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開学から10年、こぼれ落ちた「破片」が放つ光 中須賀愛美 秋田公立美術大学開学10周年記念展「美大10年」に寄せて

「つくるをともに創る」を主題に、今までとこれからを見つめる秋田公立美術大学開学10周年記念展「美大(あきび)10年」が2023年7月6日〜8月7日、秋田市文化創造館で開かれました。この10年の間に醸成された教育・研究方針とその方法論に基づく成果を振り返る場として企画された本展では、会期中にさまざまな“できごと”がありました。「美大10年」に寄せるWeb連載企画第3弾では、秋田公立美術大学大学院の卒業生であり、秋田市文化創造館のスタッフでもある美術作家・中須賀愛美が現場で向き合った立場から振り返ります。

「美大10年」Web連載企画
1.「ローカルに美大があること」について―美大という文化政策―
  藤浩志評 シンポジウム「ローカルに美大があるということ」
2.「美大10年」の活動や社会的意義を開き、示す
  橋本誠評 秋田公立美術大学開学10周年記念展「美大10年」
3. 開学から10年、こぼれ落ちた「破片」が放つ光
  中須賀愛美 秋田公立美術大学開学10周年記念展「美大10年」に寄せて
4. 「美大の10年、私の10年」
  美術史家 山本丈志評 秋田公立美術大学開学10周年

美術が地域に広がるとき

秋田公立美術大学が今年で開学10周年を迎え、「秋田公立美術大学を丸ごと体験する展覧会」として「美大10年」が開催された。
私は秋美の大学院に2018年から在籍し、2020年に修了している。なので修了生として、また会場となった秋田市文化創造館の職員としても、10周年の展示に関わる機会をもった。

展覧会の内容は、4年制大学からの秋美の教育・研究活動の成果を振り返るものとなっている。これまで巣立っていった作家たちの卒業制作を中心とする作品展示、地域で進行するプロジェクトの成果発表、また大学の入試関連の展示などが、章立てて展開された。10年間を概観できるような膨大な展示物を、とりわけ創造館のかぎられた空間で収めるために重ねられてきた調整を考えると、その達成感はひとしおであったことだろう。
展覧会が開催される数日前には、私が秋田市で運営している「オルタナス」というオルタナティブスペースで、関係者による懇親会が開かれた。声のかかった卒業生らも多く集まり、食卓を囲んで和気あいあいと過ごす様は、同窓会の様相を呈していた。私はホストを務めたが、在学期間の被っていない卒業生と話ができ、展示作品のことを聞けて嬉しく思った。

一方で展覧会に際して、卒業生たちへの十分な案内がされていないとの声も聞かれ、秋田市在住で秋美の学部、大学院と計6年間在籍した同期の友人も、「情報が入ってこなかった」と訪れなかったことを後で聞いた。10周年という節目の事業に対して、たかだか卒業して数年の卒業生にさえ情報が行き届かなかったのは、大学が持つネットワークの薄さなのか、別な要因があるのか。思うところはいろいろとある。

在学生、卒業生、作家やイベントの登壇者として参加した人、観客として訪れた人、教員、地域の人。本展覧会への関わり方はその立場によってさまざまであったから、私がここに記述することもまた、一面的であることは否めない。それを念頭に置きつつも、この展覧会で特に印象に残ったことを、少し述べてみる。

ニュースに取り上げられたできごとがあった。
研究成果の展示である、「グラフィティリサーチプロジェクト」で起こったハプニングである。街なかのグラフィティ・アートを学生や教員が調査し、その膨大な写真を展示していたスタジオBの空間に、無断でグラフィティ数点が持ち込まれた。
話を知って館内の防犯カメラを確かめたが、丁度死角となる場所だったこともあり、どんな人物が置いたのか分からずじまいだったので、安全管理上は懸念が残るできごとであった。

