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リサーチと多様なメディアでのアプローチによって 土地の姿をあぶり出していく 岩井成昭インタビュー

【ARTS & ROUTES展インタビュー②岩井成昭】
「旅と表現」を主題に2019年5月から複数のプロジェクトが平行して進行中の「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(11月28日開幕)。出展作家のひとり、岩井成昭は地域が抱える社会課題に芸術から応答することを試みています。多文化を見つめながら旅を続ける岩井の原点とは、表現のプロセスとは。

地域が抱える社会課題に芸術から応答する
岩井成昭がたどるプロセス

様々な領域のあわい(間)に存在する現代美術をあらためて意識し、「旅と表現」の現在を問う「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(2020年11月28日開幕)https://www.artscenter-akita.jp/artsroutes/。プロジェクトベースの活動やリサーチ、プロセス、出来事や時間などかたちを持たないものを展覧会へと描き出す新たな試みです。

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現在、アーティストや研究者らが作品制作や研究活動から主体的に立ち上げた複数のプロジェクトが、11月に始まる展覧会に向けて進行しています。出展作家のひとり、岩井成昭はこれまで、欧州、豪州、東南アジアにおける特定コミュニティーの調査をもとに映像、音響、テキストなどを複合的に使用した視覚表現を発表してきました。近年は在留外国人や移民問題、人口減少や少子高齢化といった地域が抱える社会課題に芸術から応答することを試みています。岩井の制作スタイルをつくった背景や原点、表現方法やそのプロセスを聞きました。

《喝采の記憶/未来への命名》2015年、NHK秋田放送局におけるインスタレーション

在留外国人との交流を通して多文化共生の多様な考え方を提示しているのが、岩井が主宰する「イミグレーション・ミュージアム・東京(IMM)」。地域で暮らす外国人の生活様式や文化背景を紹介するとともに、日常の中で変容していく諸相を「適応」「保持」「融合」という3つのキーワードから探るアートプロジェクトです。

IMMの一環として2020年度、移住と移民、多文化社会などを考える美術館「わたしたちはみえている ―日本に暮らす海外ルーツの人びと」が足立区内にオープン予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて延期に。オンラインで公開される公募展のほか日本各地における「多文化共生とアートの実践」、ゲストアーティストらによる「現代美術からのアプローチ」の3部門で構成される予定で、現在は公募展に集まった作品の数々をウェブサイトhttp://immigration-museum-tokyo.com/2020/opencall-en/にて公開中です。

美術館「わたしたちはみえている―日本に暮らす海外ルーツの人びと」の延期を受けて岩井は、
「経済も文化も教育も疲弊したなかで、誰もが自身の身を守ることを優先しています。しかし、国内には既に290万人以上の在留外国人の方々が暮らしています。彼らの多くが、私たち以上に過酷な状態であることは想像に難くありません。突如としてやってきたこの苦難の時代に、しかし、このような時だからこそ、海外ルーツの方々の存在に光をあてるべきだと思います。私たちの企画において、彼らの存在の証を顕在化できるのは、文化とそれを土台にした表現を通してしかありません」(http://aaa-senju.com/imi
と記します。「光をあてるべき」と語るように岩井はこれまで、現代社会の歪みや課題などあまり取り上げられてこなかった課題に対して調査をもとに、多様なメディアで作品を制作してきました。

多様な人々との共生のあり方に、
問いかけを生むプロセス

岐阜県可児市で制作し、2017年に発表した《Journey to be continued −続きゆく旅−》は、外国につながる15〜22歳の青少年を被写体にしたドキュメンタリー映画です。岩井は可児市に滞在し、異文化を持つ彼らの学校や社会での悩み、サポートする教育者や支援者たちの葛藤、そして多様な人々との共生のあり方を取材し、作品として問いかけました。

「日本に滞在する彼らは日本語が分からない、漢字が分からない。例えば公立高校の入試のために、自分のルーツとつながらない日本史を勉強しなければならない状況にあって、ドロップアウトしていく子がとても多い。そこで何が起こるかというと、未来に対して選択肢が狭まっていく。日本で暮らしているのに、彼らの生活は日本の価値観とは乖離していく。そこで彼らから、しっかり言葉を受けとめたいと思いました。まずはワークショップの手法を取り入れて、巨大なパネル(約2m×4m)に自由に描いてもらいました。どんなものでもよいから自分の気持ちを表現するために、画面全部を塗ってほしいというリクエストをして」

《Journey to be continued》2017年、ドキュメンタリー映像作品より(still image)

丸1日かけて描く子もいれば、1時間かからずに終わる子も。様々な青少年たちと対話することで見えたものがあったといいます。

「話を聞いていくと、どこで習ったわけでもないのに描画に使った色彩や形に対する『理由』がある。つまり『コンセプト』があるわけです。自分のなかでわだかまっていた経験なども、描くことで明確に『かたち』にしていることに驚きました。それを記録して編集していくと、まるでアーティストが自作の解説をしているような映像になりました。今後、彼らが成長した姿も追いかけてみたいと思っています」

