暴れたい願望を体現
会場に入ると、屈強な肉体の男たちが縦横無尽に動き回るアニメーションが映し出されている。時には彼らが激しくぶつかり合う様子が、大胆なタッチで描写されている。
前川原綾香は秋田公立美術大学在学時から、油画材で描いた原画をコマ撮りしてアニメーション作品を制作してきた。その作品にはターザンが多く登場する。ターザンとは前川原にとっての理想の人物像であり、自らの内に秘めた「暴れたい」願望を代わりに体現してくれる存在であるという。

《TARZAN BOMB》(2020)は卒業制作として発表された作品で、熱帯の植物が描かれたビニールハウスの中にアニメーションが映し出される。原画を描いたコップ自体を回転させながら撮影するアニメパートから、クレイアニメへと移行するという構成になっている。ストーリーは、コップの中で成長した一人のターザンが、外へ飛び出した瞬間に陸に上がった深海魚のように崩れ去るというもの。社会に出たばかりの若者が、学生の時とは違った生きる厳しさを知る状況を思い起こさせる。
前川原のアニメーションはおよそ1秒につき12~24枚のデータを使用して制作されているが、キャンバスを上塗りしていく手法で描かれているため原画が残らない。時にはキャンバスに塗った絵の具を指で直接動かしながらコマ撮りをする。
三人姉妹の末っ子として育った前川原は、姉たちに日記を盗み見されるのが嫌で、子供の頃から「日々の記録を消す」習慣がついた。これが作品を形として残さないという現在の作風に反映されている。《TARZAN BOMB》は卒業にあたり、「自らの痕跡を消す」というコンセプトの元に制作したという。



ターザンと「猪木」
《対面クラブ》(2020)では、向かい合った2枚のスクリーンにアニメを投影させ、その間にアクリル板を置いた卓球台が設置されている。無人島に住む屈強な男が波の向こうに自分とそっくりな男の姿を見て、お互い崩れ落ちるまで球を投げ合うストーリーだ。この作品はコロナ禍において、「ドッペルゲンガー」をテーマに制作された。他者とコミュニケーションを取れなくなった中、前川原は自らの内面と向き合うことは自己破壊になり得ると感じたという。
前川原は屈強な男たちを描きながら、人間の強さと脆さを同時に表現している。作品に登場する男たちは、前川原にとってもう一人の自分なのかもしれない。

前川原の作品の中で「闘い」のシーンが多い背景には、高校生の頃から見続けているプロレスの影響がある。プロレスラーがぶつかり合う姿を観ると、自然と感情移入するのだという。
《対面クラブ》を鑑賞していた時、私の脳裏に子供の頃テレビで観たプロレスの試合がよみがえった。1988年、新日本プロレスの横浜大会で行われた「アントニオ猪木vs藤波辰爾」戦である。
当時、猪木のレスラーとしてのキャリアは峠を越えており、弟子の藤波とのシングルマッチは文字通り世代交代をかけた一戦であった。お互い持てる技をすべて繰り出すも決着が付かず、最後は60分時間切れとなった。試合後、猪木が藤波の腰にチャンピオンベルトを巻き、世代交代を印象付けたシーンは日本プロレス史に残る名場面として語られている。
この試合の途中、実況の古舘伊知郎は、「二人の猪木が闘っている」というフレーズを口にした。黒タイツ、黒シューズという共通の姿だけでなく、そのファイティングスタイルもまるで合わせ鏡のようであった。アントニオ猪木こと猪木寛至と、愛弟子・藤波辰爾が、互いの理想とする「猪木」で死力を尽くして闘ったこの試合は、プロレス界におけるドッペルゲンガー現象であったように思えた。
前川原にとってのターザンとは、この試合における「猪木」のように思えてならない。自分の分身を闘わせる作品は「猪木vs藤波」同様、勝敗の決着はつかないのである。

闘いに参戦する
会場内で一際目を引くのは、中央に設置されたリングである。今回の展示で前川原はプロレスの鑑賞構造を取り入れた。リングの上に映し出されるのはこの企画展のタイトルとなっている《ヒューマンvsエイリアン》(2024)である。
ストーリーは、農夫と宇宙人がUFOの中でお互いをマッサージしながら戦いに発展し、最後は「ロックアップ」と呼ばれるプロレス特有の組み合いのシーンで終わる。一見、荒唐無稽な話のようであるが、アメリカのプロレスでは「スキット」と呼ばれる寸劇から試合が始まるケースが多い。リング外でのストーリーラインもプロレスにとって重要な要素であり、その内容は奇想天外であるほど、観客を引き付けられるのだ。
リングの下には椅子や脚立が無造作に置かれている。これらは試合の中で相手を痛めつけるために使われることはプロレスファンなら重々承知である。リングの下にこれらの凶器があるということは、二人の闘いがこれから流血必死の展開になることを示唆しているようだ。
観客はリング下からも《ヒューマンvsエイリアン》の映像が観られるようになっている。そこで作品を鑑賞してると、これまでとは違った感情が湧いてくる。プロレスでは試合中、または試合後に、対戦しているレスラーと因縁のある選手が場外から乱入することがよくある。時には乱入するまでリングの下に隠れているケースもある。リング下で農夫と宇宙人の闘いに引き込まれていくうちに、もしかすれば自分がそこにある椅子を手に乱入するのではないかと思えてくる。そしていつしか無意識のうちに《ヒューマンvsエイリアン》に参戦しているのである。


形ではなく記憶に残す
昨年引退したプロレスラー・武藤敬司は、名勝負と賞される試合のことを「作品」と呼んでいる。それは単なる強豪レスラー同士の試合とは限らない。レスラーの表現力が最大限発揮されて、多くの観客の共感を呼んだ一戦である。前述した「猪木vs藤波」のような「作品」は、ファンの記憶の中では色あせることなく語り継がれているのだ。
プロレスと同様、前川原のアニメーションも形が残らない。しかし、人々の記憶の中に在り続けることが本当の意味での作品となる。これから彼女が描くターザンがどんな闘いを観せてくれるのか、ファン目線で期待したい。

Profile 執筆者プロフィール

小松和彦 Kazuhiko Komatsu
1976年秋田市生まれ。青山学院大学文学部史学科考古学卒。秋田市中通にある工芸ギャラリー・小松クラフトスペース店主。花柳界や民間信仰を中心に秋田の郷土史を研究している。
共著に 『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)、『村を守る不思議な神様・永久保存版』(KADOKAWA)などがある。秋田魁新報電子版で『新あきたよもやま』連載中。現在、秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科博士課程在学中。
秋田人形道祖神 https://dosojin.jp/
小松クラフトスペース https://www.komatsucraft.com/
Profile 作家プロフィール

撮影:越後谷洋徳
Information
秋田公立美術大学卒業生シリーズVol.13
「Human vs. Alien ー前川原綾香、アニメーションの死闘ー」
▼Human vs. Alien ー前川原綾香、アニメーションの死闘ー(PDF)
▼プレスリリース
■会期|2024年11月10日(日)〜12月8日(日)10:00〜18:50
会期中無休、入場無料
■会場|秋田公立美術大学サテライトセンター(秋田市中通2丁目8-1 フォンテAKITA6F)
■主催|公立大学法人秋田公立美術大学
■企画制作|NPO法人アーツセンターあきた
■関連イベント|アーティストトーク「アニメーションで闘うこと」
2024年11月16日(土)18:00〜
■お問い合わせ|
秋田公立美術大学サテライトセンター(NPO法人アーツセンターあきた)
TEL.018-893-6128 E-mail info@artscenter-akita.jp