ともかく勝手にグラフィティが展示されていたことを知って私は驚いたが、7月25日付の秋田経済新聞の取材記事によると、プロジェクトを実施した大学院の福住廉准教授はその行為に対して「言葉ではなく、アートを通じた地域との接点ができたこともうれしい。撤去せず、このまま展示したい」との好意的な態度を示し、実際その後の期間中も置かれたままにした。
同大学院の岩井成昭教授は記事の中で「ゴッホの『ひまわり』をモチーフにしている点からは、大学のような美術的権威に対する反発と読み取ることもできる」としながらも、「アートを通じたコミュニケーションが生まれたことに興奮している」との感想を述べている。
参考:秋田経済新聞「秋田美大の記念展に無断展示のグラフィティ 大学教員から驚きと喜びの声」(2023年7月25日)

研究対象、それも「美術大学」と対照的な位置づけにあるストリートカルチャーに身を置く人物からこのような反応があったとすれば、その想定外さからくる興奮には共感できる。美大側はグラフィティを勝手に置かれたことを、展示への「アンサー」と見なしているようだ。
一方、この事件を聞いた人の中にはより直球に「カウンター」だと見なす意見もあった。もしこれが権威に対する反抗であるならば、警戒のそぶりを見せつつも「コミュニケーション」として展示へ抱き込むやり方は皮肉でしかないだろう。

見なし方によって意味付けが正反対になるような事件だが、大学主催の記念展を見に来る鑑賞者は、ごく限られた層になるだろうという思いがあった分、「当事者」に届き得るのだとしたら純粋に驚きがある。美大開学10周年を迎え、地域へと広がりを持つことの可能性が、興味深い形で顕れていくことへの期待を、仄かに持ったのだった。

そうした展示の最終日に、私にとって忘れがたいできごとが起こった。

ある男性が突然、展示作品の前で物を設置し始めた、と報告が入ってきた。
2階の大空間、スタジオA1に入ってすぐの、亡くなった大谷有花准教授の絵画作品の目の前だった。監視員は声を掛けるも、男性は「注意されるのは承知の上」として、その行為をやめなかった。現場には戸惑いと、男性への不審が漂った。かけつけた美大の担当者がその行為を強く咎め、男性はようやく「展示物」をしまった。他に鑑賞者もいない、数分間のできごとだった。

こぼれ落ちた「破片」

私は男性と顔見知りだった。学生の展示があれば立ち寄ってくれる、新屋の面白いおじさんという印象だった。活動的な人で、創造館にもよく遊びに来てくれていた。
現場に駆け付けたとき、私はその人の常にはない萎れた雰囲気にたじろいだ。
行為を咎められて、膝をつき、顔を俯かせて展示物を片づけていく指先がかすかに震えているのを見て取ったとき、思わず声をかけた。

「どうして展示をしようと思ったんですか」

場所の移動を命じられ、展示室から離れた屋外で話を聞いた。
男性は話をすることに対してわずかに拒否する様子を見せたものの、落ち着きを取り戻していくうちに、私のスタッフとしての立場への気遣いさえ見せてくれながら、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていった。

大谷先生が亡くなったことを、展覧会に来て初めて知ったこと。大谷先生とは面識があり、一緒に展示をしてみないかと、話をされたことがあったこと。その後しばらく会う機会もなく、この展示を見に来た時に、飾られた絵とキャプションの前で愕然としたこと。

数週間もやもやとし続け、最終日に展示をすることにした。撤去を命じられるだろうと思いつつ、口約束でも果たしたかった。自分にはそうする他なかった、そういう風にしかこの気持ちを表せなかったと語った。

私には両者が実際どのような関係で、どういった言葉が交わされたのか分からない。大谷先生にとっては、その場限りで冗談のように口にした言葉だったのかもしれない。約束というには大袈裟なものだったかもしれない。

捧げ物のように作品の前に積まれた「展示物」を納めたバッグを見ながら、話を聞いた。新屋海岸で集めたという流木や、絵のモチーフとして描かれたうさぎが「お腹が空かないように」と選んだとうもろこしの飾り。自分の想いを作品で示して見せようとした態度は、きっと亡くなってしまった表現者に対する、最大限の敬意であった。

後日、大学関係者から改めて事の次第を尋ねられた。

「でも、無断で展示するのは良くないよね」
そう言われた時、じゃあこれまでの経緯はなんだったのかと思った。片や展示が許されニュースにもなり、片や誰にも鑑賞されず片付けさせられた。その切実さにもかかわらず。