美術の手法による多文化へのアプローチによって
土地の姿をあぶり出していく

岩井が1990年代に発表した《DIALOGUE》のシリーズは、多文化化が進む社会のなかのコミュニケーションの可能性と不可能性について問いかけた音と映像のインスタレーションです。世界の多文化都市で話されている言語から4つを選び出し、それぞれの話者を招きます。コミュニケーション不全についての台本を彼らに母国語で訳してもらい、その台本を元に4人の話者がそれぞれ別々の母国語で会話を成立させるという映像でした。最初に公開されたバージョンはおよそ1年間かけて58カ国、計80人に取材したなかから編集したものです。

「ビデオによる4つの異言語による会話は同じ台本から翻訳しているので、何を言っているのか、どんなジェスチャーかなどが対比されます。もし観客がひとつ言語を知っていれば、4つのセッションを通して見ることでストーリーが理解できます。異なる言語を話す人たちがそれぞれの言語のまま会話して、あたかもテレパシーを使い、理解し合っているかのように見える映像となりました」

《DIALOGUE》1999年、福岡アジア美術館おけるインスタレーション
《100 hummings》1994年、パワープラント(カナダ)におけるインスタレーション

初期作品の《100 hummings》(1994年)では、現在、住民の外国人比率が4割ともいわれる新宿百人町において、外国人労働者の方々が仕事を終えてシャワーを浴び、リラックスする瞬間につい口ずさんでしまう鼻歌を100曲以上サンプリング。それぞれが母国語で歌う鼻歌を展覧会場でアンサンブルにし、小さなサボテンに聞かせました。それぞれの文化背景が混じり合うことで形成されるイメージを表象させました。
タイ・バンコクで制作した《Kiku Sadud Rak》(2005年)では、タイと日本の合作映画を装うフェイクの宣伝ポスターを制作し、「近日公開」として広告展開。ポスター数百枚を街中に貼り出し、それらのポスターを見たバンコク市民が想像するテーマや物語について路上インタビューを通してイマジネーションをつなげ、その記録を編集して1本の映画をつくり上映しました。

《Kiku Sadud Rak》2005年、フェイクポスターとstill images

一方、現在拠点とする秋田では、人口減少という社会課題に着目。2つのプロジェクト《喝采の記憶》《未来への命名》を進行させましたが、特に後者について、岩井は以下のように語っています。
「人口が減るとはいっても、実際にはここで多くの人々が変わらぬ生活を営んでいます。私たちにとって、未来の象徴でもある妊婦さんに秋田で子育てをする思いを聞きました。生まれてくる子どもにどういう名前を付けるのか、どんな暮らしをしたいのか。あるいは家庭や職場でのモラハラの体験、職場に戻ったときの不安などを聞き、それらの言葉をランダムに光ったり消えたりするインスタレーションに託しました。秋田という土地の環境、ここで子育てをすることなどすべて引っくるめての人口減少なんだと思います」

新潟では、空き家が存在することによって地域の人にどのような影響を与えるかを問いかけるプロジェクトを展開しました。

「廃墟になってしまうかもしれない空き家、少し前に住人が不在になった空き家。7人のチームをつくってこれらの空き家を訪問し、その痕跡を見てどういう人が住んでいたのか、空き家になった理由や家族構成などをそれぞれの経験値からイメージしてもらい、その後、現場を知る親族や管理者に真実を語ってもらいました。地域の人と、なぜ空き家になったかを知る人とをリンクさせるんです。作品ではそれらのリサーチから再現した部屋をめぐりながら、外部から見た視線、内部からの視線を同時に経験していくものとしました」

《注釈と追記~空き家について》2016年、新潟市美術館におけるインスタレーション(detail)
《喝采の記憶/未来への命名》2015年、NHK秋田放送局におけるインスタレーション(撮影:高橋希)

調査を重ね、編集して組み上げていく
岩井の表現手法

様々な手法で多文化共生にアプローチする岩井の制作スタイルは、どのようにして生まれ、変化してきたのでしょうか。

「父が高度成長期の出版社に勤めていて、美術書や百科事典を編集していました。その血もあるのか、何事も不器用でうまくいかない自分でも編集系の仕事はなぜか抵抗感なく入り込むことができて。自分の内的な問題と対峙しながらオリジナルをつくり出すよりは、取材したコンテンツから編集して組み上げていくタイプの仕事が多く、それがだんだん自分の作風になったのかもしれません。逆にそこから逃れようとするもう一人の自分もいたりしますが(笑)」

現代社会における目を背けがちな課題を取り上げ、調査を重ねて様々な表現手法で制作する岩井のスタイルは、見る者を社会と改めて対峙させる独自の世界観を形成してきました。

