりの美術館。

はじまりの美術館で学芸員を務める大政愛さんから、オンラインで美術館の活動についてお話を伺って以来、一度は訪れたいと思っていたところです。
ずっと情報だけは追いかけていたはじまりの美術館について良いなと思っていたのは、展覧会のタイトルのつけ方とデザインです。日々無意識にやり過ごしている物事に丁寧に向き合い、それをやさしく包み込むようなタイトルとデザインがほどこされたチラシを秋田でみるたびに、心がほぐされ、いつの日か実際に訪れる時を焦がれていたのでした。

美術館に到着し、玄関に向かうところで目にした「AEDあります」の手づくり風のサイン。つづく自動ドアを抜けて広がる空間のやわらかい雰囲気に、初訪問であがっていたテンションが穏やかに落ち着いていきます。展覧会「物語ることも、物語らないことも、物語れないことも」のツアーに混ぜていただき、大政さんや出展作家の本田正さんからお話を伺いました。

これらのサインは、コロナ禍で臨時休館中にスタッフさんが制作されたそう

ツアーに参加した他の方々と作品について思ったことや疑問を口にしながら展覧会をめぐる体験は、自分が気づかなかった作品の見方や捉え方を獲得できて学びが多いことを実感しました。そして、お話を直接伺うことができた本田さんは、2017年に「ポコラート全国公募vol.7」で我らが理事長、藤浩志による藤浩志賞を受賞しているというご縁も。

本田正「だいこん」

※本田正さん
https://fukushima.hajimari-archives.com/archives/artists/hondatadashi

※ポコラート全国公募展vol.7
https://pocorart.3331.jp/news/000013.html

震災を機にうつ病を発症し、精神科に通院するなかで知的障がいの診断を受けたという本田さん。ライフワークのサーフィン、農業に、アートが加わり、制作・表現をつづけているそうです。本田さんからは、藤浩志賞を受賞した作品「たくわん」や、会期中にChat GPTとの対話を通じて完成させた新作などを織り交ぜた展示作品の一つ一つにある想いやエピソードを伺いました。

展覧会の作品解説を聞きながら、思い出していたのは、ちょうど前日に参加した秋ノ宮でのイベントで聞いた「イワナ」のことやその「亜種」のこと。障がいの有無は、大きな生態系における人類の「亜種」のようなものと考えたらいいのかもしれない。均質化が優先される社会では生きづらいけれど、自らが暮らす環境にほどよく適応するように変化(最適化ではなく、ほどよく適応するのがミソ)していくことで生き抜くイワナの生き様。そんなことを考えつつ、夕暮れのせまる猪苗代町をいそいそと後にし、4時間45分、391kmの帰路を、法定速度を守りながら爆走したのでした。

Information

今回の旅先

■ 福島県立博物館
住所:福島県会津若松市城東町1-25
https://general-museum.fcs.ed.jp/
 
■ はじまりの美術館
住所:福島県耶麻郡猪苗代町新町4873
https://hajimari-ac.com/

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた 事務局長

三富章恵

静岡県生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科修了。2006年より、独立行政法人国際交流基金に勤務し、東京およびマニラ(フィリピン)において青少年交流や芸術文化交流、日本語教育の普及事業等に従事。
東日本大震災で被災経験をもつ青少年や児童養護施設に暮らす高校生のリーダーシップ研修や奨学事業を行う一般財団法人教育支援グローバル基金での勤務を経て、2018年4月より現職。

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