私は美術が地域へと広がりを持つことの可能性が、興味深い形で顕れていくことを期待したが、2つの事件を通して感じたのは結局「権威」に回収できるか否か、という美大中心の都合であり、できなければマニュアル通りに排除する他ない、ということだった。
男性は今なお文化創造館に来ては、勝手に駐輪場のサインを作ったりと、面白い試みをしてくれる。何ともバイタリティに富んだ人だ。ただ、「迷惑はかけないようにするから」と繰り返す言葉は、あの事件以前はその人の口癖ではなかったのに、と思う。

開学10周年の展示を振り返ると、破片のように様々な場面が思い出され、その破片が反射する光は一通りではない。大学側が用意したかった鏡に映る像は、相応に立派なものになっただろう。その足元の破片が放つ光は、次の10年に届くだろうか。

Profile 執筆者プロフィール

美術作家

中須賀愛美 Manami Nakasuka

広島市出⾝、秋田市在住。美術作家として忘れられていく物事への視点を軸にした作品制作を行っている。2020年、秋田市にあるかつて青果店だった空き家を改修し、オルタナティブスペース「オルタナス」を有志と設立。2021年よりアーツセンターあきたに勤務。

Information

秋田公立美術大学開学10周年記念展「美大10年」

●会期:2023年7月6日(木)~8月7日(月)
●開館時間:
月~金 12:00~20:00 ※8月4日(金)は10:00~20:00
土・日・祝日 10:00~20:00、最終日8月7日(月)は10:00~19:00
●会場:秋田市文化創造館
●休館日:火曜日(火曜日が休日の場合は翌日)
●観覧料:無料
●出展者(50音順)※教員は氏名のみ表記
秋田公立美術大学粘菌研究クラブ、浅香遊(2019年卒)、石前詞美(学部4年)、石山友美、井上豪、井原ひかる(2020年卒)、今中隆介、岩瀬海(2023年修了)、NPO法人アートリンク うちのあかり、大越円香(2020年卒)、岡﨑未樹(2021年卒)、小原詩音(学部2年)、小山真実(2017年卒)、折出裕也(2019年卒)、加藤正樹(2020年卒)、川口朱德(修士2年)、菊地百恵(2018年卒)、草彅裕、求源(2020年修了)、工藤結衣(2021年卒)、熊谷晃、小杉栄次郎、小松千絵美(2020年卒)、齋藤大一(2020年卒)、佐々木大空(2021年卒)、佐藤朋子(ゲスト作家)、佐藤若奈(修士2年)、正保千春(2020年修了)、須賀亮平(2019年修了)、菅原香織、菅原果歩(2023年卒)、杉澤奈津子(2022年卒)、関口史紘(2022年卒)、五月女かおる(2019年卒)、髙橋香澄(2019年修了)、瀧谷夏実(2023年卒)、徳川美稲(2022年卒)、冨井弥樹(2020年卒)、永沢碧衣(2017年卒)、西永怜央菜(2018年卒)、西原珉、早川優風(2022年卒)、壹ツ石涼里(2023年卒)、日比野桃子(2021年修了)、福住廉、藤本尚美(2015年卒)、保坂剛志(2009年美短卒)、真坂歩(2018年卒)、増田美優(学部4年)、茂木美野子(2020年卒)、森田明日香(2022年卒)、森山之満(2022年卒)、柚木恵介、吉田真也(2017年卒)、渡辺美紀(2022年卒)
●全体統括:岩井成昭
●キュレーション:岩井成昭、小杉栄次郎、瀬沼健太郎
●会場構成:小杉栄次郎
●映像コンテンツ:萩原健一
●関連イベント:瀬沼健太郎
●会場デザイン:石川昌&CD専攻学生チーム
●制作:P3 art and environment
●主催:公立大学法人秋田公立美術大学
●後援:秋田市、秋田魁新報社、NHK秋田放送局、ABS秋田放送、AKT秋田テレビ、AAB秋田朝日放送、CNA秋田ケーブルテレビ、あきびネット

Writer この記事を書いた人

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