「自分のスタイルというものにはあまり興味がありません。たまたまやれることをアートというカテゴリーに居候させてもらっている感覚に近い。ただ、これまでアートで扱われなかった内容に触れつつも、等身大の世界観で捉えていきたいという思いはあります。若い頃には、他者が手掛けないものにこそ自分の世界観が宿るという気持ちが強かった。でもその傾向は幾分、変わってきたような気もします。年齢を重ねると後ろを振り返って、やり残したことがあったんじゃないか、扱ったテーマや表現は本当にあれでよかったのか、本当はもっと豊かで意義あるものにできたのではないかと、過去に扱ったテーマをもう一度検証する態度に変化してきました。庭園に踏み石があるとすれば、飛び越えてきた石と石の間を振り返り、もうひとつの石を置くべきかと悩むような。それは『過去の検証から未来はつくられる』という自明の理に近いものですが、長い歴史だけでなく、自分史のなかで今それが起きていることが面白いと思います」

《What’s in a name?》2016年、新潟市美術館

岩井が現在、力を注いでいるプロジェクトのひとつが冒頭の「イミグレーション・ミュージアム・東京」。コロナ禍によって岩井が感じているのが「海外ルーツを持つ在留者たちの立ち位置が悪くなっている。というより、悪かったものが顕在化してきた」こと。民族問題をもはらむ、扱いにくい題材を「呑気な顔を装いつつ、しかし真髄について言及するのが僕らのスタンス」という岩井。「彼らの生活に染み込んだ文化、文化から見えてくる生活、そして彼らの置かれている状況・・・それらを今、理解しておくことは重要」と、コロナ以後の新たな世界の構築に目を向けています。

「旅」を通したリサーチによって
地域を問い直す「旅する地域考」

岩井が2018年から統括するプロジェクト「旅する地域考」は、秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科が展開する滞在型のワークショップ・プログラムです。「僕がこの30年近くやってきたことに対して、特に手法としてはこの機会にまとめて伝授できれば」と語るプログラムは、「旅」を通したリサーチやワークショップによって「地域」を問い直す試みです。

「これまで旅を特別意識したことはないのですが、僕自身は世界各地でレジデンスめぐりをしていた時期がありました。ヨーロッパやアジアを転々として、行く先々で情報を集めて次の機会にアプライすることを繰り返して、どうにか食いつないでいたんです。そういう旅の記憶や、地域に裸一貫で入ったときに何が役に立つのか、立たないのか。人と人との付き合いをどうやっていくのか。例えばベルリンなどコスモポリタン的な都市と、辺境の小さくて保守的なコミュニティーに入るのとでは人間の付き合い方が全く違う。地域に入ったらその土地のことを調べ、作品化するにはあえてタブーにも触れなければならないなど、自分の立場を俯瞰しながら土地や人との付き合いが始まる。おべっかも、毒もある。自分は芸の無い旅芸人なのかと思ったこともある。でも、信頼できる人を誰か一人でもつくらないと地域とはつながれない。関係をつくる術、そういうことを短期間に凝縮して考えることができる機会をつくりたい。そのなかで参加者の経験とアートや周辺領域の異なる視点を重ねて考察し、それぞれの次なる旅を企画・提案していく試みです。そのために、身体を移動させながら思考することが、何よりも重要なポイントなのです」

様々な領域のあわい(間)に存在する現代美術をあらためて意識し、「旅と表現」の現在を問う「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」。旅を続けてきた岩井の、かたちを持たないリサーチやそのプロセスが展覧会に向けて徐々に姿を見せていきます。

「旅する地域考 辺境を掘る夏編」より(撮影:船橋陽馬)

Profile

岩井成昭

1989年東京藝術大学修士課程修了。国内外の特定地域における環境やコミュニティーの調査をもとに多様なメディアで作品を制作し、国際展やAIRを中心に発表。1990年代から多文化状況をテーマに、欧州、豪州、東南アジアにおける調査を進める。2010年からはプロジェクトベースの「イミグレーションミュージアム・東京」を主宰。その一方で拠点を秋田に置き、秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科の新設に参与したほか「辺境芸術」を標榜するなど様々な活動を並行して進めている。秋田公立美術大学教授。

Information

展覧会「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」

■プロジェクト:2019年5月始動(現在進行中)
■展覧会:2020年11月28日(土)~2021年3月7日(日)
(※休館日:12月29〜31日、1月13〜22日)
■展覧会会場:秋田県立近代美術館(秋田県横手市赤坂富ケ沢62-46)
http://www.pref.akita.jp/gakusyu/public_html/
■ウェブサイトwww.artscenter-akita.jp/artsroutes
■JOURNAL郵送受付フォーム:https://forms.gle/eGfMMRvuuFrpheWR9
※プロジェクトの経過をたどる「JOURNAL」を定期的に発行しています。郵送をご希望の方は上記よりお申し込みください。

Writer この記事を書いた人

アーツセンターあきた

高橋ともみ

秋田県生まれ。博物館・新聞社・制作会社等に勤務後、フリーランス。取材・編集・執筆をしながら秋田でのんびり暮らす。2016年秋田県立美術館学芸員、2018年からアーツセンターあきたで秋田公立美術大学関連の展覧会企画、編集・広報を担当。ももさだ界隈で引き取った猫と暮らしています。

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