はじめに
新屋表町通りに面し、明治から昭和にかけて勝平酒造として使われていた、新屋の伝統的な町家形式を有する旧渡邊幸四郎邸、通称「わたこう」。2012年からは所有者のご厚意により、地域団体の管理のもと、秋田公立美術大学の学生や地域住民に開放されていました。この物件を2024年に秋田公立美術大学が取得し、2025年の秋から、アーツセンターあきたが運営管理を担い、秋田公立美術大学の学生・教員らの制作や発表、地域との交流の拠点としての活用を計画しています。
一般の方々に向けた試験的な運用に取り組みはじめた2026年、『第0回 わたこうみんなでお掃除の日』を開催しました。これまで管理に関わってきた方や利用者、大学教員・助手など20名が集まり、掃除や物品整理、中庭の剪定など、参加者とともに施設を手入れする機会を設けました。
お掃除の日に参加し、その後もわたこうを利用している3組の方々に、利用の経緯や参加した感想など、わたこうをめぐるお話をそれぞれうかがいました。第1回は、わたこうの取得に関わった秋田公立美術大学景観デザイン専攻教授の小杉栄次郎氏のお話をレポートします。
地域の歴史を継承し、大学らしいまちづくりを探究
— 大学がわたこうを取得した経緯を教えてください。
小杉:秋田市新屋表町にある旧渡邊幸四郎邸「わたこう」は、歴史的な町並みを現代に伝える町家建築として、所有者と地域のまちづくりNPO法人「参画屋(さんかくや)」が共同で、地域のさまざまな活動の拠点として長年運営してきた建物です。秋田公立美術大学の学生も開学以来、参画屋と協働し、この場所でさまざまな活動を行ってきました。
ところが、会員の高齢化などを理由に2024年で参画屋の解散が決定し、わたこうの存続が困難な状況となりました。所有者が建築物を解体し、土地を売却せざるを得ない事態にまでなっていたのです。
そんな中、故・堀場たかね先生(前秋田公立工芸短期大学教授)の「社会とつながる大学として、学生が地域社会と連携する活動のために活用してほしい」というご意向のもと、大学へ寄付金をいただくことになりました。大学教職員による寄付金活用事業の公募案の中から、「大学でわたこうを取得し、地域の活動の場として存続させていく」という案が採用されたのです。
大学の基本理念の一つである「まちづくりに貢献し、地域社会とともに歩む」を実現する上でも、地域の遺産を大学が維持し、そこに学生が研究活動を通じて関わっていく実践ができればと考えています。

— わたこうのある、新屋表町通りとはどんなエリアなのでしょうか。
小杉:新屋表町通りは、豊富な湧水による酒造や味噌・醤油の醸造などが盛んな地域で、羽州浜街道の宿場町として栄えた場所です。30年ほど前までは「新屋町家」と呼ばれる歴史的な建築が軒を並べていたようです。
そうした歴史的建築物は現在ではかなり減少してしまいましたが、わたこうの周辺には比較的まだ残っています。ですので、わたこう単体だけでなく、周辺も含めた面的なまちづくりも視野に入れた活動に、大学として関わっていけたら個人的には良いのではないかと考えています。簡単ではないですけれどね。
— わたこうの活用は、まちづくりの一環としても考えられているということですね。
小杉:もちろんそうです。建物の様式的な価値を見出し大切に守ることも重要ですが、保存のために見学するだけの施設になってしまってはもったいないとも考えています。歴史的建築物はもちろん、これまで関わってきた人々の歴史やストーリーも引き継ぎ、学生や地域の人々が日常的に使える建築になれば、さらに大きな価値を生むのではないでしょうか。
NPO法人参画屋のこれまでの取り組みに感謝しつつ、大学が引き継ぐ形でわたこうの歴史を未来へつなぐ実績を作ることができれば素晴らしいと思っています。
— 維持管理の面で、古い建物には物理的なコストがかかる印象もあります。
小杉:確かに古建築の改修は設計も大変で手間がかかりますし、コストもかかります。更地にして新しいものを建てたほうが楽かもしれません。
ただ、それまでその建築が積み重ねてきた時間やストーリーは、お金では買えません。新しいものを建てるために壊してしまっては、文化も何も生まれないですよね。西洋建築は素材が石だから長持ちしていると思われがちですが、実は長い歴史の中で使い道を変え、リノベーションして活用してきたからこそ現在まで残っている建築がほとんどだということを、建築史家の加藤耕一さんが『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017年)という著書で示されています。
エンジニアリング的な思考では常に新しいものを求め、「最新のものが最良だ」という考えに陥りがちですが、建築は本来そういうものではなく、古いものを活用していくことで価値を高めていくものでもあります。古いものを残しながら機能面をアップデートすることに技術を使うべき場面が多いはずですが、どうしても日本ではスクラップ&ビルドの楽な方に傾いてしまいがちだと感じます。昨今のリノベーションブームも経済的な文脈に回収されがちですが、もう少し建築文化的な視点で議論を深められると良いと考えています。
— 新しい建物を建てることとは異なる価値がありそうですね。
小杉:「新しいものが良いものだ」というのも、建築の「メンテナンス・フリー」という考え方も幻想だと思います。コンクリート建築だって、適切なメンテナンスをしなければ20〜30年でボロボロになりますから。
— 今後、わたこうで楽しみにしていることはありますか。
小杉:今回のイベントを通して、わたこうが再び始動したな、という実感を得られました。今後は、学生や地域の人の活動の場として使われることを楽しみにしています。自分自身も授業を含めて活用していきたいですね。単に保存しているだけではもったいないので、用途が変わったとしてもきちんと活用され、建築としての機能を果たしていること──それがとても重要だと考えています。

レポート:木田歩
Information
旧渡邉幸四郎邸(きゅうわたなべこうしろうてい)
妻入、深い軒、何重にも重ねられた化粧束、通り土間などを特徴とする町家。2024年度に秋田公立美術大学が取得。今後、学生・教員らの制作や発表、地域との交流の拠点としての活用を計画している。
●所在地:秋田市新屋表町5-10
●土 地:950.57㎡
●建 物:木造/亜鉛メッキ鋼板葺き/2階建て
延べ床面積543.52㎡(母屋隣の事務所含む)
●所有者:公立大学法人 秋田公立美術大学
●管理者:NPO法人アーツセンターあきた(2025年秋~)
リーフレット