arts center akita

事務局長の旅日記Vol.8「ドキリ」

アーツセンターあきたの事務局長が、旅先で広めた見聞を旅日記にまとめる不定期のコラム。第8回目はこの夏取り組んだプロジェクト「1/1000油谷コレクション」について。

今年の夏は、モノにまみれて過ごしました。 6月30日から取組んだのは、秋田市在住の蒐集家・油谷満夫さんが生涯をかけて集めるモノの分類整理を行うプロジェクト「1/1000油谷コレクション」。油谷さんのモノを以前から知っている人々からは、たくさんの好意的な反応が聞かれました。詳細はプロジェクトのレポートをご覧ください。

▼プロジェクト「1/1000油谷コレクション」レポート

7月1日~7月12日に秋田市文化創造館で行ったプロジェクト「1/1000油谷コレクション」の会場風景

御年90歳の油谷満夫さんは、10代からモノを集めはじめ、その対象は農具、生活用具、工芸、書籍等、幅が極めて広いのが特長です。点数にして50万点とも60万点とも言われ、ご本人も台帳をつけることを早い段階で断念したというので、実態は現在も不明。秋田県内に5つの保管場所をもち(うち1つは秋田市への寄贈品を保管・展示する市の施設)、宮城県松島町や山形県鶴岡市の個人や団体等にも貸出をしています。油谷さんにはお子さんがおらず、自分が集めたモノが近い将来散逸する危機にあることを強く危惧されています。これまでにに油谷さんから、「(散逸してしまったら)モノが可哀そうだ」という言葉を、何度も聞きました。

私たちと油谷さんとの出会いは、おそらく展覧会「アウト・オブ・民芸|秋田雪橇編」(2020年、秋田公立美術大学ギャラリーBIYONG POINT)がきっかけだったと思います。展覧会の準備の段階で、担当スタッフが油谷さんとコンタクトを取り、信じられない量のモノを集めている変わった人であるという話を聞いていました。展覧会に乗じてか、それからしばらくしてだったか、秋田市金足にある油谷これくしょんを何名かのスタッフとともに訪問し、一般公開されているモノから未公開のモノまで、これくしょんの隅々を見学させていただく機会に恵まれ、その物量と内容、油谷さんの解説の情報量に驚愕したことを覚えています。また、油谷さんは、これだけのモノがありながらも、その価値を認めてくれる人が少ないということをしきりに溢されていたことが印象に残っています。 その後、コロナ禍に入る前までは、県外からアーティストや専門家を招聘する機会があれば、油谷これくしょんを紹介し、油谷さんにお引き合わせすることが何度かありました。多くの方が、モノに圧倒されつつも、強く興味を示し、その様子を見て嬉しく思っていました。

2021年3月からアーツセンターあきたは、秋田市文化創造館の指定管理を務め、開館記念事業として半年間にわたって展覧会「200年をたがやす」(2021年、秋田市文化創造館)を開催。この展覧会にも、油谷さんにご協力をいただきました。同年8月には、アーツセンターあきたのさまざまな取組みが、KDDI株式会社による「+αプロジェクト」に選定されて賞金をいただくという出来事も続きました。記憶と記録が定かではないものの、「200年をたがやす」の中で、アーティストの尾花賢一さんがキュレーションを務めた油谷さんの収集品を活用した展示が大変好評で、これを継続できたらという意見が社内外からあり、さらには予期せぬ賞金という臨時収入があったことから、文化創造館の空いた空間を活用して展覧会を小さくやってしまおうと動きただし、実現したのが展覧会「博覧強記・油谷満夫の木の岐展」(2021年、秋田市文化創造館)でした。

当時の記録をたどると、10月末に油谷これくしょんを視察し、展覧会で特集するテーマを「木の岐」と決め準備に取り掛かっていたようです。開催まで1.5ヵ月程度のかなり短い準備期間でした。

運命を感じたとの社内SNSへの投稿記事

木の岐の実物を中心に、秋田県内の林業や農業の様子を写す版画や絵画等も油谷さんからお借りし、展覧会を構成。余りに短すぎる会期に、見逃したことを惜しむ声を多数いただきつつも、多くの方にご来場いただき、油谷さんも満足げでした。

展覧会「博覧強記・油谷満夫の木の岐展」会場風景(秋田市文化創造館)
展示会場で話をする油谷満夫さん

撤収作業を終えた最終日、油谷さんが沢山の色紙を携えて文化創造館の事務所を訪問されました。色紙には、関わったスタッフ一人ひとりの名字を使った短歌が描かれており、それがそれぞれの特徴を絶妙に言い当てていることに事務所の中には笑いや涙がおこりました。油谷さんと一緒に集合写真を撮って、また何か一緒にやりましょうと約束し、皆で油谷さんを見送りました。その後少し間を置いて、油谷さんが再び戻ってきて、何か言葉を発しました。よく聞こえなかったので、「何ですか」と問い返すと、私の方を指さしながら(と私は思っています)「期待していますよ」と力強くおっしゃっいました。その言葉に、心臓がドキリと変な脈を刻んだことをはっきりと覚えています。

撤収作業を終えて、油谷さんと記念撮影(2021年12月)
《み》んなの要の位置にありながら、《と》くすることの少ない位置、しかしながら《み》んなの頼れる位置(泣ける!)

このドキリとする感覚は、実は中学生の時に1度経験しています。自室で勉強をするふりをしながらラジオを聞いてた夜、いつものリスナー参加型のクイズコーナーがはじまりました。MCの声に耳を傾けていた時に、突然心臓がドキリと変な脈を打ち、「今夜、電話をかけたらつながる!!」という予感が沸いたのでした。電話の子機のない家だったので、急いで親がいる居間にいって電話をかけたところ、本当にラジオ局につながりました。突然コソコソと電話をかける娘をいぶかしむ親の視線を背中に浴びつつ、予感通りに電話がつながったことに慌てふためき、クイズの結果は惨憺たるものでしたが、その時以来、あの「ドキリ」の感覚には何かあると信じています。

油谷さんから「期待していますよ」と声をかけられ、あの時の「ドキリ」が人生2度目にやってきたのです。これは何とかせねば。そして、何か動き出すと、ラジオ局に電話がつながったような奇跡がおこるかもしれないという、なんともスピリチュアルな使命感に誘われた私。そこに、きちんとした研究目的やプロジェクトの制作目的をもったアーティスト、研究者やスタッフが加わって、半年以上の構想を経て、「1/1000油谷コレクション」がはじまりました。

7月に2週間行った「1/1000油谷コレクション」は、様々な出会いと思わぬ発見の連続でした。その記録は國政サトシさんの編集とボランティアの方々の協力を得て「油谷帖」としてまとめることができました。年明けには改めて分類整理活動を行う予定。今後の展開をお楽しみに。

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた 事務局長

三富章恵

静岡県生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科修了。2006年より、独立行政法人国際交流基金に勤務し、東京およびマニラ(フィリピン)において青少年交流や芸術文化交流、日本語教育の普及事業等に従事。
東日本大震災で被災経験をもつ青少年や児童養護施設に暮らす高校生のリーダーシップ研修や奨学事業を行う一般財団法人教育支援グローバル基金での勤務を経て、2018年4月より現職。

一覧へ戻る